京都滞在日誌2019@ルーキー映画祭③
隈元博樹
[ cinema ]
2019年9月8日(日)
連日の疲れから来たものなのか、朝からひどい腹痛に悩まされる。しばらくホステルで安静にしたのち、午前中は市営バスに乗って出町柳の「出町枡形商店街」へ。アーケードをブラブラ歩いていくうちに、大きな「出町座」の看板が目に留まる。おもむろに中へ入ると、中央には書籍の棚に囲まれるようにカウンターキッチンが配備され、劇場は地上階を挟んだ2階と地下1階にあるようだ。今回は出町座での映画もランチも断念したけれど、店内に広がるパクテーの香りが食欲の湧かない胃袋を妙な気持ちにさせる。次回こそは体調を万全にして再訪したい。
商店街をさらに歩いたのち、突き当たりに「司津屋」なる蕎麦屋を発見し、消化に良いものをと昼食はそこに決定。見るからに年季がかった木造建築の面構えではあるものの、店内にはロボットのペッパーくんが待ち人数の管理をしてくれている。お品書きもipad仕様なので、何だか不思議な気分だ。ざる蕎麦単品で750円。ペッパーくんに「ごちそうさまでした」と声をかけてみると、「おおきに」と返してくれた。
その後、1日目の打ち上げの際にNOBODYの渡辺進也さんが言っていた「イノダコーヒの支店は円形カウンターなんですよ」という言葉が気になり、三条の「イノダコーヒ三条支店」へと向かう。店内の奥には話に挙がった巨大な円形カウンターがあり、カウンターの中に4、5名ほどの正装したドリップマスターが四方に立ち、注文に合わせて珈琲を丹念に淹れてくれる。何とも贅沢な時間だ。これで体調が良ければ軽食も頼みたかったけれど、今回はやむなく断念。帰り際に「アラビアの真珠」と呼ばれる珈琲豆とコースターを購入し、挽いたあとのドリップを楽しみに自宅へ持ち帰ることとする。
ルーキー映画祭もついに3日目。明日の正午には京都を発つので、映画を観るのは本日が最後となる。まずは1本目のフェリックス・トンプソン『キング・ジャック』。寂れたニューヨーク州の片田舎で暮らす少年ジャック(チャーリー・プラマー)を巡るひと夏の物語。叔母の入院をきっかけに、いとこのベン(コーリー・ニコルズ)の面倒を見ることになるのだが、いじめっ子のシェーン(ダニー・フラハティ)やその仲間からの執拗な暴力に対しても、わずかながらの報復とただならぬ逃走を繰り返すジャック。こうした彼の頑固さと弱さの表出は、暴力から暴力しか生まれないこの街の鬱屈した様相とともに、彼の生きづらさそのものを表象しているかのようだ。だからこそ後半のパーティの一件のあとに待ち受けるベンとの和解や、好意を抱くハリエットにジャックが初めて素直になれたとき、自然と胸にこみ上げてくるものがある。強さを誇示するのではなく、自分の弱さを認めること。ラストシーンで紙の王冠を被りながら自転車で駆けていくジャックの微笑みとは、まさしくキングの姿であり、他人に優しくなれたことの証左なのだと思う。
2本目はデヴィッド・ゴードン・グリーンの『ジョージ・ワシントン』。こちらは荒廃したノースカロライナ州の田舎町を舞台に、黒人コミュニティの少年少女たちを襲う友人の事故死と贖罪の道程を描いた作品。公衆トイレでのじゃれ合いによって足を滑らしたあと、壁を叩きながら倒れていくバディ(カーティス・コットン三世)の死に様が何ともたまらなかった。また本作に関して言えば、リチャード・リンクレイターやウェス・アンダーソンとは異なり、ゴードン・グリーンの作家性なるものをこの映画の中で発見することは容易くないように思えた。むしろそのあとの『スモーキング・ハイ』や最近の『ハロウィン』に至るまで、デヴィッド・ゴードン・グリーンという作家の一貫性のなさこそが彼の作家性なのではないかという印象もしかり。ゴードン・グリーンについては、他の作品やこれから撮られるであろう新作を含め、もう少し丹念に追うことを是非とするカメレオンな作家であるとも言えるのではないだろうか。
そして最後は、アレクサンダー・ペインの『市民ルース』。産むべきか堕ろすべきかの人工中絶を巡る過剰な権利闘争をコメディタッチに描くことなんて、現代社会では到底叶わぬ企画だろう。ただ、流産した事実を誰にも言わぬまま、保証金の入ったバッグを携え、闘う人たちを尻目に颯爽と画面の奥へと消えていくルース(ローラ・ダーン)は、実に清々しかった。結局彼らは彼女のことやお腹の子どものことなんてどうでもよくなっている。シンナーが配合されたスプレー缶を見ると、酒と一緒に摂取してしまうようなルースだけど、一番彼女のことをわかっていたのは、当の本人だったということなのだろう。
上映後の帰り、渡辺さんから2000年以降の作品から今回の個人賞を決めたら良いのではないかと提案されたので、極私的に各賞を記すことでこの短い滞在日誌の結びにしたいと思う。
主演男優賞:チャーリー・プラマー(『キング・ジャック』)
主演女優賞:ベサニー・ウィットモア(『ガール・アスリープ』)
助演男優賞:カーティス・コットン三世(『ジョージ・ワシントン』)
助演女優賞:ジンジャー・リー・ライアン(『オール・ディス・パニック』)
監督賞:トレイ・エドワード・シュルツ(『クリシャ』)
作品賞:『キング・ジャック』
しかし京都はやっぱり良い。特別なことはほとんどしていないのだけれど。