『花芯の誘い』小沼勝 『色暦女浮世絵師』曽根中生 <前編>
千浦僚
[ cinema ]
池袋のピンク映画館、シネロマン池袋で小沼勝と曽根中生のデビュー作、『花芯の誘い』と『色暦女浮世絵師』を観たのでそのことを記す。
シネロマン池袋ではいまだに毎週替わり三本立てで番組が組まれている。その番組はだいたいエクセス(新日本映像)+ロマンポルノ、新東宝、オーピー(大蔵映画)という映画会社区分のローテーションが一週間ずつ巡っていく流れ。エクセス+ロマンポルノ週ではエクセス作品2本を一週間やり、三本立ての残り一本はロマンポルノ2作品を3日と4日で替えて上映する。2022年の6月は17日から19日まで小沼勝監督作『花芯の誘い』、20日から23日まで曽根中生『色暦女浮世絵師』を上映(併映の『義母昇天 家庭内SEXとは?』監督珠瑠美、『秘書のお姉さん 喰わえこんだら、離さない』監督浜野佐知は17日から23日まで続けて上映)。
『花芯の誘い』と『色暦女浮世絵師』は、1971年に映画会社日活がポルノ映画制作に乗り出して立ち上げた「日活ロマンポルノ」の初期作品、当時二本立てで公開されていった番組の第三弾。シネロマン池袋の今回の番組編成は、その感覚を再現してくれるものであった。
その昭和的映画館番組感に沿って、タイムスリップを続けるならば、五十年ほど前、1971年、ロマンポルノ元年の暦は以下のようになる。
11月20日公開
『団地妻 昼下がりの情事』監督・西村昭五郎
脚本・西田一夫(西村昭五郎)、主演・白川和子
『色暦大奥秘話』監督・林功
脚本・新関次郎(大工原正泰、松本孝二)
主演・小川節子
12月1日公開
『恋狂い』監督・加藤彰
脚本・小早川純(加藤彰)、主演・白川和子
『女高生レポート 夕子の白い胸』監督・近藤幸彦
脚本・中野顕彰、主演・片桐夕子
12月18日公開
『色暦女浮世絵師』監督・曽根中生
脚本・新関次郎、主演・小川節子
『花芯の誘い』監督・小沼勝
脚本・萩冬彦(小沢啓一)、主演・牧恵子
12月28日公開
『セックス・ライダー 濡れたハイウェイ』
監督・蔵原惟二
脚本・浅井達也、主演・田中真理
『女高生レポート 花ひらく夕子』監督・近藤幸彦
脚本・新関次郎、主演・片桐夕子
これこそがロマンポルノのモーストファーストジェネレーションだが、こう並べて見るとロマンポルノでデビューしたのは近藤幸彦、曽根中生、小沼勝だったと気づく。
西村昭五郎は既に監督作が何本かあり、林功は70年と71年に永井豪の「ハレンチ学園」の映画化シリーズ二本を、加藤彰は71年1月公開の『女子学園 おとなの遊び』、蔵原惟二は同年8月公開の『不良少女 魔子』を監督している。日活が経営不振打開策としてポルノ製作に踏み切り、そこで監督することになった彼ら、特に監督昇進、初監督となった近藤、曽根、小沼のチャレンジングやドキドキを想像するとめまいがする。
......ところで、私はロマンポルノの監督のなかでも小沼勝監督を偏愛している。
小沼監督は2001年のロマンポルノ三十周年の際にフィーチャーされて特集上映がおこなわれ、かつてその助監督を務めて弟子を自任する?中田秀夫監督による小沼勝ドキュメント『サディスティック&マゾヒスティック』(01年)が小沼監督とロマンポルノのイントロダクションとして公開されるなど、映画作家として再評価再発見されたのだが、またそれは当時自分が暮らしていた大阪、働いていた映画館シネ・ヌーヴォに、東京で日活と映画配給会社ビターズ・エンド(上映館はユーロスペース)がやっていた小沼特集をもってくるという、映画館スタッフとしての仕事であった。
