『夜の最前線 東京㊙︎地帯』井田探
千浦僚
[ cinema ]
恋人に振られたの よくある話じゃないか
世の中かわっているんだよ 人の心もかわるのさ......
日吉ミミ「男と女のお話」(1970年 作詞 久仁京介 作曲 水島正和)
郷鍈治の肉体美がスクリーンを圧する!セックス、セックス、金、セックス!だがそこに叙情。夜の最前線、すなわちこれが当時の日活映画の最前線!
......ぶっちゃけ、ニューシネマ代表作『真夜中のカーボーイ』(69年 監督ジョン・シュレシンジャー)のパクリだと思う!ジョン・ヴォイトが演じたジョーにあたるのが郷鍈治、ダスティン・ホフマンのラッツォが岡崎二朗。主題歌「うわさの男」Everybody's Talkin' (ニルソン)にあたるのが日吉ミミ「男と女のお話」。......しかし、郷鍈治はなぜこんなにムキムキなのか!ややボリュームのあるブルース・リーという仕上がりぐあいでこの時代から約50年、日本人の体格が向上し、トレーニング理論も進化しているはずだが、いまの俳優でもここまでのひとはなかなか居ない。本作はそれがふんだんに見られます......。
日活映画というのはすばらしきイタダキの世界で、過去にも『望郷』(37年 監督ジュリアン・デュヴィヴィエ)→『赤い波止場』(58年 監督舛田利雄)、『第三の男』(49年 監督キャロル・リード)→『赤いハンカチ』(64年 監督舛田利雄)、『カサブランカ』(42年 監督マイケル・カーティス)→『夜霧よ今夜も有難う』(67年 監督江崎実生)、『勝手にしやがれ』(59年 監督ジャン=リュック・ゴダール)→『紅の流れ星』(67年 監督舛田利雄)など、いろいろあるのだが、ここにきて(1971年)誰が喜ぶのかという『真夜中のカーボーイ』翻案。......だが私は面白かった!
『夜の最前線 東京㊙︎地帯』は71年2月6日に公開。これは『夜の最前線』シリーズ最終作となった第三作目で、これに先がけて一作目『夜の最前線 女狩り』(69年2月8日公開)、二作目『夜の最前線 東京女地図』(69年5月28日公開)があった。全作品監督は井田探(いだ もとむ)。全作品に岡崎二朗が準主演級の役で活躍。一本目、二本目の主演・準主演に和田浩治と藤竜也(藤竜也は梶芽衣子とともに『~東京㊙︎地帯』のラストにカメオ出演)。
『~東京㊙︎地帯』あらすじ。
信州ではモテモテかつケンカでも無敵、ブイブイいわしてた加賀三郎(郷鍈治)は、夜汽車のなかで女たちからのラブレターを破りすてながら意気揚々と上京する。座席でハイキング帰り?の美女、安西洋子(桑原幸子 くわはらゆきこ)と出会う。
三郎は入門したボクシングジムではまったく通用せず(郷鍈治を圧倒するボクサー役に日活ロマンポルノの名優、高橋明!このあともやくざ役でずっと出てくる)、チンピラの吟一(岡崎二朗)に騙されて金を取られ、身体を売られ、そのなかで出会ったマヌカン派遣クラブを経営する町田歌子(若水ヤエ子)の愛人兼運転手兼マネージャーとして働くことになる。
そんなある日、三郎は、汽車で知り会った洋子と偶然再会。職を探す彼女を歌子に紹介するが、歌子よりも数段悪辣なマネージメント、管理売春、高利貸し、ゆすりたかりをやっている悪党牧野(深江章喜)が洋子の身柄をさらっていってしまう。三郎と吟一は牧野の組織に対抗していくが......。
