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May 26, 2016

第69回カンヌ国際映画祭 ジャン=ピエール・レオ パルムドール名誉賞 受賞シーン
坂本安美、茂木恵介

[ cinema ]

「ジャン=ピエール・レオ、あなたは私の人生を変えました」(アルノー・デプレシャン)

その地に赴くことはできなかったにせよ、本年のカンヌ国際映画祭のハイライトのひとつは間違いなくクロージングにおけるジャン=ピエール・レオのパルムドール名誉賞受賞シーンだっただろう。コンペティション部門審査員のひとりであるアルノー・デプレシャンは、クロージング後の記者会見で「映画の学生に戻った気持ちで審査員として臨み、他の審査員の皆さんから多くを学んだ」と謙虚にも述べていた。つねに映画の観客として、あるいは映画を学ぶ生徒として映画と向かい合ってきたデプレシャン。彼はちょうど20年前、批評家たちとのある鼎談で俳優についての議論で次のように述べていた。「現代のフランス映画の偉大なる発明者とは、カトリーヌ・ドゥヌーヴとジャン=ピエール・レオのことでしょう。彼らにはそれにふさわしい後継者こそいないかもしれないが、現代フランス映画の最良の部分を創り出したのは、まぎれもなくこのふたりなのです」。
イングマール・ベルイマン、ウディ・アレン、マノエル・ド・オリヴェイラ、クリント・イーストウッド、ベルナルド・ベルトルッチ、アニエス・ヴァルダに続く、7人目のカンヌ国際映画祭名誉賞に選ばれたジャン=ピエール・レオ。授賞式が始まると、まずはトリュフォー、ゴダール、ジャン=ピエール・レオの出演作の抜粋が次々とスクリーンに上映され、それは『大人は判ってくれない』のラストショットで締めくくられることとなる。再び明かりが点され、そこに緊張の面持ちで登壇したデプレシャンによって紡がれた真摯な挨拶を、まずはお聞き頂きたい。


「ジャン=ピエール・レオについてお話しします。今、ご覧になった『大人は判ってくれない』のラストショットの中で、ジャン=ピエールは振りむき、私たちをまっすぐに見つめていました。ジャン=ピエールは14歳でした。彼はカンヌにいて、ジャン・コクトーがその腕の中でジャン=ピエールを抱きしめました。あのカメラ目線、私たちはいまだにそこから立ち直れないでいます。
レオは人生すべてを映画に捧げた人であり、それは比類ないことです。今晩、世界で最も大きな映画祭が彼にオマージュを捧げます。この栄誉を与える者としてここにいることに大変感動しています。
同じ動きをしたとしても、レオ以上に壊れやすく、同時に力強い演技ができる俳優を私は知りません。内気でありながら大胆で、慎み深くも仰々しく、素早く、夢幻的で、優しさに溢れ、熱に浮かされ、狂気に包まれ、的確で、男性的で女性的(Masculin, féminin)で、そして正しくも間違ってもいる。
あなたはまるで細い糸の上を歩くように演じてきました。そしてあなたは生涯、その糸の上から降りずに歩んでこられた。あなたが映画で創り出したもの、あなたの映画への情熱に匹敵するものはありません。
レオの独創性は私の人生を揺さぶり、正しい方向へと導いてくれました。映画祭の開幕式で、ドナルド・サザーランドは人生を変えるような映画を待っていると述べていました。ジャン=ピエール・レオ、あなたは私の人生を変えました。あなたがいなかったら、私はどんなにひとりぼっちだったことでしょう」


そしていよいよジャン=ピエール・レオ登場!アルノーを抱きしめ、挨拶をした後、ジャン=ピエール・レオが語り始める。


「私はカンヌで生まれました。1959年、当時もっとも恐れられていた批評家だったフランソワ・トリュフォーは不安な気持ちを抱きつつ、処女作『大人は判ってくれない』をここカンヌで発表しました。上映の終わりに、割れるような拍手のなかで、私はみんなに胴上げをされました。
今年、私はアルベルト・セラ監督の『ルイ14世の死』とともに再びカンヌにいます。
私はキャリアを築こうと望んだことは一度もありませんでした。しかし私が愛し、敬愛する監督たちと撮影することを選んできました。ジャン=リュックやフランソワはもちろんのこと、ジャック・リヴェット、ジャン・ユスターシュ、フィリップ・ガレル、ピエル・パオロ・パゾリーニ、イェジー・スコリモフスキ、グラウベル・ローシャ、アニエス・ヴァルダ、オリヴィエ・アサイヤス、ベルトラン・ボネロ、セルジュ・ル・ペロン、ツァイ・ミンリャン。そしてもちろん、アキ・カウリスマキ。
つまり、ヌーヴェルヴァーグをかけがえのないものとみなし、映画の世界でなんとか自由を見出そうとする運動を繰り返していた映画作家たちです。
50年来、浮き沈みがありながらも、私はアンドレ・バザンの「映画とは何か?」という問いをつねに問い続けてきました。今でもその謎を解くには至っていません。しかし、ジャン・コクトーのある言葉が胸を横切りました。「映画は、現在進行形で死を捉える芸術だ」という言葉です。私たちはそのことを、まるでガラスの巣箱を通してミツバチを見るように、俳優を通して見ることができるのです。『ルイ14世の死』に視線を注ぐことでティエリー・フレモーが見てとってくれたのはそうしたことだったのではないか。そしてカンヌ映画祭でパルムドール名誉賞を私に与えようという考えに及ばれたのは、それゆえだったのではないか、と私は思っています。
クリント・イーストウッド、ウディ・アレン、アニエス・ヴァルダ・......そうした人々が受賞してきたこのパルムドール名誉賞を私が頂くにあたって、どのようにティエリーに感謝を述べていいのか分かりません。でもこれだけは知っておいて頂きたい。58年前、フランソワから『大人は判ってくれない』の脚本を手渡され、「ジャン=ピエール、これが脚本だよ。君が主役だ」と、そう言われた時とおなじぐらい深い喜びを今日私が感じていることを。
ありがとう、ティエリー・フレモー。ありがとう、ピエール・レスキュール氏、そしてありがとう、カンヌ映画祭!」


現在のフランス映画における最も優れた監督のひとりであるアルノー・デプレシャン。その彼が、あえて直接自作に映し出すことはなくとも、つねに別の仕方で自身の世界に召還し続けていたジャン=ピエール・レオ。心から敬愛する彼と同じ舞台に立ち、映画についての愛の言葉を述べ合う。そんな粋な計らいに乾杯!

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Jean-Pierre Léaud, Honorary Palme d'or - Arnaud Desplechin © Alberto Pizzoli / AFP

翻訳:茂木恵介
文・構成:坂本安美