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April 14, 2019

『反復された不在』ギィ・ジル
池田百花

[ cinema ]

 «Le temps, le temps, le temps...»この物語の主人公であるフランソワの口から漏れ出す「時」という言葉。彼は過ぎ去っていく「時」に囚われ翻弄されていて、すべてが自分の手からすり抜けていってしまい、自分がどこに向かっているのかわからないと言う。人々の顔のクロースアップが多用されているように、街で見かける顔や体をすべて自分のものにしたくなると彼が言うのは、自分の中で失われてしまった何かを他者のうちに探ることで、自己の存在をいまこの場所につなぎとめておこうとするもがきを表しているのかもしれない。
 映画の冒頭で働いていた銀行から解雇されたフランソワは自分の部屋に閉じこもるようになり家の鏡には「嫌悪感」という言葉を書きつけるが、部屋に訪れる恋人との対話の中で「僕は人生を愛している」と言う。ふたりとも組織の中で自分が「自働的」に生きていることを自認し疑問を感じている点では同じだけれど、日々を過ごすためにそうした習慣の中に身を置くことを選んでいる恋人には、彼が人生においてすべてを拒絶しているように見えてしまうからこの発言が理解できない。それはこの時フランソワが発した「人生」というのは恋人が考えるような現実世界に根ざしているものではなく、もっと夢想的で実体のないものを指しているからではないか。彼にとっては、そうした習慣から抜け出た時に見出されるものこそが真の人生であって、それはギィ・ジルの作品の背景にあるひとりの人物がいたことも想い起させる。
 ギィ・ジルはこの作品が公開された1972年の前年に、20世紀のフランスの作家マルセル・プルーストについてのドキュメンタリーを発表している。プルーストは『失われた時を求めて』という長大な小説を書くために、自分の部屋一面にコルクを張って昼夜逆転の生活をし、外の世界から遮断された空間でこの作品の中に自身の生涯を「再創造」することに一生を捧げた人物だった。言うまでもなくこの小説の題名が示しているように、プルーストにとって「時」という概念はとても重要で、『反復された不在』でもそれが作品を形づくる大きなテーマになっている。プルースト自身が同性愛者であったこと、そして何より実人生での愛する人の死という経験が作品に反映され、それが「時」という概念と深く結びついていることもプルーストとギィ・ジルの両者に通じる。
 『反復された不在』では、主人公フランソワにはギイという友人がいてふたりにはそれぞれ恋人がいるが、彼らはお互いに友情以上の想いを抱いていることがわかる。映画の後半でフランソワがパリを離れることを決めそのことをギイに伝えると、ギイが「逃げ去る存在に対してどうすればいいか」と問いかける場面があるが、ギイにとってのフランソワは、フランソワにとっての「時」と同じように逃げ去る存在であると言える。ここで彼の問いかけに対してフランソワが応じることもないが、代わりにギイの恋人が答えた「窓と扉をすべて開けておけばいい」という言葉に従うようにして、ギイは映画の最後まで逃げ去る存在であるフランソワに対して語りかけることをやめない。
 物語の最後は、はじめにあった「人生はポエムだ」というフランソワの言葉に呼応するように、「フランソワ、僕も人生はポエムだと思ってた」というギイの言葉によって閉じられる。死を選んだフランソワに対して、生の世界にとどまることを選んだギイ。この最後のギイの言葉には、その意味に反して詩的な響きがあり、彼らが過ごした時間は「失われた時」としてノスタルジックな詩情をかきたてるとともに、そうした時間がいつかまた「見出される」瞬間がやってくることも予感させてくれる。死者の生やその人と過ごした時間、そうした永遠に失われてしまったと思っていたものが、生の世界において再び私たちの前に開かれていく希望がここにはあると信じたくなる。
 光の下でフランソワはかつて囚われていた「時」の作用から解放され、『失われた時を求めて』の中で交わることがないと思われていたふたつの道が実はつながっていたことがわかるように、死と生というふたつの場所に生きる彼らを隔てるものもやがてぼやけてなくなっていくような感じがする。だからこの最後の場面につけられた章題、それは奇しくも20世紀のフランスの詩人ポール・エリュアールが愛妻の急死の翌年に刊行した詩集のタイトルをも想起させるのだが、その言葉はきっと輝きとともに見る者の胸に刻まれることになるだろう。«le temps débordé»「時はあふれる」。


アンスティチュ・フランセ「映画/批評月間~フランス映画の現在をめぐって~」にて上映

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