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May 21, 2018

2018 カンヌ国際映画祭日記(6)
ヤン・ゴンザレス監督『Un Couteau dans le coeur / Knife + Heart』
槻舘南菜子

[ cinema ]

 2013年のカンヌがアブデラティフ・ケシシュ監督『アデル、ブルーは熱い色』が最高賞パルムドールを受賞し、昨年にはロバン・カンピヨ監督『BPM ビート・パー・ミニット』がグランプリを獲得したように、いわゆる「LGBT」が主題として扱われる作品はもはや珍しくない。今年の公式部門だけでも、コンペ部門にはクリストフ・オノレ監督『Plaire, aimer et courir vite 』とヤン・ゴンザレス監督『Un couteau dans le coeur / Knife + Heart』があり、ある視点部門にはWanuri Kahiu監督『Rafiki』やルーカス・ドント監督『Girl』がある。2011年の『愛のあしあと』以来、久々のカンヌ入りを果たした『Plaire, aimer et courir vite 』のクリストフ・オノレにとって同性愛という主題は、そもそもこの作家にとっては主題としての必要性以前に登場人物の設定における必須要素でさえあるのだが、この新作における物語や登場人物の同性愛をめぐる関係性は、映像ではなく言葉によって扱われるばかりであり、映画の美学的な問題からは離れた作品であるという印象は否めない。あるいはWanuri Kahiu監督の『Rafiki』は、いまだ同性愛が強くタブー視されている本国においてすでに上映禁止が決定されてしまったといい、このような主題を扱うことのアフリカ映画史における重要性と、それに向き合うというリスクを恐れない作家の勇気は賞賛したい。しかしそれを映画で扱うための演出はあまりにも凡庸なものに留まっていた。

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 そうした作品群の一方で、今年のプログラムでとりわけ注目すべきは、同性愛という主題に触れることで満足することなく、徹底的に作品のなかで美学的な実験に執心したヤン・ゴンザレス監督の『Un couteau dans le coeur』だろう。ヤン・ゴンザレスは、現代のフランスの若手監督の主流を占めるヌーヴェル・ヴァーグ直系の"自然主義風"な人々たちとは距離を置き、ベルトラン・マンディコ監督(『Un couteau dans le coeur』にも監督役で出演)らと並んで独特の美学を持っていることで知られている。ヴェルナー・シュローター、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、ポール・ヴェッキアリらの強い影響下においていくつかの短編を撮り、カンヌ映画祭でもすでに2013年の「批評家週間」部門に初長編『真夜中過ぎの出会い』を出品し、昨年も同部門では短編『Les Îles』が上映されている。映画制作の現場にはフィリップ・ガレルの『夜風の匂い』にアシスタントとして参加したのが最初で、それ以外にもパリ第1大学でニコル・ブルネーズの指導のもとポルノ映画をテーマに修士論文を執筆したという経歴の持ち主である。
 この最新作『Un couteau dans le coeur』は、ヤン・ゴンザレスのそれまでの過去作品に出演した俳優たちが何人もふたたび起用され、そしてこれまでゴンザレスが映画において扱ってきた要素がふんだんに取り込まれた集大成といえる作品になっている。70年代に実在した同性愛ポルノ映画を手がける女性プロデューサーが、自分の元恋人にして編集技師の愛を取り戻すために、より野心的な作品を製作することを試みる。しかしそんな彼女の作品に出演した俳優たちが次々と何者かによって惨殺されていくという事件が起こる......。この奇妙かつ過激な物語は、1979年という明確な年代の設定に反しその時代検証にはまったく傾倒もせず、かつその顛末が円満に解きほぐされるわけでもない。すべては、我々の目に強烈に焼きつくようなワンシーンごとの演出に賭けられているのだ。
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 本作ほどに映画史的な記憶に満ちた作品は、今年の映画祭のどの部門を見渡しても見当たらないだろう。それは、たとえば俳優兼監督のジャック・ノロ、(ポール・ヴェッキアリの製作会社ディアゴナルがプロデュースした)マリー=クロード・トレユー監督『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』の女優イングリット・ブルゴ、シリル・コラール監督の『野生の夜』に主演したロマーヌ・ボーランジェの起用などキャスティングの細部にまで至るが、それらはたんなるオマージュにとどまるものではなく、あくまでもヤン・ゴンザレスの映画史的な記憶として昇華されている。ヤン・ゴンザレスの映画における同性愛というテーマは、社会問題のひとつとしてたんに主題として利用されるものなどではなく、あくまでも映画の美学と歴史の検証において必然的に要請されるものなのだ。その野心的かつ実験的な姿勢が濃密に貫かれた『Un couteau dans le coeur』は、本年のカンヌのすべてのセクションおいて、ジャン=リュック・ゴダールという例外を除き、もっとも刺激的なフランス映画であることは間違いない。