2018 カンヌ国際映画祭日記(7) 忘れられた人々
ーー第71回カンヌ国際映画祭受賞結果をめぐって槻舘南菜子
[ cinema ]
ジャン=リュック・ゴダール監督『Le Livre d'Image』
今年のカンヌ国際映画祭のコンペ部門はここ数年で最も刺激的なセレクションであったにも関わらず、受賞結果は従来の傾向に則った惨憺たるものであった。見事にコンペ入りを果たした若き才能たちーー濱口竜介監督『寝ても覚めても』、ヤン・ゴンザレス監督『Un Couteau dans le coeur』、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督『Under the Silver Lake』ーーーは無冠のまま、パルムドールは、その作家のフィルモグラフィにおいても最も秀でた作品とは言い難い是枝裕和監督の『万引き家族』に輝いた。ここ数年のパルムドール受賞作ーーージャック・オーディアール監督『ディーパンの闘い』、ケン・ローチ監督『私はダニエル・ブレイク』、リューベン・オストルンド監督『ザ・スクエア 思いやりの聖域』ーーーを振り返ると、その審査基準にあるものは自ずと透けて見える。つねづね「クオリティこそが審査の基準である」と述べるカンヌの審査員たちの真の基準とは、映画の扱う主題、それが内包する社会への視座とその作品の有するイデオロギーに重きが置かれているのは明らかだ。映画史においてすでに特権的な位置を担うジャン=リュック・ゴダールにわざわざパルムドール"特別(spéciale)"賞を授与したことは、ゴダールという「特異」な存在を「特別」なものとしてカンヌの枠組みに閉じ込めたに過ぎない。純粋にこの得意な作家の新しい映画を評価するならば、彼に与えるべきはたんなるパルムドールであったはずだろう。審査員たちは先述の「クオリティがすべて」という発言の担保としてゴダールに「特別」賞を与えたのだ。
審査員賞を獲得したナディーン・ラバキ監督『Capernaum』は、レバノンのスラムに生まれた少年が殺傷事件を起こし、その法廷で両親が自分を生んだ罪を訴えたいと告げるシーンから始まり、フラッシュバックを用いて実際にそこで何が起きたのかが語られていく作品だ。貧困層の問題と子供へのネグレクトという社会的主題を扱いながら、しかし「不幸な幼い子供」という主人公を人質に取るような演出には納得できない。その方向性は、人間を陵辱することを楽しむラース・フォン・トリアーと何ら違いがないように思われる。スパイク・リー監督『Blackkklansman』の受賞については、アメリカにおけるアクチュアリティを理由にクエンティン・タランティーノが、マイケル・ムーア監督『華氏911』にパルムドールを与えたのと同じようなロジックが働いている。この2本に対して、周囲からの尊敬を集めていた教師であり父親であるひとりの男がギャンブル中毒に陥り、小説家になることを夢見る息子との軋轢が生まれ、そこから和解に至るまでの関係性を問う物語を、近年の作品に特徴的だった厳格さとは距離を置いた形式で描いたヌリ・ビルゲ・ジェイラン『The Wild Pear Tree』という秀作や、2001年から2017年の中国を舞台に、ヤクザの男と彼を一途に愛し続ける女性の生きる時間を広大な風景とともに描いたジャ・ジャンクー監督『Ash is Purest White / 江湖児女』が無冠であることもまた、審査員の映画的知性の欠落を示した結果だろう。
ジャ・ジャンクー監督『江湖児女 / Ash is Purest White』
女優賞にしても、周囲に抵抗し自らの意思にさえ屈しない力強い女性たちの姿を演じたチャオ・タオ(ジャ・ジャンクー監督『江湖児女 / Ash is Purest White』)とヴァネッサ・パラディ(ヤン・ゴンザレス監督『Un Couteau dans le coeur / Knife + Heart』)を無視し、クリシェそのものとしての搾取された被害者像を演じるばかりの Samal Yeslyamova(セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督『Ayka』)が選出されたことも理解に苦しむ。
最後に、今年のカンヌ国際映画祭における日本映画にとっての「事件」は間違いなく、カンヌの常連ともなった是枝裕和監督がパルムドールを受賞したことではなく、濱口竜介監督の『寝ても覚めても』が、「ある視点」部門や「監督週間」を飛び越えて、オフィシャル・コンペティションにセレクションされたことだ。作品とはあくまでも映画的美学によって評価されるべきであり、日本映画に纏わる社会的な発言によってその価値を変えるものではない。安易な社会性への目配せに陥らず、人を愛するとはどのようなことなのかという、永続的な問いを描いた『寝ても覚めても』の、ワンシーン毎にかけられた演出の力は、これから来るべき濱口竜介の新作を期待させずにはいられない。
【2018カンヌ国際映画祭 星取り(槻舘南菜子)】
ステファン・ブリゼ『At War / En Guerre』×
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『The Wild Pear Tree / Ahlat Ağacı』★★★
セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ『Ayka / Айка』×
マッテオ・ガローネ『Dogman』★
ジャン=リュック・ゴダール『The Image Book / Le Livre d'Image』★★★★
ヤン・ゴンザレス『Knife + Heart / Un couteau dans le coeur』★★★
濱口竜介『Asako Ⅰ&Ⅱ / 寝ても覚めても 』★★★
クリストフ・オノレ『Sorry Angel / Plaire, aimer et courir vite』×
エヴァ・ユソン『Girls Of The Sun / Les filles du soleil』×
ジャ・ジャンクー『Ash is Purest White / 江湖儿女』★★★
是枝裕和『Shoplifters / 万引き家族』★
ナディーン・ラバキ『Capernaum / Cafarnaúm』×
イ・チャンドン『Burning / 버닝 』★
スパイク・リー『Blackkklansman』★
デヴィット・ロバート・ミッチェル『Under the Silver Lake』★★
ジャファル・パナヒ『3 Faces / Se Rokh』★★
パヴァウ・オアヴリコスキ『Cold War / Zimna wojna』★★
アリーチェ・ロルヴァケル『Happy as Lazzaro / Lazzaro Felice』★★
キリル・セレブレニコフ『Summer / Лето』★
Abu Bakr Shawky『Yomeddine』×