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March 23, 2023

ワールド・ベースボール・クラシック2023決勝 アメリカ対日本 2-3
隈元博樹

[ sports ]

 劇的な幕切れだった。試合後の大谷翔平のインタビューによると、9回表2死でトラウトとの勝負を迎えることは当初から自身のシナリオに描かれたものだったという。とはいえ、直球の連投から最後に投じたスライダーが捕手のミットに収まり、バットが空を切るまでの数分間は、たとえどのような結末を迎えようとも、まるで二人のためだけに用意されたような時間だったと言ってもいい。思えば限られた状況の中で、自分たちの時間をゲームの中でいかに引き延ばし、その時間と併走することができるのか。チームという組織づくりにかけるプロセスはおろか、こうした野球における時間の重要性は、ゲームそのものの主導権の行方とともに、本大会の数多の場面を通じて浮き彫りになっていたように思う。
 紛れもなく、日本は大谷を中心に据えたチームだった。指名打者としての出場のみなのか、あるいは投手としての登板も可能なのかといったことは、所属するエンゼルスとの契約の関係で大いに左右された。そのことで継投のバリエーションはチームの中でも制限され、結果的には投手として計3試合に登板したものの、うち先発での登板と球数制限を考えれば、ダルビッシュ有と佐々木朗希を除き、NPBではエース格の山本由伸、今永昇太、戸郷翔征あたりが第二先発という配置を必然的に担わなければならなかった。同時にそのことは、大谷の打順が3番であったこととも決して無関係ではなかっただろう。監督の栗山英樹は当初クリーンアップを任される予定だった鈴木誠也の離脱によって選球眼とバットコントロールに長けた近藤健介を2番打者に固定し、大谷の前に走者を置いて得点の幅を広げるプランを選択することになる。もちろんその後に連なる吉田正尚、岡本和真の勝負強さも目覚ましいものがあった。しかしチームを十全に機能させるためには、大谷というプレイヤーをどのようにゲームの中で位置付けるのかによって、日本は絶えず流動的な選択をしなければならなかったのだ。
 対するアメリカは、大会を通じてトラウト、ゴールドシュミット、アレナドといったMLB屈指の強打者たちを2、3、4番に固定し、下位にかけてシュワーバーやリアルミュートへとつながる打線のプランを基本に据える。ただこのゲームに至っては、本大会で最も本塁打を量産していた好調のターナーを9番から6番に上げたものの、四球から得た3回表のチャンスを除き、アメリカは彼の前に走者を置くことができない。どの状況においても打線のつながりが分断されるため、点が点を呼び線となっていく攻撃が生まれず、複数得点の場面を演出することができなかった。加えて投手陣の与えた四球が計8個ともなれば、守備の時間が増えるばかりか自分たちの攻撃の時間さえも逃してしまう。一方、日本は2回裏に村上宗隆の本塁打が生まれた後、安打と四球で得た満塁のチャンスからヌートバーの一塁ゴロによって1点を奪い取ることになる。ボテボテの凡打ではあったものの、両チームを通じて攻撃の線となった唯一の瞬間が日本には訪れたということだ。
 こうしてアメリカが数限りあるチャンスを活かせなかったのは、先発の今永を筆頭に、戸郷、髙橋宏斗、伊藤大海、大勢、ダルビッシュ、そして大谷といった小刻みな継投を行うことで相手打者に球筋を絞らせなかったことも一理あるだろう。ただそれは国際大会や短期決戦ならではの常套手段であって、もうひとつ重要なのはゲームの中の時間をいかにしてコントロールするのかということに尽きる。例えば最終回の登板に向けて、大谷がベンチとブルペンとのあいだをせわしなく行き来するなか、栗山は8回裏に源田壮亮が打った三塁ゴロに対して、それほど微妙な判定ではないながらもチャレンジを要求する。つまりピッチング練習の時間をなるべく引き延ばすために行われたベンチワークは、ゲームの中に漂う時間、またその流れを分断させることなく9回の守備、もしくはトラウトとの対決へと誘うための最たるものであったはずだ。些細なことなのかもしれないが、こうした細かな采配が、流動的な選択を強いられながらも、限られた状況の中で自分たちの時間、流れを生み出すことの布石となる。時間を以て、時間を制す。そのことを多分に痛感した大会だった。