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September 23, 2021

『ジュデックス』ルイ・フイヤード
千浦僚

[ cinema ]

 これは映画『ジュデックス』1916年、についての評とも言えない、メモ。ほぼ、単なる全12話のあらすじガイド。
 judex とはラテン語で"審判者"という意味だそう。恐ろしい手立てや強硬さで悪を罰する本作の"ジュデックス"は、二十世紀以降のダークヒーローの始祖という感じ。
 サイレント期のスタンダードなスタイルである目の高さの、引いた位置からの撮影の一種平板さは、純粋に「筋」「物語」を見ていく、楽しむ映画だと思わせる。 


 「序章」Prologue 尺は36分ほどで、ほとんどの登場人物が出揃い。作品全体の前提や発端となる出来事が語られる。
 配役は、ジュデックスことジャック・トレミューズ(ルネ・クレステ)、ディアナ・モンティ(ミュジドラ)、ジュデックスの弟ロジェ・トレミューズ(エドゥアール・マテ)、ファヴローの娘ジャクリーヌ・オーブリー(イヴェット・アンドレヨール)、銀行家ファヴロー(ルイ・リューバ)、探偵コカンタン(マルセル・レヴェスク)、ピエール・ケルジャン(ガストン・ミシェル)、ロベール・モラレス(ジャン・デヴァルデ)、トレミューズ夫人(イヴォンヌ・ダリオ)、ジャクリーヌの息子ジャン(オリンダ・マノ)ほか。
 悪そうな銀行家ファヴローは謎の人物ジュデックスから、お前の悪を償うため財産を放出しろ、さもなくば...と脅迫されている。従わぬファヴローは娘ジャクリーヌの婚約発表の会の最中毒殺される。父の死後、脅迫を知ったジャクリーヌは父に罪があったと信じて財産をすべて投げ出し、貧窮の身となり、一人息子ジャンを乳母に預けて働きに出る。
 興味深いのはファヴローに取りつこうとしていた女悪党ディアナ・モンティ(変装、偽装して家庭教師マリー)と仲間のモラレスがその悪だくみを発動させる前に狙っていたファヴローもその財産も失ってしまうこと。しかし、これから正義の悪であるジュデックスと、悪の悪であるディアナ一味の対決が起きることは予感される。


