『歓待』深田晃司 増田景子
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川沿いにある東京の下町。下町特有の車がすれ違えなさそうな狭い路地の一角にある特徴のない建物のすりガラスに書かれた小林印刷の文字。この、歩いていたら足を止めないような地味な家族経営の印刷所が、この映画の舞台である。ガラスの引き戸を開けると、そこには通路を挟んで大きな印刷機が2台置かれていて、奥には8畳間ほどの居間と上に続く急な階段。どうやら印刷所と居間の境には風呂があるようだが、それくらいしかない。下町の工場という言葉が似合うような狭い場所だ。そこで働いているのは40歳くらいの工場長と従業員が1名、そして経理は若すぎる妻が担う。あとは、工場長の連れ子と出戻りの長女の5人。取り合わせはいびつだが、家の狭さ相応の人数だ。
ある日そこに男(古舘寛治)が現れる。この男が登場した瞬間から怪しい。貼ったばかりのインコ探しのビラを目に留めると、何か思いついたように剥がして持って行ってしまう。この怪しい男は身体に入り込んだウィルスのように、小林家の隙につけ込み、次々と怪しい仲間を増殖させていく。さらに質が悪いことに、悪玉なのか善玉なのか区別がつかない。そして手をこまねいているうちに、男は住込みの従業員に昇格し、妻だという金髪の外国人を自分の元に呼び寄せる。これでこの狭い印刷所には6人。さらに、男の増殖は止まらない。妻をゆする青年も印刷所の従業員にしてしまう。これで7人。
きわめつけは、男が親戚という名目で招き入れた人たち。中国人系、日系、白人、黒人と国籍も不詳、中には日本人のホームレスのおっちゃんもいる。彼らはごちゃごちゃいすぎて人数は分からないが、10人以上ではあるので、単純計算すると、狭い小林印刷所には全員で15人以上の人がひしめき合っているということになるのだ。もちろん、彼らのテリトリーは男の部屋と公共スペースのみ。6畳間ほどの部屋の中には足場もないほどひしめき合い、座れない人もいるほどの込みようで、トイレをするのも歯を磨くのも長蛇の列に並ばなくてはならない。明らかに狭い印刷所の許容量を超えている。
大量のウィルスではちきれんばかりのそこに、酒という燃料を投下すればもちろん大爆発。謎の掛け声をかけながら、大の大人が次々と肩に手をかけ電車ごっこをしながら1列で印刷所から出てくる。1人1人、また1人。その列が途切れることはない。次第に、狭い路地をその電車が埋めていく。いったいいつまで続くんだと思って、数えれば全部で21人なり。よくもまあ21人が8畳間で飲み会をしていたもんだと感心する一方で、そこまで狭い印刷所に人を詰め込む深田監督に脱帽する。
さあ、このウィルスさんたちだが、警察の登場と同時に一目散に姿を消す。鮮やかすぎる逃走劇だ。そして残されたのは4人。あんなに大勢の人がいたことは嘘だったかのよう。祭りのあとの静けさという言葉がぴったりだ。
いや、この一連の出来事自体が祭りではないか。狭い場所に集まって準備して、そこを起点に神輿を担いだり、踊ったりして溢れんばかりの活気で街を練り歩く。そして、余韻だけ残して祭りは終わっていく。小林印刷所でおきた祭りも余韻だけを残して消え去り、彼らはまた、怪しげなあの男が来る前の平凡な日の続きに戻っていく。祭りってそういうものだ。