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March 4, 2014

『お気づきだっただろうか?』core of bells
徳永綸

[ cinema , theater ]

「『怪物さんと退屈くんの12ヵ月』は降霊術と極めてよく似ています。」

公演フライヤーの裏にはそう書いてあった。core of bells――バンドという形態でありながらも、映画制作、ワークショップ、お泊りキャンプ、ホルモン屋などなど活動の範囲を自由に設定する彼ら(HPプロフィール欄参照)は、今年いっぱい、毎月一回ずつ舞台に立つらしい。それがこの「怪物さんと退屈くんの12ヵ月」という企画であり、その名の通り12ヵ月連続で公演をうち続けるというものだ。「見えない向こう側の世界に向かって話しかけ続ける」(フライヤー説明文より)作業の第一回目の公演、『お気づきだっただろうか?』はまさに、霊的なものに触れるきっかけとなりえる作品だった。


そのように書くと、なにやら怪しげな匂いが漂ってくるようだが、作品内容は次のようなものだ。バンドのセットが成された舞台上に、大きくプロジェクターで文字が映し出される。内容は、「とある取材班に送られてきた一本のライブ映像に、信じられないものが映っていた……それではご覧いただこう」というような、心霊番組によくあるような煽りである(おおまかなものなので、実際の文字内容とは異なっていることをご了承いただきたい)。その後、ライブ映像の「再現」として、core of bellsのメンバーが実際にバンド演奏を始める。一定の時間演奏をすると、プロジェクターで「お気づきだっただろうか?」の文字が浮かび上がる。そして、もう一度バンド演奏が繰り返される……。


「お気づきだっただろうか?」という言葉を号令に、「再現」は何度も繰り返される。そしてそのうちに、だんだんと「再現」はスローモーションになったり、バンドメンバーのありえない行為(演奏中に他のメンバーにプレゼントを渡すなど)を映し出したり、よくわからない人物(黒塗りで静止している男など)が舞台上にいる様子を伝える。「再現」であるはずなのに、あることないことが次々と加えられていくのだ。演奏内容も細かく変更していたように感じた。ありえなかった、おこりえなかった現実がどんどん肥大化していくように、「再現」の内容はどんどん理解不能な領域へと向かっていく。


公演後半には、体から電球で光を発するギタリスト、静止する他メンバー、体を覆う袋から脱皮(誕生?)していく黒塗りの男などが舞台上に出そろい、言葉で説明したところで到底理解できないような光景を見ることとなる。いや、目で見たところで理解不能であろう。ただし観客は、バンド演奏の「再現」の繰り返しという行為によって、それらがしだいに現れてきたのだという経緯を知っている。「それらが目に見えるようになるまで」のパフォーマンスが行われていることで、その「目で見て理解できない物体」らに、何かしらの意味合いのようなものを感じてしまうのだ。例えば、それらが「ありえなかった現実」の過去の遺物であるだとか……。


そう考えると、これは降霊術というより、観客に霊視能力をつけさせるような試みに近い。理解できない物体らの持つ、見えない「説得力」を見出す。そんな、存在さえ疑わしいものを見るということは、霊を視る行為に近いとも言えるのではないだろうか。演劇活動などをする集団、悪魔のしるし主宰の危口統之を迎えたこの月例企画の第二弾『moshing maniac 2000』においても同様の傾向が見られる。メタルやロックのライブ会場で見られる「モッシュ」へと駆り立てる「何か」が、音楽を鳴らす主体抜きの、見えない「力」として現れる。観客はまたしても見えないものを相手にしなければならないのだ。


『お気づきになっただろうか?』のラストでは、「再現」が極まり、とうとう舞台上からは誰もいなくなる。見えるようになった物体たちまでもが去る。そのことで、何か自分の中に新たな喪失の感覚を覚えたならば、霊視が成功したのだと言ってもいいのかもしれない。


だいぶスピリチュアルな説明になったが、この「怪物さんと退屈くんの12ヵ月」という実験で、「見えない向こう側の世界」に触れることができるのか、この先括目しなければ。


2014年core of bells月例企画「怪物さんと退屈くんの12ヵ月」第三回公演『Last Days of Humanity』は3月19日六本木Super Deluxeにて