 第1話「怪しの影」L'ombre mystérieuse尺は25分ほど。里子に出されたジャクリーヌの息子ジャンが、母親からの手紙を懐に入れてうんうんとうなずく姿が可愛い。復讐の結果、直接は関係なかったジャクリーヌとジャンが苦境を生きることに対し、ジュデックスが助けていく、という全体を通しての方向性と登場人物らのしがらみが設定される。
 第2話「償い」L'expiation 16分ほど。死んでいなかったファヴローを監禁している赤い城の、鏡による監視装置が面白い。テレビ画面、監視カメラ以前にそれと同じ役割をする装置が発想されていた。それは、科学技術と呪術(鏡のフレームに虜囚を収めているからその監禁が強化されるかのような心理と神秘の感覚)の混合物のように見える。カンゾウ小僧Licorice Kid,Le môme réglisse(ルネ・ポイエン)登場。ディケンズ「オリバー・ツイスト」(1838年ごろ刊行)の、オリバーの面倒を見る活発な先輩ジャック・ドーキンズのようなキャラで、田舎から母恋しとパリに出てきたジャンを助ける。100年経っても観る者を微笑ませうる子どもの仕草、表情。小津『突貫小僧』の青木富夫に匹敵。ジャクリーヌの危機を、ジャンが偶然から救う(ジュデックスへの救難要請である伝書鳩を誤って放つが、実際ジャクリーヌは危機にあった)。それはご都合でもあるし運命でもある。
 第3話「犬の探偵団 大活躍」La meute fantastique(素晴しき群れ)37分ほど。ジュデックスがさらわれたジャクリーヌを救う、最も活劇的な章。鳩の連絡、犬による追跡、フランジュの『顔のない眼』にもつながっていく道具立て。犬の群れがまるで犬の奔流。適切な例えではないかもしれないが、クリストファー・ノーラン『ダンケルク』では歩兵、船、戦闘機がそれぞれ違うスピードで並走して動いていながら、映画の持っていきかたとしてケツが合うというか、ある時ある場で会するが、こちらは、情報伝達と行動のスピードで同様のことをやっているように見える。自動車、馬、犬、共犯者関係者から隠れ家を知る者と、犬に臭いを追わせる者、その流れが躍動感を持ってつながっていく。
 第4話「墓地の秘密」Le secret de la tombe 25分ほど。ディアナ一味がファヴローの墓を暴きに行く。その行動にはジュデックスに"ファヴローの二の舞になるぞ"と言われたことへの反発心があるようで、ディアナの悪党根性というか、徹底して対抗していく姿勢が感じられる。もちろん墓に遺体はない。滑稽な探偵コカンタン再登場。
 第5話「悲劇の水車小屋」Le moulin tragique 25分ほど。二台目の救急車の到着、それが本物、では先に来て患者を連れて行ったのは何?というゾッとするネタのルーツか。都市伝説的な(ラリー・コーエン『アンビュランス 地獄の殺人救急車』1990年)。ただこの頃の救急車は来るのに一時間かかっているが。悪党モラレスはピエール・ケルジャンの生き別れの息子、ロベールだった!電報、電話、自動車、エンジンつきボート、という道具立て。それらがこの映画面白くしていること。現代のスピードが幕を開けつつある時代。それらのツールを駆使する登場人物たち。刃物を構えるディアナ=ミュジドラの殺気、ドスの効いたその姿。次章でも彼女は男装して銃撃戦をやるが実に映える、魅せる。表返ったロベールによってディアナは水車小屋の一室に閉じ込められ捕らえられるが、床を開けて(床下は河)泳いで脱出する。この着替えと泳ぎも見せ場。ジュデックス=ジャック・トレミューズ=変装して老秘書ヴァリエールは、伝聞の体でジャクリーヌにジュデックスからの好意を伝えるが...。ここからややメロドラマ化。
 第6話「カンゾウ小僧」Le môme réglisse 22 ジュデックスはジャクリーヌに振られて傷心のため、今回は出てこない。代わって弟ロジェと子どもたちが活躍する。ジャンのかわいさ、カンゾウ小僧の素晴しさ。悪につくのかジュデックス側に来るのか、フラフラしていた探偵コカンタンのスタンスが決まる。臆病で軽率な男の、子ども好きゆえの逆ギレがいい。キャラクターの地金の良さが出る。カンゾウ小僧との思いがけぬ結びつきも生まれる。全篇中最も微笑ましい一篇。
 第7話「黒衣の女」 La Femme en noir 29 ジュデックス=ジャック・トレミューズとロジェ・トレミューズ兄弟の母、トレミューズ夫人が登場。なぜジュデックスが銀行家ファヴローに復讐するのかが明かされる兄弟の父、トレミューズ伯爵はファヴローの陰険さ(トレミューズ夫人に懸想して容れられなかった)によって融資を受けられず破産、自殺していた。しかし、少しのタイムラグで実はアフリカで金鉱を発見して成功していたことが発覚。これで復讐の動機とそれを可能にする資力が揃う。金持ちの子が親の破産で貧しくなり孤児院でいじめられ苦労するが、実は遺産があったという、バーネットの「小公女」は1888年ごろ刊行されており、英語文化圏で舞台化されて再注目されたのが1905年ごろであった。ジュデックス兄弟は一瞬「小公女」だった。
 ジュデックスはむしろもう復讐をやめたがっており、母親の心を解くことが問題となる。ここで、これまで観客になんとなく感じられていたジャン少年&カンゾウ小僧=ジュデックス兄弟、が、はっきりジャクリーヌ&ジャン&カンゾウ小僧=トレミューズ夫人&ジュデックス兄弟のイメージとなって立ち上がり、恩讐の果てが予告される。
 第8話「赤い城の地下回廊」Les souterrains du château rouge 24分ほど。生きていたファヴローをトレミューズ夫人が見に行く。復讐時代の終わりに向かっているはずだが、脇の人物たちがそれを撹乱する。モラレスがディアナとよりを戻す。人物の取り違え、すり替わりなど。
 第9話「子供が現れた時」Lorsque l'enfant parut 24分。トレミューズ夫人とロジェは、ジャクリーヌ、ジャン、カンゾウ小僧を保護するために地中海の村に移し、ジュデックスは近くから見張る。ディアナは、村に招かれたコカンタンを尾行してすぐにその隠れ場所を発見する。またも子どもたちが可愛い回。
 第10話「ジャクリーヌの心」Le secret de Jacqueline 尺、9分ほど。夜の時間の表現がいい。ついに老秘書ヴァリエールがジュデックスと同一人物だとジャクリーヌにばれる。
 第11話「水の女神」L'ondine... et Sirène(ウンディーネそしてセイレーン) 尺、26分。唐突な登場の、新キャラクターにしてこの章の題名にも謳われる、泳ぎと飛び込みの得意な女芸人デイジー(リリー・ドゥリニィ)。探偵コカンタンのガールフレンドということで、しかしアクション面においてジュデックスチームの大きな戦力となる。ここで初登場キャラか、という新鮮な感覚。
 第12話「愛の許し」Le pardon d'amour 14分ほど。もうあまり意外性もない大団円。だが、もちろんそれで良い。ファヴローの悔悛とトレミューズ夫人の許容。コカンタン、デイジー、カンゾウ小僧が仲良くなっているのも微笑ましい。ジュデックスの復讐の一手段としての財産放出を、父の罪を引き受けるかたちで実行したジャクリーヌ、それに打たれたジュデックスが彼女を愛し、復讐を終わらせるに至る。長い道のりだったが納得できる。悔い改めも更正もありえないディアナの必然の末路。「三銃士」で無残に斬首されるミレディを思わせる(十代半ば、デュマ「三銃士」を読んでその非爽快感にゾッとした)が、これもこれでキャラクターの徹底、一個の強い人物であった。
 100年前を旅するような鑑賞、冒険が終わる。満足した......と思う。

シネマヴェーラ渋谷 特集「素晴らしきサイレント映画Ⅲ」にて上映