『三度目の、正直』野原位
濱崎海帆
[ cinema ]
©2021 NEOPA Inc.
いったい、「わが子」というのはどこからやってくるのだろうか。母胎から? いや、コウノトリが運んでくる?『三度目の、正直』においては、電車によって母と子が引き合わされる。子どもを産むことができなかった春は、元夫から授かり婚の報を受けたあと、電車の窓から 「里親募集」の文字を見つける。次のシーンでは、相談所で里親について話を聞いている春の姿がある。パートナーである宗一朗の連れ子が留学に行き、わが子のような存在を失ってしまったために、ますます子どもに対して執念深くなっているようだ。そんななかで宗一朗にも別れを切り出された春が、あてどなく歩きたどり着いた先は高架下。頭上には電車が通っている。ふと横に目をやると、少年が倒れこんでいる。のちに春によって 「生人」と名付けられることになるこの少年との出会いは、やはり背後に電車が音を立てて通り過ぎていく。生人は電車のイメージとともに春の前にあらわれ、春は生人のことを(独善的ではあるものの)わが子のように養いはじめる。
しかし、電車は人と人を繋ぐだけではなく、引き裂きもする。次の行き先を考えていたのに、まだ二人は一緒にいられるはずだったのに、目的の駅で降りるのに間に合わなかった春は、先に降車した生人とそのまま離ればなれになってしまう。電車の窓越しに生人を見つめる春の表情からは、諦念が感じられる。もうわざわざ引き戻して再会しようとは思わないのだ。分単位で行き先が決まっている電車は待ってくれない。そのタイミングを逃せば、また別の人生を生きないといけなくなる。だからこそ、電車はスリリングなドラマを引き起こすのだ。
野原位監督が共同脚本を務めた『ハッピーアワー』においても、電車に乗るか乗らないかが試されるシーンがあり、その瞬間的な決断は、それまでなんとか保たれていた均衡が決定的に崩れる契機となる。電車とホームというロケーションにおいては、登場人物たちの小さなアクションによって大きなエモーションを生み出すことができる。電車のドアが開いてから閉まるまでの時間がたった数秒しかないことで、それまで踏みとどまっていたようなことを実行させたり、あるいは電車とホームにわかたれた二人の距離が自分たちの意思とは無関係に広がっていくからこそ、執着していたものに対して諦めがついたりもする。
©2021 NEOPA Inc.
春は生人からの「好きな場所は?」という質問に、「海、そこの。つらい記憶を吸い取ってくれる気がすんねん」と答える。海のそばにあるこの街では、電車からも海がよく見える。春が生人を連れて帰る日の電車からも、海が見えていた。二人がそこでどんな会話をしていたかは分からないが、指さした先の海について話していることは明らかだ。また途中にも、駅のホームで、海を背にして電車を待つシーンがある。どちらもガラスやフェンス越しの海である。そういった隔てるものなしにこの二人が一緒に海にいるシーンは、一度も映されることがない。春と生人が離れたあと、どちらも一人で隔てるものがない海へ行く。記憶を浄化し、治癒してくれるはずの海。電車によって邂逅し、離別した二人は思い描いた関係性にはならなかったかもしれないが、それでもどこか決心がついたような最後の二人の表情を見ると、これで良かったのだと思える。ようやく二人は親子という執念から解放された境地にたどり着くことができたのだから。
三度目の、正直 Third Time Lucky
2021年/ 112分/ 日本/ カラー/ ビスタ / 5.1ch
監督・編集:野原位
脚本:野原位、川村りら
撮影:北川喜雄、飯岡幸子
録音:松野泉
出演:川村りら、小林勝行、出村弘美、川村知、田辺泰信、謝花喜天、福永祥子、影吉紗都、三浦博之
1月22日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー!