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February 8, 2023

《第13回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル》『揺れるとき』サミュエル・タイス
池田百花

[ cinema ]

phonto.jpg 肩の下まで伸びた長い金髪に、目を引く美しい顔立ち。冒頭、10歳の少年ジョニーの横顔が、窓から光の差し込む静かな部屋の中で捉えられ、彼が、テーブルをはさんで隣に座る若い男性と会話を交わして固く抱き合うと一転、その男性が声を荒げながら窓の外に家具を放り投げ始める。どうやらジョニーの家族は、しばらく一緒に住んでいた母親の恋人の家から追い出されることになってしまったらしい。こうして映画は、束の間の静けさから喧騒の中に放り込まれ、若い母親と年の離れた兄、小さい妹、そしてジョニーが、一家揃って大きな荷物を抱えて新しい家に向かい歩いていく。
 母親の恋愛話に耳を傾ける女性たちに交じって会話に参加しているジョニーが、大人びて見える、と感心されて微笑む場面があるように、この少年にとっては大人の世界が身近にあることが映画のはじめから示されている。実際に彼は、母親が働きに出る傍ら、家のことにまるで無関心な兄をよそに、妹の世話や送り迎え、時には買い物までを引き受け、大人の役割を半ば押し付けられている。しかしアダムスキーという新任の若い男性教師がやって来たのを境に、ジョニーは新しい世界に踏み入れることになるのだ。フォルバックの町から一度も出たことのないジョニーが、別の土地からやって来た新任教師にすぐさま興味を持つ一方、素質があるにもかかわらずこの生徒が家庭できちんとした教育を受けられていないことを察した教師のほうも、彼を学びや芸術の道へ導く手助けをしようと気にかける。
 ところで、ジョニーとアダムスキーとの関係は、彼らが生徒と教師という間柄を保ちながら学校で過ごす日中の場面と対照をなすようにして、とりわけ夜の時間の中で発展していく。たとえば、妹を連れたままアダムスキーの帰りを待ち伏せして帰宅が遅くなってしまった夜、怒った母親から手を上げられたジョニーが家を飛び出し、少し前までは遠くから眺めているだけだった彼の家のドアを叩いて、文字通りその敷居をまたぐことになる。また、アダムスキーと一緒に住む女性の働く美術館の夜間開館に誘われた場面で、ジョニーは、各々が展示をめぐる間、真っ暗な展示室を歩いて回る彼の後を追わずにいられない。しかしこれらの夜の暗さは、本来家にいるべき時間に外で大人たちと過ごす特別な一瞬一瞬にジョニーが胸を高鳴らせるのを助長していると同時に、結局彼が引き寄せられているのが憧れの人の影や虚像でしかなく、その実像には近づけないこと、そしてその関係が刹那的で脆いものであることをも暗に示していないだろうか。美術館の場面でも、インスタレーションと二重写しになったアダムスキーの姿にジョニーが見入っているように、ジョニーにとってのアダムスキーは、時に実体のあやふやなイメージのような存在と化している。しかし結局ジョニーは、アダムスキーに対する気持ちを抑えきれずにある行動を取り、こうした夢のような時間を自ら終わらせることになってしまう。だからこそそこでは、夢のおわりを告げるかのようにして、白昼の光が痛々しいほどにふたりを照らし出しているように見える。
 一方、ラストシーンでは、ジョニーとアダムスキーとの物語の影にもうひとつの光が繰り返し映像に現れていたことに気づかされる。ラスト、ジョニーの初聖体拝領のお祝いの席で酔って眠り込んでしまった母親が家に送られてくると、ジョニーは、彼女の顔をつかんで自分のほうに向け、将来のために家族のもとを離れて暮らす決意をしたことを伝える。すると、暗い部屋で鏡の前に立った彼がひと筋の光に照らし出され、彼が踊る映像に音楽が重なるのだが、まさにここで部屋に差し込む光によって、母親とジョニーが、仕事で忙しかったり疲れていたりしてなかなか一緒に過ごせない中、束の間、親子ならではの触れ合いをしながら率直に気持ちを伝え合う場面の数々が呼び起こされる。ある時は、ソファに横たわった母の腕の中で、ある時は、仕事で疲れた母の脚を揉んであげながら、ジョニーは学校での出来事や悩み、将来のことなどを母に話す。
 こうしてひとつの光が、子供の成長とともに離れていく運命にある親子の間にかつて確かにあったあのかけがえのない時間を結びつけ、浮かび上がらせてくれる。そしてこの光に思いを巡らせながら、愛する母にささげられたロラン・バルトの遺作『明るい部屋』と自作とを並べた金井美恵子の文章を思い出す。それが「光線の宝庫」として「あわれみというもう一つの調べ」を聞き取らせるものなのか、あるいは「消えてしまう」光として「よるべのなさ」を告げているのか(『小春日和 インディアン・サマー』)。そんな問いを横にして、冒頭の場面と対をなすように、今度は静けさから音の中に自ら飛び込み光をまとって踊り続けるジョニーの輝きをただただ見つめる。


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