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June 12, 2017

ここには何もない −−第70回カンヌ国際映画祭報告
槻館南菜子

[ cinema ]

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受賞結果
パルムドール: ルーベン・オストルンド『The Square』
監督賞: ロバン・カンピヨ『120 Beats per minutes』
主演女優賞: ダイアン・クルーガー(ファティ・アキン『In the Fade』)
主演男優賞: ホアキン・フェニックス(リン・ラムジー『You were never really here』)
脚本賞: ヨルゴス・ランティモス『The Killing of a Sacred Deer』& ファティ・アキン『In the Fade』

今年70回目を迎えたカンヌ国際映画祭(5月17〜28日)は、開幕前から話題に事欠かなかった。映画祭の公式ポスターのモデルであるイタリアの女優、クラウディア・カルディナーレのスタイルを実際より細身に修正したことがフランスメディアを中心にフェミニストからの大きな批判を浴び、開幕上映作品アルノー・デプレシャン『Les fantômes d'Ismaël』のディレクターズカット版上映の可否をめぐる映画祭ディレクターと映画作家のサディスティックな関係が議論の的になった。さらにコンペティションにノミネートされたNetflex製作の二作品ーーポン・ジュノ監督『Okja』、ノア・バームバック『New and Selected』ーーの劇場公開の可能性が映画祭との度重なる議論にも関わらず消滅し、来年度からコンペティションへのノミネートに「フランスでの劇場公開」が条件に加わり、審査委員長のペドロ・アルモドバルはNetflex製作作品を受賞の対象作品としないと宣言するに至った。また映画祭のセキュリティーは昨年以上に強化され、公式部門の上映でも予定時間より遅れることが珍しくなかった。映画祭中盤、マンチェスターでのテロ事件が起こる二日前には『Le Roudtable』のプレス上映の会場「ドビュッシー」で不審物が発見され、会場からの一時的な退出を余儀なくされるというアクシデントにも見舞われた。
一方で70周年を記念した数々のイベントと上映(アッバス・キアロスタミ『24 Frames』、デヴィッド・リンチ『ツインピークス』など)とともに、コンペ外にはアニエス・ヴァルダ『Visages Villages』やロマン・ポランスキー『D'après une histoire vraie』、特別上映作品のリストには、レイモンド・ドゥパルドン『12 jours』やホン・サンス『Claire's camera』、クロード・ランズマン『Napalm』、バーベット・シュローダー『Le Vénérable W.』と豪華な顔ぶれが並び、アンドレ・テシネ(新作『Nos années folles』)へのオマージュも捧げられた。対して、今年の公式コンペティションはどのような傾向にあったのか?

