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December 16, 2010

『キス&キル』ロバート・ルケティック
高木佑介

[ cinema ]

 家族旅行で南仏ニースを訪れたジェン(キャサリン・ハイグル)は、結婚秒読みかと思われた彼氏に最近フラれたばかり。両親と一緒に旅行なんて、もう子供じゃないんだから・・・・・・みたいなことをニース行きの機内で口にしつつも、婚期を見事に逃しちゃった感が全身から毒々しく滲み出ている彼女の姿を見ていると、このあと起こるだろうロマコメ的展開に否が応でも期待が高まってしまう。顔は全然似てないけど、キャメロン・ディアスの「もう若くない、でも頑張る」みたいな肉食系スタンスを、もっとネガティヴにした女優がこの映画におけるキャサリン・ハイグルという印象。もちろん、このルケティックの新作とジャンル的な趣きが少なからず似ている『ナイト&デイ』(10)のキャメロン・ディアスと比べてしまうと、キャサリン・ハイグルはいささか下品で陳腐に見えるのだが、とはいえそこが彼女の良さでもあるのである。
 一方、そんな彼女=ジェンの未来のパートナーとなるスペンサー(アシュトン・カッチャー)は、同じくニースの街でCIAエージェントとして秘密工作に従事している真っ最中だ。ホテルのエレベーターのなかで胃薬をフリスクみたいにポリポリと食べているジェンの前に、なぜか海パン姿で現れるスペンサー。筋骨隆々としたいかにも「良いオトコ」登場というムードが画面全体からムキムキ伝わってくるので、早くもここで少しばかり吹いてしまう。『アイドルとデートする方法』(04)でも『男と女の不都合な真実』(09)でも、ルケティック的な「良いオトコ」たちは、本当に自分が好きな相手は誰かに気付いたヒロインに結局はあっさりフラれて恋に破れると相場が決まっているけれど、実はそういうところが「セックス・アンド・ザ・シティ」とかと違っていて(別に全シリーズを見ているわけではないが)、僕は好きだったりするのである。もちろん、古典的ロマンティック・コメディであれば「良いオトコ登場!」なんてあからさまなシーンは必要なかったはずだろうが、でも、ルケティックの場合、そういったシーンの必要性を時代の違いとして受け入れつつ、自身の演出の一部として昇華している感じと言えばいいだろうか。唖然としてしまうくらいあからさまな「出逢い」のシーンではあるのだけれど、程好く抑制された画面とリズムが、実は見ていて心地が良かったりするのだ。それは、ほどなく結婚するふたりが住まいとするアメリカの郊外住宅地で巻き起こる、スペンサー=2000万ドルの賞金首を狙った、異様に地味なアクション・シーンの数々にも現れている。「派手さ」のカケラもない、あの「地味」なアクションの数々。ガン・アクションも襲ってくる殺し屋たちもあんまり地味なものだから、ド派手なのは賞金の額だけか、と思わず冷静になってしまう。とはいえ、そういったアクションを地味に彩ることで、コメディエンヌとしてのキャサリン・ハイグルの存在感が損なわれていないのもたしか。だからこそ、『ナイト&デイ』みたいな「肝心な部分は全部ブラックアウトで!」というような大胆さや、敏腕スパイが駆け巡る世界のスケール感こそないものの、なかなかどうしてルケティック映画は侮れないのである。

 
 それにしても、『ナイト&デイ』にしろ、この『キス&キル』――タイトルも内容もかぶっているが、こちらの原題は「Killers」――にしろ、ケーリー・グラントという存在が大きなオブセッションとなっているように見えてきてしまうのは、見る側の思い過ごしなのだろうか。おそらく本当にただの(よくある)思い過ごしだろうが、しかし、少なくともこの『キス&キル』に関して言えば、たとえば『泥棒成金』があるがゆえにニースの街が「出逢い」の舞台として選ばれているのだと言ってみたくなるような、なにやら映画的な必然性を僕たちに想起させるだけの説得力を、この作品はたしかに携えてもいるのだ。実際に「ケーリー・グラント」という名前がスペンサーの口から出てくるシーンまで律儀に用意されてはいるものの、とはいえ、そこにはノスタルジーの片鱗もなければ、アシュトン・カッチャー=ケーリー・グラントという等式成立への一縷の望みも含意されてはいないのである。何より、ケーリー・グラントのような俳優はもうどこにもいないということは、ルケティック本人が一番に理解しているに違いない。映画の古典を踏襲しながら、それに憧憬のような念を抱きつつもノスタルジックな「負」の暗さに陥ることなく、あくまでも「正」の側の視点から映画を肯定していく――そんな健康的な明るさを、ルケティックの映画は感じさせてくれるのである。それはちょうど、『キューティ・ブロンド』(01)で、おバカなどうしようもないブロンド娘がラストに全面肯定されてしまった瞬間の、あの感動的な肯定みたいなものかもしれない。とにかく、諍いやトラブルは色々とあったけれども、ニースの街を良い「思い出」として、ジェンとスペンサーの前向きな再出発によって幕を下ろすこの『キス&キル』は、どこまでも楽天的だしあんまり見栄えのないロマコメではあるのだが、「無垢ではない明るさ」とでも言えそうな明るさに彩られた作品、そんな映画。

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