......と、こう書くと大筋は『真夜中のカーボーイ』とだいぶ離れているが、郷鍈治のキャラクター"田舎のプレイボーイ都会へ行く"と、岡崎二朗の詐術によって郷が男娼化するくだり、終盤の岡崎の怯えと苦痛を湛えた佇まいは明らかに通じている。東映任侠映画やくざ映画に影響を受けつつ対抗した日活ニューアクションでは、渡哲也や小林旭のラストの殴りこみのエモーション起爆剤として、終盤に組の若いもん、子分、弟分の死が起きるのが黄金パターンだが、そこで死んでゆくのは和田浩治、藤竜也、郷鍈治、そして岡崎二朗であり、 『~東京㊙︎地帯』でも岡崎はそういう一種の公式となったムーヴを踏んでいるのだが、その切なさ表現が結構ダスティン・ホフマン的にも見えてしまうところに日活ニューアクションのポテンシャルを再発見する思い。ニューアクションというジャンルへの引き寄せゆえに、本作は『~カーボーイ』のうらぶれたバディ(相棒)テイストを咀嚼しきって取り入れたドラマ「傷だらけの天使」(74年)には及ばないが、時期だけはこちらが早かった。
『真夜中のカーボーイ』は観るとこちらに刺さってくる都会的な希望と絶望のストーリーとともに、映画史的には当時X指定を受けながら、第42回アカデミー最優秀作品賞、監督賞、脚色賞の3部門を獲得した映画だという意義もある。アメリカの映画界で1930年代から映画製作者配給者協会によって施行されていたプロダクション・コード(映画製作倫理規定)は60年代には緩和されていきながら時代にそぐわない表現規制だとして崩壊し、68年からはレイティング制が実施される。そのなかで、一般観客向けでない、16歳以下の鑑賞が認可されない映画とされたのが『真夜中のカーボーイ』であり、そう指定されながらもこれは、その表現と芸術性が高く評価された、時代の変化を象徴する映画でもあった。
たまたまそれをパクッてしまっている『夜の最前線 東京㊙︎地帯』はどうか。
筆者は2022年7月現在、東京のミニシアター・名画座シネマヴェーラ渋谷で開催されている俳優郷鍈治の特集上映の企画名「Age of Go ! Eiji !」を単に駄洒落でなく、日本映画の一角をなす日活という映画会社と、そこに関わる映画人の経歴の大変化の時期(1971年)を含む、Age of Go=郷鍈治時代として真剣に捉えてみたいと考えているが、そうすると『夜の最前線 東京㊙︎地帯』は『真夜中のカーボーイ』と同様に時代の節目にある映画だと見える。
『~東京㊙︎地帯』は、『八月の濡れた砂』(71年8月公開)で一般映画製作を一旦終わらせる、映画会社日活の最終期の映画の一本であり、同年11月から開始される同社のポルノ映画路線、「日活ロマンポルノ」に極めて近い、それを予告するような映画だ。相川圭子、森みどりらのピンク映画女優、日活ロマンポルノ女優がラブシーン、ヌードシーンを演じている。大泉滉、由利徹がコメディリリーフとして出ているが艶笑喜劇風味の作品であるせいか出番長め&多め。ふたりともオカマの役でありその表現、設定はいまならゲイ差別的でもあるが、両者ともノリノリで活き活きしている。由利徹の役は金満家の社長で意外と窮地の郷・岡崎を助けたりする。なおシネマヴェーラ渋谷の俳優郷鍈治特集「Age of Go ! Eiji !」のチラシで使われている本作のスチール写真は微妙に本編とちがう。由利徹が自分の着物をはだけて郷鍈治に乳首を摘ませ、あっはン、と白目をむいているのだが、本編では由利が嫌がる郷の乳首を一方的に責めていたのみで、これはおそらく本編撮影中に一瞬時間をとってのスチール撮影の際に由利が演出してつくった画だろう。
結局本作の見どころは、なによりもレアな郷鍈治主演作だということに尽きる!上映機会もレア。郷鍈治主演であるからにはもっとソリッドに、ハードに、アクションであってもよかった気がするが、かなりエロス&コメディ。若干軟派な日活ニューアクションといったところか。しかしアクションもバイオレンスも大盛り。見逃せない一本だ。
「名脇役列伝VI 中原昌也プレゼンツ Age of Go! Eiji!! 郷鍈治の祭り」はシネマヴェーラ渋谷にて2022/07/09〜07/22