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October 9, 2017

『にじむ風景/声の辿り』小森はるか+瀬尾夏美
三浦 翔

[ art ]

 小森はるかと瀬尾夏美は3.11の後から、流された陸前高田の風景をめぐる作品制作を続けている。2012年からは隣町の住田町に移り住み、その土地で生活していくなかで見えてくる陸前高田の風景を発見しながら、その風景を絵画と映像、そして言葉によって記録している。陸前高田のまちにとって、工事中の風景は当初ガレキの処理という意味を持つものであったが、現在おこなわれている新しいまちを作るためのかさ上げ工事の風景が意味していたのは、そこで生きてきた風景の二度目の喪失である。陸前高田のひとたちは、わずかに残った痕跡からかつての記憶を思い起こし生きていたのであるが、その痕跡すらもが復興の過程のなかで消えてしまう。そして、このかさあげ工事は、流されてしまったことそのものを意味する風景すらも上書きしてしまう。津波で流され、そのうえに新しいまちが出来る。もはや、かつての陸前高田の風景はそこになんの痕跡も残さないかのように。

 瀬尾と小森の『波のした、土のうえ』という作品では、かさあげ工事が進むなかで、流されてしまったけれども過去の痕跡を留める風景が、それがどのようなものであったかを思い起こさせる地元の人たちの語りとともに、瀬尾の絵とテキスト、小森の映像によって、それぞれの欠落を補いながら想起させていくかのように記録されている。小森が単独で監督したドキュメンタリー映画『息の跡』は、まさにこのかさ上げ工事によって佐藤貞一さんの営むたね屋が終わりを迎えるまでを捉えた作品であった。

 このような風景の喪失をどのように受け止めて生きていくのか。これまで、記録という側面から過去にアプローチしていた彼女たちは、次に未来の物語を導入する。瀬尾は二〇一五年に『二重のまち』という物語を書き、それをたくさんの人に読んでもらいながら、今年の3月には瀬尾の絵が添えられた小さな冊子としてまとめている。『二重のまち』は、このようにはじまる。

僕の暮らしているまちの下には、
お父さんとお母さんが育ったまちがある
ある日、お父さんが教えてくれた

僕が走ったり跳ねたりしてもびくともしない
この地面の下にまちがあるなんて、
僕は全然気がつかなかった

『二○三十一年、どこかで誰かが見るかもしれない風景』という副題を持つ瀬尾の『二重のまち』は、震災から二〇年後の陸前高田にいるであろう人たちのことを想像して書かれている。そこには、かつての陸前高田で暮らす人びと、とその上に築かれた未来の陸前高田で暮らす人びと、上と下で共存する「二重の」陸前高田が描かれている。『二重のまち』は春・夏・秋・冬の4つの物語で構成され、それぞれ、もはや震災を直接体験していない子どもと父の話、下の世界に留まった人たちが上の世界を想う話、そして震災の記憶を抱えて死を迎えようとしているおばあちゃんと孫の話、震災で息子を失った母が地上から地底にある過去を振り返る話、で構成されており、過去から未来、未来から過去へ、いくつものベクトルが上下に交差することで、かつてと未来の風景が、言葉と映像によって語り継がれながら層状に結びなおされるかのようだ。

 今回の小森と瀬尾による『にじむ風景/声の辿り』では、この『二重のまち』を朗読する陸前高田のひとたちを風景とともに撮影した映像が正面に投影され、年々前向きに生きようと変化していく「誰か」の語りが左の壁一面に書き込まれ、絵が左右と後ろに配置された構成になっている。なかでも印象的だったのは、『二重のまち』を朗読する人の姿を背中から工事中の風景とともに捉えたロングショットである。隣りに誰がいるわけでもなく、カメラに向かって語りかけるのでもなく、この人は誰に向かって言葉を読んでいるのか。十数年後の物語を、既に失われることを運命づけられた風景の前で読むひとの姿は、かつての風景の記憶をそこに根ざして持つことが出来なくなった未来の誰かの姿に重なって見えるとともに、それが読む人/見ている人を含めたいまを生きる自分たちの姿でもあり得ることを報せるかのようだ。瀬尾が書いた未来の物語を現在から読むことで、わたしたちの風景が層をなして語り継がれていく未来の生を想像することが出来る。未来に向かって生きようとするとき、風景の痕跡をそのまま留めておくことが出来なかったとしても、それを語り継ぐことでふたたび根を持ちながら生きることが出来るかもしれないと思わせてくれる。小森と瀬尾の試みは、長い時間の延長上で未来の誰かたちとともに語り継がれていく言葉を紡ぎ始めているのである。


「新・今日の作家展2017 キオクのかたち/キロクのかたち」展、2017年9月22日[金] - 10月9日[月・祝]
10:00~18:00(入場は17:30まで)横浜市民ギャラリー 展示室1、B1にて開催