『作家と温泉 お湯から生まれた27の文学』草彅洋平=編高木佑介
[ book ]
エディトリアル・デザインを手掛けつつ、永井荷風や植草甚一をあしらったTシャツなどの「文豪グッズ」も作っている東京ピストル。そのデザイン会社が装幀やレイアウトを手掛けている『作家と温泉』(河出書房新社)なる書籍がちょっと前から発売されている。温泉ガイド本は書店の旅行コーナーなどどこでも売っているけれど、こういう「作家」と「温泉」にまつわるエピソードを集めた本は今まで読んだことがなかったので、それほど温泉好きというわけでもないのについ購入してしまった。
夏目漱石、志賀直哉、川端康成といった文豪はもちろん、小林秀雄やつげ義春といった作家たち計27人を取り上げている本書。こうした作家たちが温泉をいかに愛していたかをその著作を絡ませながら紹介しているコラムは読んでいてとても面白く、太宰治が生地・青森の浅虫温泉で井伏作品にはじめて出会ったことであるとか、つげ義春が田中小実昌と一緒に温泉に行っていたことなどが記されていて、「保養地」としての温泉と同時に、「物語の場」としてある温泉の姿が丹念に描かれている。そして、まずなによりもこの本を開いてみて驚いたのが、温泉地で撮られた作家たちの写真の多さと表情の豊かさだ。この本の表紙にもなっている井伏鱒二と太宰治がのほほんと浴衣姿で並んでいるものから、今日出海に背中を流してもらっている坂口安吾、といったものまで、「なんでこんな写真があるんだ…?」と思わず呟きたくなる写真がかなりあるのだ。新聞社や出版社がカメラマンを同行させていたのか、それとも作家の友人が撮ったのか、とにかく、近年の作家を映した写真の中ではあまりお目にかかることのないような趣のものばかりで、パラパラとページを繰っているだけでもかなり楽しめるのである。あのむずかしそうな顔をしたままうちわ片手に半裸姿でいる谷崎潤一郎とか、女の人たちとりんご風呂に浸かっている田中小実昌といった人々の姿を見ていると、温泉にそれほど行ったことのない身ながらも、やっぱり温泉って良いね!♨と思えてきてしまうのだった。
暦のうえではすでに春になったけれど、まだまだ寒い日が続いている。ちょうど年度収めの時期だし、ぜひとも温泉に行きたくなってしまった。東京からも近いので、箱根の温泉に行って獅子文六の『箱根山』などを読んでみると案外面白いかもなどと、勝手に考えている。