『最後の賭け』クロード・シャブロル 渡辺進也
[ cinema ]
長らく日本で未公開であったクロード・シャブロル監督の3つの作品が公開される。
そのうちの1本である『最後の賭け』は1997年製作、デビュー作となった『美しきセルジュ』以来ほぼ毎年、3年と空けず監督作を残しているシャブロルの長編映画47本目にあたる。
『最後の賭け』は『ヴィオレット・ノジュール』以来シャブロル映画の常連となったイザベル・ユペールと『帽子屋の幻影』以来の出演となるミシェル・セローによる、歳の離れたふたりの詐欺師コンビを描く。ユペールの変装あり、多彩な詐欺のテクニックあり、師匠筋のセローが弟子の彼女に振り回されるなど軽妙な快作。雪のスイスあり、南国のアンティル諸島ありとロケーションも楽しめる。原題は「RIEN NE VA PLUS」。ルーレットなどでディーラーが言う「賭けはそこまでです」という意味。
映画はルーレットに玉がまわるタイトルバックから始まる。ユペールがルーレットの台に座っている。チップは残りわずか。隣に座っていたあたりの来ていた男と仲良くなる。男の賭けに便乗するユペール。その途端、男の運が下降し始める。そして、男はお金を奪われることも知らずユペールの色仕掛けにひっかかる。
彼らはカジノにやってきた経営者や、医者を対象に色仕掛けで小金を稼ぐ。彼らは決して危ない橋は渡らない。詐欺にひっかけた男から奪う銭は財布のなかの一部だけ。大きな金は奪わない。3件ほどの小さいヤマを終え、また次のちっぽけな詐欺を計画する。しかし、ユペールが次に狙ったのは大金の入ったアタッシュ・ケースを持った男だった。小さな仕事をこれまでしてきたふたりが大きなヤマに巻き込まれていく。
最初のルーレットの場面が示すように、ユペールは賭けに真剣に取り組んでいない。お金は奪い去るものである彼女にとって、賭けに勝つかどうかはどちらでもいいからだ。賭けるのではなく騙す。ギャンブルのような不確定要素に賭けるのではなく、騙してお金を奪うほうが確実だからだ。
しかし、彼女は当初の予定にはない大金を巡る詐欺へと勝手に手を染める。それは彼女たちにとって最初に迎える大きなヤマかもしれず、綱渡りの危険な橋を渡ることでもある。確実な奪金手段であった詐欺はいつのまにかギャンブル性の高いものへと変わっていく。まるでそれが最後の勝負であるかのような危険と隣り合わせのものになっていく。
ふたりが諍いの果てに再会するとき、その背後にピエール・グロスの「Changez-Tout」が流れている。「すべてを変えてしまえばいい」と歌っている。年老いた詐欺師とその弟子。ふたりの関係は最後まで明らかにされない。ただの師匠と弟子なのか。ふたりはときに嫉妬し愛し合っているようにも見えれば、行動を共にする家族のような気持ちの通じた仲間同士でもあり、お互いに騙し合う仲でもある。
「すべてを変えてしまえばいい」と何度もリフレインされるなか、ふたりが向かい合うとき、そのときふたりの関係性も変わっているように見える。シャブロルの映画であまりみたことのない、まるでハッピーエンドを迎えているかのようにも映る。しかし、常に騙し合いをしてきたふたり。それもまたまやかしもしれない。
映画の國名作選Ⅱ クロード・シャブロル未公開傑作選
『最後の賭け』『甘い罠』『悪の華』
5/21(土)よりシアター・イメージフォーラムにて3週間限定ロードショー
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