小沼勝作品はそれ以前に『花と蛇』(74年)、『生贄夫人』(74年)、『夢野久作の少女地獄』(77年)ぐらいは観て、スゲーな!ヤベーな!面白いな!と思っていたが、『サディスティック&マゾヒスティック』がガイド的に出たことと、この機にニュープリントされた美麗なフィルムでまとめて観られたことでもうすっかりその作品世界にやられてしまった。上映企画としてパッケージングされた特集をもらったのではなく、東京が始まる時点で上京して諸所に交渉したりして大阪版を再編したので、二十代半ばの若僧映画興行関係者としては、まあまあ仕事した感があった(チラシデザインや刊行物がそのまま使えて、どのフィルムが上映できるのかも把握できたことから組む、ズルい二番煎じでもあったが)。シネ・ヌーヴォのほかにも映写の深夜番で働いていた東梅田日活から小沼作品のポスターを大量に借りてきて展示もした。これはピンク映画カルチャーのフリーペーパー「ぴんくりんく」を発行し、井川耕一郎監督『色道四十八手 たからぶね』(2014年)の製作や『短編集 さりゆくもの』(2020年)の配給を務めた太田耕耘キこと太田耕一さんの仲介によって実現した。太田さんも当時東梅田日活で働いており、その頃は仕事上での先輩、現在でもピンク映画関連カルチャーのパイセンである。また編集者・デザイナーの井出幸亮さんがつくってらしたフリーペーパー(この頃はzine と言ってなかった)で小沼勝ロマンポルノを特集してくれ、たいへんありがたかった。私もそれに作品紹介など書かせてもらった。そういう公私混同混在の全部使いで小沼特集に臨んでいた。
中田秀夫監督と小沼監督にはそれぞれ来阪してもらって取材や舞台挨拶を組んだ。中田監督が、「自分はホラー映画『リング』の監督として知られてるし、今回でロマンポルノの助監督出身、ロマンポルノデビューに憧れていたと明かしてるけど、本来はメロドラマ好き、女性の物語が好きで、そういうところで小沼さんと通じてる」みたいなことを言い、その証明のように、若き日に幾度も観て覚えてしまったというマックス・オフュルス監督『忘れじの面影』(48年)の、ルイ・ジュールダンがジョーン・フォンテーンから受け取る手紙の文面を暗唱する(もちろん英語で)のを聞いてすごい!と思ったり(なぜオフュルスが話題にのぼったかというと、もちろん小沼作品にオフュルス『輪舞』50年、に想をとったロマンポルノ『輪舞』87年、があるから)、中田監督がほとんど一番評価する『「黒い鬼火」より 貴婦人縛り壺』(77年 脚本いどあきお)が東京版の特集に入っていない、と言うので、シネ・ヌーヴォ版ではこれを加えてみたりした。
小沼監督は、なんだろう......、不思議な、よくわからない人で、まあ一日、二日傍らで過ごすだけではそれは当たり前ですが、撮影現場でむちゃくちゃ怒るひとだという証言集の『サディスティック&マゾヒスティック』を観たうえでご本人に対すると、ちょっとビビりました......でも、すぐわかったのは全然威張らないひとで、でも慎重、礼儀正しい、無駄にニコニコはしないゆえに一見とっつきにくい、ということ。そしてその奥にピュアで熱いもの、優しいものがあるひとだと感じた。来阪時、新幹線で新大阪に着かれたのを迎えに行き、地下鉄乗り継いでシネ・ヌーヴォまでお連れして、その道中どんな話をしたのか覚えてないが、ヌーヴォに着いたら上映中の場内の様子を見たいと言うので一緒に暗闇の、客席の後ろのスペースに入ったら、スクリーンではちょうど『OL官能日記 あァ!私の中で』(77年)のラスト、カルメン・マキ&OZの「私は風」が流れる場面。数分、身じろぎもしないで立ったまま、映画終わって場内明転するまでずっと観てました。小沼さんは他人事のように、やっぱあそこは面白いよねー、観ちゃったねー、と言って。観てる最中、私は、うわー、小沼勝監督本人と並んで『OL官能日記』の「私は風」の場面観てる!なんやろ、これー、一生忘れへん!と思いましたが、たしかに二十年経っても覚えてる......。
......という思い入れありながら、自分のペースと巡り合わせで小沼作品を観ているせいで小沼ロマンポルノ47本中、いまだに未見のものが数本ある。先日ようやく観た『花芯の誘い』も観ていなかった一本。
