『ビッグ・リーガー』ロバート・アルドリッチ
千浦僚
[ cinema ]
アメリカ人とはなによりもまずベースボールプレーヤーなのか、と思わされたのはロバート・アルドリッチ監督作『ワイルド・アパッチ』(1972)を観たとき。
この映画では開巻にまず、十九世紀末頃の合衆国のインディアン居留区から不穏な気配のアパッチ族数人が夜陰に乗じて脱走する様が描かれ、続いてそれが明けた日中、アリゾナの騎兵隊砦の騎兵隊員たちが野球に興じている様が描かれた。ベテランらしい風格を漂わせつつそのときは楽しげにキャッチャーとしてプレイする軍曹を演じるのは俳優リチャード・ジャッケル。このときのジャッケルのキャッチングがなかなかにこなれたものでボール球を受けた瞬間ミットをクッと内側に寄せてストライクにしてしまったりする。そういう反則スレスレのゲーム精神を見てああアルドリッチだ、と思うのであるが、ジャッケルの背後に立つ新任の中尉は全然それをちゃんと見ずに(遠くから馬を飛ばしてやってくる伝令の姿に気づき、審判に集中していない)ストライクと言ったり、あるいは文句なしのど真ん中ストライクをボールと言ったりする。その、判断を誤る無能な上官、や、未熟な若者、というのもまたアルドリッチ映画でよく見る人物像なのだが、そのせいで草野球はやや荒れ模様。しかしそれも伝令の到着とともにアパッチ脱走が伝えられることで放擲され、バットやボールやグラブを投げ捨てて任務に戻る騎兵隊員たちは生死を賭けた別のゲームになだれこんでいくだろう。それが『ワイルド・アパッチ』のイントロ部分なのだが、それを昔に初めて観たときから私のなかにある確信は、リチャード・ジャッケルは相当野球やってたな、であり、それは『ビッグ・リーガー』(1953)を観て真実だとわかった。
はっきり言って未見のアルドリッチ処女作『ビッグ・リーガー』を舐めていた。未見なのに。なかなか見られなかったものだからイソップ物語のキツネが取れないブドウを酸っぱいとディスったように。1956年におこなわれ『カイエ・デュ・シネマ』53号に掲載されたフランソワ・トリュフォーによるアルドリッチへのインタビュー(映画研究者遠山純生氏による翻訳が同氏編・著の『ロバート・オルドリッチ読本』(2012年・boid刊)で読める)でも、トリュフォーは『ビッグ・リーガー』を未見のまま質問し、アルドリッチも、自分で作ることを望んだ映画ではないが不満はない、真面目につくったし、ウケもよかった、という程度の返答にとどめている。そしてトリュフォーインタビューはこれに続くアルドリッチ二作めの監督作でお仕着せの企画ではない『人質に取られた世界』World for ransom(1954)に話題を移し、その面白さと魅力について熱くやりとりしていく。『人質に取られた世界』は随分昔から日本国内に16ミリフィルムがあり(日本語字幕なし)、シネクラブなどの上映では観る機会があった。これは掛け値なしに見事な映画で、シンガポールにおけるやさぐれ探偵の人探しが、核武装のための原子力研究者の争奪戦という事態になっていくという、この監督の作品としては納得のネタを、後年の作風につながる戦略地点解説図のような俯瞰、人物を英雄的に押し出してくる仰角、けして贅沢ではないにも関わらずその創意によって濃密な空間を実現させた美術などでぐいぐい押してくる活劇で、主演はアメリカの三井弘次ことダン・デュリエ。撮影はジョセフ・バイロック、編集はマイケル・ルチアーノの完全なるアルドリッチ組、『人質に取られた世界』がそのはじまり。
だがしかし、ようやくいま観ることができる『ビッグ・リーガー』がどういうものであるかというとこれまた非常に見事な佳品であり、観ることの楽しさに嬉しくなってしまう映画なのであった。
ニューヨークジャイアンツの新人キャンプを舞台に、18歳から22歳までのプロ野球選手志望の若者たちの悲喜交々と、彼らに期待と慈愛の目を向ける新人発掘コーチの姿が描かれる。主人公はそのコーチであるエドワード・G・ロビンソン演じるロバートと、ジェフ・リチャーズ演じるポラチャックという炭鉱町出身の純朴な青年(強打の三塁手)であり、そこにポラチャックと恋仲になっていくロバートの娘クリスティ(ヴェラ・エレン)や、キャンプで競い合い励ましあう新人選手たちが絡んでゆく。この選手たちの姿が実に活き活きとしており、数人のメインな者たちの野球選手であると同時に若者としての個性の描き分け、立たせ方は実に良い。ここでひときわ目立つのがリチャード・ジャッケル演じるピッチャーのボビーである。あの力感にあふれたずんぐりした身体とGIジョーのような整った顔は若さに満ち満ちて、吹き替えなしにワンカットの画面のなかで物語に沿った芝居として自在にストライク、ボール、時にはビーンボールを投げ分ける。捕手の役割を命ぜられて憮然としてキャッチングする姿もある。後半、あっと驚く身の翻しかたを見せもする。『攻撃』のタフな兵士、『特攻大作戦』の"ならず者部隊"の副官、『カリフォルニア・ドールズ』のレフェリーなどなどを演じてきたジャッケルの出発点はこれ。打撃練習の投手役なのに自分の力を見せたくて打たせないように頑張りすぎて怒られるところなど、もうほとんどリチャード・リンクレイターの大学野球部映画『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』(2016)と同じ。映画全体のノリ、アメリカンスポーツマンの妙な底抜け感も。また、投げられる球、ノックやバッティングで打たれて飛んでくる球がほとんどキャメラ真正面だったりして、これも相当頑張っている。この迫真力に最も近いのは鈴木則文監督作『ドカベン』のラストに唐突に登場する水島新司の、巧みすぎてギョッとさせられるノックだろうか。あるいはそれは、先の9月6日に世を去ったバート・レイノルズとアルドリッチの協同による両者の代表作『ロンゲスト・ヤード』のなかのフットボールの描く絶妙な弾道と同じかもしれない。
本作『ビッグ・リーガー』でエドワード・G・ロビンソンは赤狩りから復帰する。また、劇中でヴェラ・エレンが自身のことを黙して語らず憂鬱そうなポラチャックに対して"あなた、ヴァイオリニストになるのをあきらめて野球選手になったの?"と、クリフォード・オデッツの戯曲「ゴールデンボーイ」をパロッたような突っ込みをする。これは確実にある世代への目配せであり、そこを見ることは歴史的な記憶の確認でもある。なおかつ、ただ楽しい映画。遅ればせながらこの原点を観られたことが嬉しい。
第40回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)特集「女も男もカッコいい!今こそアルドリッチ」にて上映