ハリウッドスターが総出演した「外国映画」の数々−−韓国人監督ポン・ジュノの『Okja』にはティルダ・スウィントン、ジェイク・ギレンホール、ポール・ダノ、イギリス人監督リン・ラムジーの『You were never really here』にはホアキン・フェニックス、そしてギリシャ人監督ヨルゴス・ランティモスの『The Killing of a Sacred Deer』にはニコール・キッドマン、シルバー・ストーン、コリン・ファレルが出演しているーーを見れば、カンヌにとって映画とは何を示すものなのかがはっきりと表明されているだろう。ティエリー・フレモーは、開幕作品にアルノー・デプレシャン『Les fantômes d'Ismaël』とミシェル・アザナヴィシウス『Le Redoutable』の二択で迷った挙句、フランスの生んだ国際的スターであるマリオン・コティアールとシャルロット・ゲンズブールの出演を理由に前者を選んだと明言している。
現代世界における移民とテロリスムをめぐる諸問題を背景にしたコーネル・ムンドルッツオ『Jupiter's moon』やファティ・アキン『In the Fade』は映画としては酷い出来に留まり、ベニー・サフディー&ジョシュ・サフディー『Good time』は唯一のジャンル映画としてセレクションにおいて異彩を放っていたが、コンペに本作を導いたのが作品の出来自体ではなく、あくまでもロバート・パティンソンの主演であったことは想像に難くない。ホン・サンス(『The Day After』)、ソフィア・コッポラ(『The Beguiled』)、ノア・バームバック(『New and Selected』)らの新作は、決して自身のこれまでの枠を飛び出るようなものはなかったにせよ、欧米人好みのオリエンタリズム(亡霊や森)とこれ見よがしな映画への目配せ(光=リュミエール)、そして映画内映画の構造でパルムドールに尻尾を振る河瀬直美(『光』)に比較すれば、自身の「映画」を守り抜いたものであると言えるだろう。また、アンドレイ・スヴァギンツェフ『Loveless』、ヨルゴス・ランティモス『The Killing of a Sacred Deer』、ルーベン・オストルンド『The Square』、セルゲイ・ロズニツァ『A gentle Creature』といった作品における、暴力や不条理を独特の作家性で描くことが芸術行為の使命であるかのような素振りには首肯しかねる。
ジャック・ドワイヨンの『Rodin』とフランソワ・オゾンの『L'amant double』は、その出来云々ではなく、明らかにフランス国内におけるプロモーションのためにセレクションされた作品であることは明白だ(前者についてはシネマテーク・フランセーズでのヴァンサン・ランドンのレトロスペクティヴが、カンヌの半年前から予告されていたのだ)。そのなかでも批評家から圧倒的な支持を得た唯一のフランス映画、ロバン・カンピヨ監督の『120 Beats per minutes』は、80 年代後半から90年代前半を舞台にエイズの特効薬をめぐる活動家の若者達を描いたフィルムだ。室内における議論に費やされる途方もない時間を経て、街頭へ、あるいはダンスホールへ繰り出すエネルギーと儚さを捉えた数々のシーンには驚くべきものがあったが、一本の映画として圧倒的な力を備えていたかは疑問だ。
今年のコンペティションは豪華なものだったのか? まさか! 作品の質ばかりでなく、男女平等を口実にセレクションされた3人の女性監督(ソフィア・コッポラ、河瀬直美、リン・ラムジー)と、すでにカンヌと親密な関係を結ぶ常連監督ばかりが名を連ねるのを見ても、まともなセレクションが行われているとは到底思えない。昨年、凡庸な社会性をアピールしただけのケン・ローチ『わたしは、ダニエル・ブレイク』のパルムドール授与が大きなブーイングを浴びた背景には、ポール・バーホーベン『エル Elle』やマーレン・アーデ『ありがとう、トニ・エルドマン』、クレベール・メンドンサ・フィリオ『アクエリアス』のような特筆すべき作品があった。しかし今年のコンペにおいてはもはや議論が巻き起こる必然性すらなく、受賞結果への強烈な違和感は違和感としてのみ残った。本年について述べるなら、この映画祭には何もなかった。そこには映画の産業にかかわるものとしての論理だけ、あるいは映画の配給にのみかかわるものとしての政治しかなかったのだ。

アンドレイ・スヴァギンツェフ『Loveless』×
トッド・ヘインズ『Wonderstruck』★★
ポン・ジュノ『Okja』★
コーネル・ムンドルッツオ『Jupiter's moon』×
ノア・バームバック『New and Selected』★
ヨルゴス・ランティモス『The Killing of a Sacred Deer』×
ルーベン・オストルンド『The Square』×
河瀬直美『光』×
ジャック・ドワイヨン『Rodin』×
ホン・サンス『The Day After』★★
ミシェル・アザナヴィシウス『Le Redoutable』×
ミヒャエル・ハネケ『Happy End』★
ロマン・カンピヨ『120 Beats per minutes』★★
ソフィア・コッポラ『The Beguiled』★
セルゲイ・ロズニツァ『A gentle Creature』×
サフディー兄弟『Good time』★
ファティ・アキン『In the Fade』×
フランソワ・オゾン『L'amant double』×
リン・ラムジー『You were never really here』×