『花芯の誘い』小沼勝 『色暦女浮世絵師』曽根中生 <後編>
千浦僚
[ cinema ]
『色暦女浮世絵師』は、絵師の雪英(福島むつお)の妻おせき(小川節子)が、富裕な商人伊勢屋の息子清太郎(前野霜一郎)に辱められ、おせき夫婦はそれを忘れて生きようとするもののその傷は折に触れ夫婦の間に浮上してふたりは苦しむ、浮世絵の版元にもっと露骨で淫猥な絵を、と求められながらそれを果たせず体調を崩してゆく雪英を助けて、おせきが男女交合の体位や構図のアイディアを出し、下絵を描き、色をつけるうちに彼女の画才が開花する、雪英の評価は高まるが夫婦は苦しみ、やがて雪英死亡、雪英名義でおせきが描き、刷られて広まった浮世絵はおせきを犯す清太郎の姿と、またある時おせきが目撃した清太郎の他の犯行の姿で、それによって追い詰められた清太郎は雪英の絵をすべて買い取るとおせきに申し出る、おせきは準備しておくと告げて清太郎に再訪を約させ、復讐の準備を整えて待ち受ける......、という話。もう単純に設定が、筋が面白い。また、エロス産業に従事する者が別に淫乱でも好色でもなく、むしろそれに悩み、真摯な創作・表現の懊悩を抱えている、という物語をポルノ映画としてやることでメタ的なものが表れてくる妙味もある。
女流浮世絵師は歴史上多く実在し、本作の登場人物たちはそのセリフから喜多川歌麿(1753~1806)の同時代人ということになっているが、本作のヒロインのモデルは葛飾北斎(1760~1849)の娘、葛飾応為(aka栄、お栄)(1801?~1866?)ではないだろうか。応為が北斎の代筆や彩色のみを担当した、春画も描いた、という点がインスパイア源ではないかと。脚本の新関次郎とは、大工原正泰と松本孝二の共同ペンネームである。北斎とその一家を描いた新藤兼人監督の映画『北斎漫画』は81年、その原作となる矢代静一による戯曲は73年に発表されている。応為・お栄を描いた杉浦日向子の漫画「百日紅」1983年に連載開始。大工原、松本、ロマンポルノ企画部の着眼の早さ鋭さが感じられる。着物、結髪がむちゃくちゃキマッていて美しい小川節子は、ロマンポルノファーストジェネレーションのなかでも、21本のロマポル出演作のうち16本が時代劇という、他に例のない特異な女優さんだが、清楚な和風正統派美人。近年女優活動を再開されてらっしゃる。
清太郎がいつも着ている青地に将棋の駒が沢山描かれた着物が特徴的で、それを着た男が手篭めをする絵が出回ったことで清太郎は許嫁の親に問い詰められるが、この、ビジュアルによって犯罪が記録・再現され、犯人がそのことに焦るというアイディアは、ピンク映画(ロマンポルノにあらず)『連続暴姦』(83年 監督滝田洋二郎、脚本 高木功)にも見ることができる。それは、場末のピンク映画館で映写技師をしている男(大杉漣)がある映画を観て驚愕する、その強姦殺人場面はかつて自分が為して現在まで発覚せずにきたものと同じであり、しかも犯人役の男の特徴として描かれる太腿の刺青はまさしく自分のそれと同じであったから......、そしてこの一連の出来事は男のかつての犯罪を目撃した女性がピンク映画の脚本家となっていて、犯人捜しのためにその場面を書いた、という筋で、ここには一種倒叙ミステリ的な、隠すことに成功したと思った犯行が複製芸術として流布されていてそのなかであぶら汗をかく犯人、という面白さがある。映画(1890年代に成立)、写真(銀板写真akaダゲレオタイプの発明1839年)以前に、その直前の時代に浮世絵でこのネタをやったことが興味深い。
音楽がほぼ全篇バッハで、またこれが決まっている。長屋で、絵師のおかみさんで、バッハ。障子、襖、畳に着物でバッハ。しかしこれは先述のロマンポルノ定番音楽づかい、月見里太一=鏑木創だったりするとだいたいこういう時代物では『怪談昇り竜』のテーマ曲を使いまわしたりすることになるので、これは非常によかったと思う。講談社学術文庫で読むことのできる「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」aka「バッハの思い出」は偽書的フィクションであるが、妻目線の夫崇拝がむちゃくちゃすごいので、そういう意味でも本作にバッハ音楽というのは合っているのではないか、さらに妻が崇敬し、ひたすら立てる夫よりも妻のほうが才能に優れ、まさしく主役であり、夫の死後に一切を回収して去ってゆくことで『色暦女浮世絵師』が、ジャン・マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ共同監督『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』(aka『アンナ・マグダレーナ・バッハの年代記』67年)よりあるポイントにおいては明瞭にラディカルに見えないだろうか。この二本はいつかどこかで二本立てでやってほしい。
トリビアルなメモとして、清太郎の許嫁の富裕な商人の娘役でどう見ても山科ゆりと思しき女優が出ているが、クレジットでは嵯峨正子名義。この嵯峨正子は本名だそうでこの後山科にしたらしい。京都つながりで素敵な芸名だと思う。
『花芯の誘い』『色暦女浮世絵師』どちらも大波乱を経て変化を遂げ、去ってゆく女性の姿で幕を閉じる。ポルノとはどうしても男がつくる、男の欲望に従った、女に対する妄想であるが、日活ロマンポルノという比較的豊かな体制と創意あふれる作り手を得て、その、女、女体、エロス表現への意識集中は、留保つきではあるが新種の「女性映画」を実現した。小沼、曽根による『花芯の誘い』『色暦女浮世絵師』は確かにその始まりを告げるものであった。
『花芯の誘い』はシネロマン池袋にて2022年6月17日(金)~6月19日(日)に上映
『色暦女浮世絵師』はシネロマン池袋にて2022年6月20日(月)~6月23日(木)に上映