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December 2, 2022

FIFAワールドカップ2022 日本対スペイン 2−1
梅本健司

[ sports ]

 スペイン対ドイツの試合後、肩をくみ、笑い合うでもなくピッチを同じように鋭く見据え、語り合うルイス・エンリケとハンジ・フリックの姿は、『フォードvsフェラーリ』でレース後にただ2人見つめ合うクリスチャン・ベイルとレモ・ジローネ演じるエンツォ・フェラーリを思い出すような美しさがあった。勝負において、しかし勝ち負けではない価値を知っている者たちだけが味わえる幸福な瞬間である。お互いが、お互いの用意してきたもの、流動的な状況のなかで為された修正を讃え合う。今大会でこれ以上感動的な場面をまだ見ていない。

 何度も繰り返しているが、完成されたスペインのサッカーは、U字型で何度も左右に振り直す。これは日本のような5バックのチームを崩すためにも有効だ。サイドを何度も変えることで、相手の陣形が徐々に間延びし、スペースができる。これは、単に魅力的な攻撃をするためというわけではなく、仮にボールが途中で相手に渡ってしまった時にも、またすぐに奪い返し高い位置から攻撃を始められるよう、チーム全体を押し上げておくという、リスク管理の側面もある。ドイツ戦の日本の2点目のようなことに関しては、自分たちの背後を意識して引き下がるというよりも、そもそもロングボールの出所を潰してしまおうという考え方が妥当である。こうしたサッカーを完成度高く実行するのは簡単ではない。じっさい、スペイン国内のクラブチームでそれが出来ているのは、今シーズンに関して、バルセロナ、レアル・マドリードも含めてひとつもない。ルイス・エンリケがバルセロナの監督だった時期は、所謂MSN(メッシ、スアレス、ネイマール)時代で、強力な3トップを前線に残しつつ、あとの8人で守るという単純なサッカーを展開していたのだが、そのようなスターのいない今のスペイン代表ではより緻密な組織で戦おうとしている。練習時間が多く取れるわけではない代表チームにおいてこれができるというのは驚くべきことだ。
 日本の目線でこのスペインにどのように戦うべきか。相手が左右に振り直しながら攻めてこようとしているのなら、左右に振り直させないような守備をすればいい。つまり、ボールに近いサイド、同サイドにプレスで圧縮するということである。これは特異でも何でもなく、もっとも一般的で、世界のトップリーグを見渡しても、やっていないチームの方が少ない戦術である。スペインやドイツも守備時は同サイド圧縮で相手を追い込んでいる。スペースを守るのではなく、人を抑えるというのが今や主流で、それを早くからやっていたのが元日本代表監督イビチャ・オシムだった(「スペースが点を取るわけではない」)。解説で本田がハマる、ハマらないという言葉を使っていたが、ハマった状態がまさにプレスが効果的に働いている時である──もっとも本田は、日本のプレスがハマっていないのに、ハマったと連呼していた。相手がロングボールや浮き球を使って一気にサイドを変えると、ほとんどフリーの状態でボールを受けられてしまうから、リスクがないわけではないが、ロングボールや浮き球を使うことは、とくに低い位置においては、相手にとってもリスクが高いことだ。ただ同サイド圧縮のプレスも簡単ではない。どのタイミングでプレスに出ていくのか、誰が誰につくのか──というよりも、相手のポジションは入れ替わっていくものだから、どの位置の選手に誰がつくのか、プレスの型を仕込まなければできない。日本はそれに4年間取り組んでおらず、選手たちの話を聞く限り、森保監督からの具体的な指示はないのだという。たとえ後ろに重い5バックを採用したとしても、同サイド圧縮は最低限やるべきセオリーであり、そうしなければスペインにボールを自由に回され、日本選手の体力は減るだけだ。
 日本がじっさいに選んだ戦い方は、5-4-1のベタ引きだった。日本は選手のレベルだけを見れば、決してスペインやドイツに劣っているわけではないので、このような志の低いサッカーを選ぶことが良いとは思わない。前半は最低限に抑えて、後半から三苫薫を使い前に出る。ドイツ戦でうまくいったことをより明確に活かそうとしてきた。前半の複数失点してもおかしくない守備ブロックからすれば、これはかなり綱渡りのシナリオだったが結果的に成功してしまった。1点目を見ると、FWの前田がキーパーのウナイ・シモンまでプレスをかけ、右CBのロドリにパスが出た時点で、鎌田がプレスに行き、連動して左ウイングバックの三苫が右SBのカルヴァハルを捕まえにいく。ボランチの田中はブスケツを見つつ、ガヴィを気にしている。堂安はぺドリを警戒しつつ、左CBのパウ・トーレスも見られる中間ポジションに立っている。ボランチの守田はぺドリ見ている。前田のプレスのかけ方が曖昧ではあるが、不思議なことに、擬似的な同サイド圧縮がかかっている。再びキーパーのウナイ・シモンにボールが戻された時点では、スペインにとって空いているのは左SBのバルデだけであり、空中を使うことでしかシモンからバルデの線は結べなくなっている。浮き球のパスを使うことはリスクがある。バルデにボールが渡った時点で右ウイングバックの伊東も出てきており、日本の選手は画面内に7人いることになる。つまりフィールドプレーヤーは画面外にはイエローカードを貰っていた3人しかいないことになるのだから、もしうまく躱されていたらピンチになっていた。日本にとっても賭けであったのだ。準備されてきたものでないことはこの4年間を振り返れば知れたことなのだが、その場にいた選手の瞬間的な状況判断が素晴らしいかったのは間違いない。それからあっという間だった2点目に関しては、スペインの右サイド、ニコとガヴィが戻りきれておらず、そこが仇になった。
 スペインがこの後難しくなったのは、他会場の結果によるものもあるが、そもそも攻め急ぐことを良しとしないサッカーでもあるからだ。無用な縦パスは使わずに、外を回しながら時間をかけ、リスクと交渉しながら押し上げる。思わぬリードを許されると崩れやすいサッカーなのだが、それでも基本的にその姿勢を曲げなかった選手たち、曲げさせなかったエンリケは、この試合の出来が全体的に良くなかったとはいえ、賞賛に値したと言っておきたい。

 たとえ2回同じようなことを繰り返し実現できたとしても、日本の戦い方が良かったとは思えない。志が低く、得点の形は、4年間かけて監督が用意してきたものでも、それをもとに軌道修正したものでもない。選手個々人の能力が実現したものでしかなく、負ければまた選手個人に批判が向くだろう。「新しい景色への挑戦」と画面には表示され続けている。それはベスト16でも8に進出することでもなく、エンリケやフリックと同じようにピッチを見つめることでしかあり得ない。それを目指さないのなら、前回大会で西野朗が「なにが足りなかったんでしょうね」と言ったように、負けた時にピッチから目を背けることしかできないだろう。