『僕と彼女とオーソン・ウェルズ』リチャード・リンクレイター高木佑介
[ DVD ]
リチャード・リンクレイターの新作が先月からDVDスルーされている。原題は“Me and Orson Welles”。1937年のニューヨークが舞台で、オーソン・ウェルズのマーキュリー劇団の旗揚げから、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」公演の成功までの過程が、駆け出し俳優としてそこに居合わせたザック・エフロンが演じる主人公のリチャード君(!)視点で語られている。つまり、オーソン・ウェルズが引き起こした伝説の「火星人襲来」騒ぎや、ハリウッドに招かれて『市民ケーン』(41)を撮る直前に焦点を当てた話というわけだ。
リンクレイターの作品は『ビフォア・サンライズ』(95)と『スクール・オブ・ロック』(03)くらいしか見ていない(でも、どちらもすごく好きである)。だが、今作を見る前は正直なところ、こんなトチ狂ったような映画を撮るなんていったい何を考えているんだ、と思った。原作があるとはいえ、オーソン・ウェルズによって見いだされた“天性の才能”を持つという駆け出し俳優リチャード君の物語を、あろうことか自分でプロデュースして監督も手掛けるなんて……。ウェルズのニューヨーク時代だけを扱っているものの、ウェルズ本人もトリュフォーもすでにいない現代において、そんな映画マニアの夢物語みたいなことを本気でやるのはスコセッシくらいなものだろう――などと、失礼ながら思ってしまったのである。でも、これがどうしてなかなか、良い作品になっているのだった。
まず、18歳の高校生・リチャード君をちょっと大人に成長させてくれる、ウェルズの秘書役のクレア・デインズがけっこう良い。もちろん、たとえば『上海から来た女』(47)でウェルズを狂わせていたリタ・ヘイワースの抗いがたい魅力にはほど遠いけれど、「これからセルズニックと食事に行くのよ」と去っていくときの彼女の後ろ姿や歩き方にはかなりぐっとくるものがあった。他にも、たとえばリチャードが作家志望の女の子グレタ(ゾーイ・カザン――エリア・カザンの孫)にレコード屋で会うシーン。リチャードがフレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの“Let’s Call the Whole Thing Off”(ポテト!ポタト!トマト!『踊らん哉』!)やら、コール・ポーターの“I Get a Kick Out of You”やらといったレコードを漁っていると、「ガーシュウィンが死んだから悲しいわ……」とピアノを弾いているグレタに出会い、ラジオから流れるリチャード・ロジャースの音楽をバックにおしゃべりをする、などというくだりがある。ちょっと「あざとい」が、でも自然と画面に惹きこまれるような良いシーンになっているのだった。劇中にはそれこそスコセッシやウディ・アレンしか使わないような曲ばかりが挿入されているので、リンクレイターも選曲や時代考証にはかなり力を入れたのだろうけれども。
普通だったら、映画好きの青年が若気の至りで撮ったかのようなこんな作品は目も当てられないことになるのが相場だろう。でも、これはDVDながらも最後まで一気に見れてしまったのだった。とはいえ、ここまでの拙文を読み返してみると、ただの映画好き丸出しなのは自分のほうだと思えるのだが、まぁそれはともかく。
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