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September 22, 2018

『若い女』レオノール・セライユ
池田百花

[ cinema ]

 映画のタイトルの『若い女』。これは、フランス語の原題も"jeune femme"となっているから直訳なのだが、この言葉が何を表しているのか、映画が始まってからずっと考えていた。主人公の女性ポーラは31歳。物語は、10年間付き合っていた年上の彼から突然別れを切り出されるところから始まる。20歳ほど年の離れた写真家の彼のもと、彼女は長年そのモデルも務めていたのだが、どうやら彼には新しいミューズができたらしい。家から追い出されたポーラは、夜のパリの中、「こんな街好きじゃない」「こんなところでどうすればいいの」と叫びながらも、彼の飼い猫を抱いて当てもなく街をさまよい歩いていくことになる。
 31歳という年齢は、若いとも言えるし若くないとも言える微妙な年だと思う。ポーラの顔にかすかに現れるしわやたるみ、少し重たそうな腰回りからは、あまり若さというものは感じられないし、本人もそういったことにさして関心を払っているようにも思えない。住むところもお金もなく生きるすべも分からないまま、行き当たりばったりに適当な嘘をついてその日暮らしを続けていく彼女の無鉄砲さからは、若さというよりも、大人になり切れない彼女の幼さのようなものが感じられる。
 ポーラの両方の目の色が違うことにふと気づかされてから彼女の目に注意が向くようになると、その表情や言動がそれまでとは違うものに見えてくる。彼女の目はいつもどこかうるんでいて不安げで、自分を取り巻く環境に対して戸惑いや怯えを隠しきれないようでもある。10代の頃に安定を嫌って家を飛び出したものの、長い間付き合っていた彼から見放されると、自分が求めていたものは自由ではなかったのだとわかったのだ。だからその目は、向き合わざるを得なくなった自分の中の空虚さへの不安を映しているようで、一見明るく無邪気な笑顔にも、かつて少女だった頃のままの脆さや儚さが垣間見える。
 物語の後半、ポーラは写真家の彼の子供を妊娠していることがわかり、その彼から復縁も迫られる。以前の彼女なら、その言葉に甘んじて、彼のもとに戻り子供を生むことを選んでいたかもしれない。でもここで、彼女ははっきりと告げる。自分にはいま、これまで抱いたことのない「初めての感情」が芽ばえていて、それは「私が経験してないことへのノスタルジー」なのだと。彼との生活で失われた10年間も、その間に経験できたかもしれないが経験しなかった事柄も、彼女がついた悪意のない数々の嘘も、すべてがいま彼女の人生の一部として、これから彼女が生きていく現実を照らし出していくのだ。だから、彼のもとにはもう戻らない。「退屈」を埋めるためだけの人生に身を任せることはもうしない。その選択は、取り戻すことのできない年月にしがみつくことをやめて、自分が持っていたものを手放すことの豊かさを教えてくれる。そして強さと優しさを宿したポーラの目は、私が私として生きていく勇気をそっと与えてくれる。

渋谷ユーロスペース他にて上映中