上記の、ロマンポルノ最初期の座組みを見ると、この『花芯の誘い』が若干弱い、陥没地帯ではないか、と感じる。なにせ、これが初主演の牧恵子さんがちょっとのんびりした風貌で、さらには『色暦女浮世絵師』に脇役で出てしかも殺されてしまうため、A面B面みたいな感じでいうとどうしても『色暦~』A面、『花芯~』がB面みたいな感じもして(タランティーノとロバート・ロドリゲスの企画「グラインドハウス」(07年)で、ロドリゲス『プラネット・テラー』の主演ローズ・マッゴーワンが、タランティーノ『デス・プルーフ』のほうで一犠牲者として死ぬ、みたいな)。時代劇『色暦~』と現代劇『花芯~』では映画としての美術のレベルと虚構度が違いすぎるとも思い......小沼びいきであるから、スタート地点からのハンデがなかったかなど、いろいろ思ってしまった。
しかし『花芯~』は小沼映画の特徴ともいえる鮮やかな色彩感覚にあふれ、そこはやはり現代劇の美術や衣装でないと実現できなかったわけで、その点はよかったような気がする。
ストーリーは、近く結婚を控え、幸福そうな週刊誌記者女性が突如失踪し、発見されたときには記憶を失っていた、行方不明の間には暴行されていた、彼女の婚約者(浜口竜哉)と彼女の兄(三田村元)は彼女を回復させるために同様のショックを与えなければと考え、お膳立てをして他人に彼女を犯させる、というもの。むちゃくちゃひどい話だ......。
シナリオがつくっていったエロシーンを数える。まず①オープニングに牧恵子と浜口のいちゃつきがある、次いでナレーションで行方不明が語られたのちにヒロインはボロボロの姿で街角に現れ、②そこをまた不良たちに襲われる。次いでショック療法として浜口・三田村は③タクシー運転手(高橋明)にヒロインを襲わせ(なぜタクシー運転手かというと彼女がタクシーに乗って消息を絶ったために、まず類似の状況をと考えた)、浜口は自らのやっていることに荒れて④酒場で会った女とやり、三田村は伝手と現金払いでやくざを動員して開いた⑤乱交の宴に妹を投げ込み、⑥それを覗き見るうちに興奮した隣室の女とシて、それでも牧の記憶は戻らない。⑦浜口は牧に語りかけ、愛撫する(ここで冒頭のからみが反復される)が、牧の反応が以前のように内面を伴わず、身体のみ色情狂的に反応するのに驚いて手を止める。浜口・三田村の調査のなかでベトナム戦争の脱走米兵支援組織の取材に行ったまま彼女が行方不明になったという経緯がわかって、それでは、と⑧黒人米兵に彼女を襲わせる。そこで彼女は記憶を取り戻し、組織を騙って彼女を呼び出したのはブルーフィルム製作者で、⑨彼女は襲われてそれを撮影された、という真相が語られる。脚本は萩冬彦、これは日活ニューアクションの監督小沢啓一の変名。巷説、ロマンポルノのルーティーンは、10分に一回のからみ、だとか、主演女優が二回か三回、とかいろいろ言われるが、この頃は初期すぎてそれが確立されていなかったとも思われるし、66分の映画にこの数だからかなり盛りこんでいる、ポルノ場面多すぎ、とも思える。全体的に、ヒロインの強姦とそれを自ら仕掛けながら傷つき荒む男(......勝手すぎる......)ふたりのファックなので、陰惨、鬱、極まりない。だが、⑦の、①の反復になりながら、違う!というところなどは観ていて唸った。浜口が牧の股間に手を触れ、熱い反応あるのに気を良くするが、そこからの乱れ方に、かつてはなかったものと、そこで個としての自分が求められているわけではない、と感じて落胆するのが、演技と画面でわかる。この、ポルノでしか描けないニュアンス、それを生んだ演出はすごい。ジャンルと表現の必然と、それらの有機的なシンクロがある。こういうところにプロデューサー伊地智啓が現場で目撃して感嘆したという、監督自らラブシーンを語りつつ演じつつ細かく振り付けていく小沼演出があったのではないか。
( 『花芯の誘い』小沼勝 『色暦女浮世絵師』曽根中生 <中編>へ続く)
『花芯の誘い』はシネロマン池袋にて2022年6月17日(金)~6月19日(日)に上映
『色暦女浮世絵師』はシネロマン池袋にて2022年6月20日(月)~6月23日(木)に上映