第74回カンヌ国際映画祭報告(5)
槻舘南菜子
[ cinema ]
パルムドール
Titane directed by Julia DUCOURNAU
グランプリ
Un Héros (A Hero) directed by Asghar FARHADI
Hytti N°6 (Compartment n°6 / Compartiment N°6 directed by Juho KUOSMANEN
監督賞
Leos CARAX for Annette
脚本賞
Ryusuke HAMAGUCHI and Takamasa OE for Drive My Car
審査員賞
Ha'Berech (Le Genou d'Ahed / Ahed's knee) directed by Nadav LAPID
Memoria directed by Apichatpong WEERASETHAKUL
女優賞
Renate REINSVE in Verdens Verste Menneske (Julie (en 12 Chapitres)/ The Worst person in the World) directed by Joachim TRIER
男優賞
Caleb LANDRY JONES in Nitram directed by Justin KURZEL
ナダヴ・ラピド『HA'BERECH』©lesfilmsdubal
アピチャートポン・ウィーラセータクン『MEMORIA』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF-Arte and Piano, 2021
今年のカンヌ国際映画祭が7月17日に閉幕した。パンデミックによる2020年の中止を経ての開催だったが、公式コンペティションの作品全体のレベルは、待ち望まれていた映画祭開催にも関わらず、惨憺たるものだった。今年は、公開待機作品を抱える仏映画産業の強いプレッシャーの下、仏&仏共同製作作品が公式コンペティション部門の大部分を占めた。仏製作であってもポール・バーホーベン(『BENEDETTA』)やアピチャートポン・ウィーラセータクン(『MEMORIA』)など強烈な個性を持つ外国人監督は、自身の「映画」の作家性を守れているが、大抵の外国人監督は、演出のスタイルを失うか、仏から要求される自身の「映画」のイメージに限りなく沿った驚きや変化のない凡庸な作品となってしまっている。仏監督作品については、レオス・カラックスを除けば、それぞれの作家のフィルモグラフィーにおいての一本の作品としての強さとはほど遠い結果だった。受賞結果に関して、開幕上映作品、レオス・カラックス監督『ANNETTE』の監督賞受賞は、映画祭での開幕上映作品は無冠に終わるというジンクスを完全に覆したという点では祝福すべき事実であり、監督賞と審査員賞がそれぞれに異例の二作品が選ばれたことは、審査会議が難航したことを想像させる。イスラエル社会の現実を自身のアルタエゴを介し、親密さを同居させながら、揺れるカメラの演出を通し描いたナダヴ・ラピド監督『HA'BERECH』が審査員賞を受賞した一方で、ロシアの暗部をフェリーニのように夢と現実を混濁させて見せたキリル・セレブレニコフ監督『PETROV'S FLU』が無冠に終わったのは残念だ。また、グランプリの二作、アスガル・ファルハーディー監督『GHAHREMAN』とユホ・クオスマネン『HYTTI N°6』は、期待を裏切ることはない安定した作品とは言えるが、彼らの過去作を更新する新しさはない。そして、セレクションとともに受賞作品がほぼ仏製作である中、濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』が脚本賞を受賞したことは特筆すべきだろう。
濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』
ジュリア・デュクルノー『TITANE』©Carole Bethuel
1993年にジェーン・カンピオン『ピアノ・レッスン』と、チェン・カイコー『さらば、わが愛/覇王別姫』がともにパルムドールを受賞した例はあるが、ジュリア・デュクルノー監督『TITANE』の今回の受賞は、歴史上女性監督が単独で獲得した初めての例となった。幼少期の事故で前頭部にチタンが入ったダンサーで連続殺人鬼である女性が、10年前に失踪した息子を装い、ある男と奇妙な関係を築いていく。数々のショッキングな展開や無意味で乾いた暴力の応酬は、確かにコンペティション作品としては異例ではある。だが、その強烈な暴力性という特徴は、フランスの若手作家であり、女性監督という枠での特異性に止まっている。『TITANE』が、ジャンル映画の域を越えているという声が多く聞こえたが、作品のオリジナリティーやその新しさは、そもそも知識の積み重ねなしで判断することは不可能だろう。小津も溝口も成瀬すら知らない人間が素晴らしいと評価する日本映画を優れた作品と言えるのか?答えはNOにも関わらず、「ジャンル」映画と呼ばれる作品の評価もまた、その道に精通する人間を安々と排除することで成り立っている。この作品から多くの人が受ける「衝撃」とは、ジャンル映画への無知に直結しているのだ。スパイク・リー率いる審査員は、ジュリア・デュクルノー『TITANE』をパルムドールに選択することで何のリスクも犯していない。作品の主題となる政治性ですらもはや問題ではなく、カンヌ史上初めて女性監督に単独でパルムドールを与えることで、彼らの選択がカンヌ映画祭の「歴史」に残ることを選んだからだ。フランスのための国際映画祭、カンヌは、その目的を十全に果たしたと言える。
ANNETTE レオス・カラックス ★★★★
HA'BERECH ナダヴ・ラピド ★★
TOUT S'EST BIEN PASSÉ フランソワ・オゾン ×
LINGUI マハマト=サレ・ハルーン ×
VERDENS VERSTE MENNESKE ヨアキム・トリア ★
BENEDETTA ポール・バーホーベン ★★★
LA FRACTURE カトリーヌ・コルシニ ×
HYTTI N°6 ユホ・クオスマネン ★★
FLAG DAY ショーン・ペン ×
DRIVE MY CAR 濱口竜介 ★★★
TRE PIANI ナンニ・モレッティ ★
BERGMAN ISLAND ミア・ハンセン=ラヴ ×
PETROV'S FLU キリル・セレブレニコフ ★★
THE FRENCH DISPATCH ウェス・アンダーソン ★
GHAHREMAN アスガル・ファルハーディー ★
TITANE ジュリア・デュクルノー ×
RED ROCKET ショーン・ベイカー ★★
A FELESÉGEM TÖRTÉNETE エニェディ・イルディコー ×
LES OLYMPIADES ジャック・オディアール ×
MEMORIA アピチャートポン・ウィーラセータクン ★★
FRANCE ブリュノ・デュモン ★
HAUT ET FORT ナビル・アユチ ★
NITRAM ジャスティン・カーゼル ×
LES INTRANQUILLES ヨアヒム・ラフォス ×