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May 10, 2022

『明日は日本晴れ』清水宏
秦宗平

[ cinema ]

 1948年の公開以来、74年ぶりの上映とされる『明日は日本晴れ』は、『蜂の巣の子供たち』に続く、清水宏の戦後第二作である。国立映画アーカイブ研究員の大澤浄さんが、集まった人たちにおそるおそる聞く。
「皆さんのなかに、当時この映画を見たという方はいらっしゃいますか」
 一瞬、会場が緊張する。手を挙げる人はいなかった。気持ちがほぐれて端々に笑顔がもれ、そして一気に、上映にむけて気持ちが引き締まる。

 開巻からすぐに、さまざまな境遇の人たちが乗り合わせたバスがエンコする。乗客が一緒になってバスを押し始め、後ろから歩いていた他の客も順番に加わっていく。峠をゆっくりのぼるロングショットがはさまり、やがて完全にバスは立ち往生する。
 運転手が車体にもぐって、「こうやって修理するフリしてれば、お客さんは安心するんだ」と車掌にもらす何でもない会話を、わざわざバスの下からのカメラですくい取る。また、ロケーションや移動撮影は清水作品におなじみであっても、運搬車の高々と積み上げられた材木の最上にカメラを据え、おおらかな自然を背景にトラックバックで置き去りにしたバスと人々を写し出すとき、その高さに「私たちは外で映画を撮るんだ」という文字通りの崇高さをかいまみ、純粋な興奮をおぼえた。

 すばらしいイメージの連続によろこびを走らせながらも、片足の傷痍軍人がたまたま居合わせた中国戦線の部隊長に殴りかかるすさまじい場面に象徴されるように、さまざまな傷や記憶をかかえた大人たちを通して、直接的に戦争に言及した側面にふれないわけにはいかない。
 登場人物がかさねて口にするのは、「忘れたい」「忘れましょう」という言葉だ。逆説的に「戦争があった」ことをあらわにするのは自明であるにしても、舞台をバスが立ち往生した峠道とし、ユーモアや笑いをまじえ、秋の山峡をゆたかにとらえることで、〈半〉直接的な戦争映画の表情をもつことは注目に値すると思う。その意味で、盲目の按摩を演じた日守新一の憂い顔が、『秋刀魚の味』の有名な軍艦マーチの場面で加東大介の話を聞く、笠智衆の微笑みと重なってしまった。笠は海軍の元部下から「艦長、艦長」と呼ばれても、「負けてよかったじゃないか」とおだやかに笑っていた。
 戦前の『有りがたうさん』で、運転手の上原謙に死んだ父親の墓参りをたのむ、チョゴリのような民族衣装を着た朝鮮人らしい女性をさりげなく登場させたことを思い出すと、『明日は日本晴れ』を見たことで、ふたたび清水宏の映画をたどり直してみたい気持ちがあふれてきた。

 ところでいつだったか、キング・ヴィダーの『結婚の夜』『シナラ』をDVDで見た後、たまたま読み始めた『映画千夜一夜』に、淀川さんがその二作を好きな恋愛映画としてあげて仔細を語り描き、山田さんと蓮實さんが「観たいなあ」「観たいですねえ」とため息をもらしながら、「今後絶対に観られそうにない」とうらやむ件があった(註1)。この本は今なお、「映画のたのしみはどこにあるか」を考えるうえで貴重な書物であると信じるが、加えておもしろいのは、見たことのない映画への気持ちの高ぶりを三人(主に二人)と一緒に読者が経験することだと思う。
 大澤さんは『明日は日本晴れ』の解説に際して、清水の戦後第三作である『娘十八噓つき時代』という作品を話題にした。そのあらすじを簡単に紹介したのち、「フィルムの存在は確認できていないが、シナリオは残っていてとても面白そう」「皆さんと一緒にいつか見られる日を待ちたい」という趣旨で希望を語った。74年の歳月をへて発掘され、今まさにお披露目されようとしている映画の上映を前にして、さらに未来への欲望を観客に共有したのだ。
 私はすっかり乗せられてしまい、『娘十八噓つき時代』のシナリオを探した。それは「オリヂナル・ストオリイ」として、「狐とおかめと狸」のタイトルで残されていた(註2) 。清水がしるした製作意図にこうある。

〈明るい大人のお伽噺を作ってみます。/今日の日本に缺けてゐるおほらかさと諷刺を具顯して、今日の話題、闇物資のこと、生活不安のこと、ETC・ETCを吹きとばし心樂しい社會を形成する藥味となれば幸です。〉

 このシナリオがめっぽうおもしろい。『蜂の巣の子供たち』の公開後、「狐とおかめと狸」は松竹で製作されていたが一時中止となり、急いで完成されたのが今回の『明日は日本晴れ』だという話だ。本当は「明るいお伽噺」をすぐにでも撮りたかったのかもしれない、と勝手に考えてみる。
「絶対に観られそうにない」未知なる作品が何かの拍子で世にポンとあらわれることがたまにある今日このごろ。次は、まだ見ぬ『娘十八噓つき時代』と相まみえることに期待をふくらませている。

(註1)淀川長治、蓮實重彥、山田宏一『映画千夜一夜』pp38-47、1988.
(註2)清水宏「狐とおかめと狐」『映画藝術』 第3巻8号、pp33-40、1948.


国立映画アーカイブ「発掘された映画たち2022」
『明日は日本晴れ』は5/21(土)にも上映があります。