« previous | メイン | next »

July 11, 2021

第74回カンヌ国際映画祭報告(3) シャルロットによるジェーン、トッドによるヴェルヴェット・アンダーグラウンドーーシャルロット・ゲンズブール『JANE PAR CHARLOTTE』とトッド・ヘインズ『THE VELVET UNDERGROUND』
槻舘南菜子

[ cinema ]

Jane_par_Charlotte_Nolita Cinema : Deadly Valentine.jpeg
シャルロット・ゲンズブール『JANE PAR CHARLOTTE』©Nolita Cinema / Deadly

 カンヌ国際映画祭に新設された「カンヌプレミア」部門の一本である、シャルロット・ゲンズブールの初長編『JANE PAR CHARLOTTE』のタイトルは、アニエス・ヴァルダ監督『アニエスv.によるジェーンb』(1988)ーバーキンが、ヴァルダに送った手紙がきっかけとなり制作されたものであり、当時40歳の誕生日を前にした彼女を巡るドキュメンタリーーへのオマージュだ。50歳に差し掛かったシャルロット・ゲンズブールは、母親でありアーティストであるジェーン・バーキンと映画を通して対話しようと試みる。また『アニエスv.によるジェーンb』が、バーキンとともにヴァルダ自身のある種の肖像だったように、彼女自身も度々、被写体としてフレーム内に姿を見せる。小さなカメラは、3年間、東京、パリ、ブルターニュまで、様々な場所を共に旅していく。娘からの思いもよらない自身への好奇心に少し戸惑いを見せながら、バーキンは親密に、そして誠実に彼女と言葉を交わしていく。ジョン・バリーとの最初の結婚、セルジュ・ゲンズブール、ジャック・ドワイヨンとの出会い。なぜセルジュ・ゲンズブールとの間にもう一人子供をもうけなかったのか?亡くなった娘、ケイト・バリーについて。カメラの向こう側に、あるいは、共にシャルロット・ゲンズブールがフレームの中にいなければ、決して言葉にしなかった感情や事実を、私たちは耳にするだろう。
 それと同時にセルジュ・ゲンズブールが亡くなった後、ほとんど手付かずなままに残っている家へと訪れるシーンで、バーキンは、シャルロットと彼が残していった痕跡をたどりながら、過ぎ去った時間の蓄積に驚き、娘にとっての父親の存在の大きさを改めて感じ取る。この作品は、ジェーン・バーキンとともに、シャルロット・ゲンズブールの眼差しの物語でもあるのだ。同時にこの作品の大きな魅力は、娘であるシャルロットを介して、私たちが知らないジェーン・バーキンの「秘密」を垣間見ることができる点にあり、彼女にしか実現できなかったであろう唯一無二の企画だが、これからの映画監督としての活躍を期待するのは難しい。それは作品の主題であり、カメラを向けた対象のもつ魅力が、作品それ自体を越えてしまっているからだ。

THE VELVET UNDERGROUND.jpeg
トッド・ヘインズ『THE VELVET UNDERGROUND』

 コンペ外部門にセレクションされた『THE VELVET UNDERGROUND』は、2017年に企画が立ち上がり、トッド・ヘインズ自身が共同プロデューサーも務めた初のドキュメンタリー作品だ。70年代のグラムロックを主題とした『ヴェルヴェット・ゴールドマイン』(1998)であり、6人の俳優が、歌手ボブ・ディランの半生を演じる『アイム・ノット・ゼア』(2007)に繋がる彼のフィルモグラフィをたどれば、この企画は自然な流れと言えるだろう。ルー・リードとジョン・ケイルの出会い、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが結成された後の、カフェビザールでのアンディ・ウォーホルとの出会い、ニコの参加、メンバー内でのいくつかの齟齬、ルー・リードの失踪、解散に至るまでの物語は、ジョン・ケイル、モーリン・タッカーなど近しい人物の証言映像や、グループから強く影響を受けたデヴィッド・ボウイなどのアーティストたちによる声を介して語られる。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを知るものならば、真新しい点は特にないが、ヘインズは、単一の声によるナレーションではなく、複数の生きた声によって物語を紡ぎ、凡庸なドキュメンタリーにありがちな「真実」を提案しない。
 この作品の大きな特徴は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに留まらず、アンディ・ウォーホルを介した当時のアンダーグラウンドのカルチャーであり、実験映画の歴史のパースペクティブが見えることだろう。アメリカアンダーグラウンド映画の父、ジョナス・メカスは、当時のニューヨークが外国人のアーティストを魅了し、そこに連なる映画館たちが、ヌーヴェルヴェーグにとってのシネマテークのような場所であり、70年にジェローム・ヒルの資金援助で「アンソロジー・フィルム・アーカイブス」を創設するまでを生き生きと語るシーンは感動的だ。ほぼ全編がスプリットスクリーンで構成され、インタビューや当時のドキュメンタリーとともに、ジョナス・メカス、ジャック・スミス、ケネス・アンガー、バーバラ・ルービンなどの作品の断片的な映像にヴェルヴェットの音源が重なる瞬間の恍惚感は、筆舌に尽くし難い。トッド・ヘインズは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの震えるような美を、視覚的、聴覚的、身体的に映像化することに成功している。

カンヌ国際映画祭公式サイト