「真夜中のキッス」唐田えりか×佐向大監督インタビュー「変わらない夜のその先へ」
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佐向大監督作品に、唐田えりかが出演するーー。想像もつかないプロジェクトのようでもあるし、すごくアリな気もする。6月23日(金)より公開の映画小品集|三篇『無情の世界』の一編「真夜中のキッス」を観るや、いささかの不安は杞憂に、期待は確たる信頼に変わった。間抜けな人間たちをむき身のまま飾り気なく映しとる佐向監督と、スクリーンの中で浮遊するように存在する唐田えりか。「真夜中のキッス」という佳品によって生まれたふたりの、とびきりストレンジでハッピーな出逢いについて話を聞いた。
ーーまず、『真夜中のキッス』の製作背景を教えてください。
佐向大 僕の商業デビュー作である『ランニング・オン・エンプティ』(2010)で主演を演じた小林且弥さんから、今度短編作品をプロデュースするのでご一緒しませんかとお話をいただいたのがきっかけです。彼は当時からプロデューサー気質というか、作品全体に目を配っていろいろなアイディアを持っていたので、何か面白いことができるのではないかと快諾しました。そのときはどんな話にするか固まっていなかったんですが、今まで手掛けたことのないラブストーリーをやりましょうという話になった。それで以前に書いたものを探していたら、『夜を走る』の原型である2〜3ページぐらいの草稿が出てきて、小林プロデューサーに見せたら「面白いからやってください」という話になりました。ぜんぜんラブストーリーじゃなかったんだけど(笑)。
ーー唐田さんを主演にというのも、小林プロデューサーからの提案とのことですね。
佐向 もちろん出てくれたら嬉しいけど、本当に出演してくれるのか半信半疑だった、というか、「唐田えりかって実在するの?」って思っていました(笑)
唐田えりか (笑)。でもそういうことをよく言われますね。会えばこんな感じなんですけど。
ーー唐田さんは、オファーを受けたときどう思いましたか。
唐田 脚本を読んでみたら、自分が今までやっていなかった人物像だなあと。この作品の中で、遊び心を持って演じられたらいいなって思いました。実際、完成した映画を見たら「こういう感じで作品が出来上がったんだ!」って、結構笑える瞬間が多かったんですよね。自分が想像していなかった世界観だし、音楽が少しポップになるところもあって「これってコメディだったんだ!」って思って、面白かったです。
ーー演じたユイについて、役づくりはどのようなアプローチだったのでしょう。佐向監督の作品の登場人物って、なかなか気持ちを理解できないですよね。
唐田 気持ちがわからないと言えばそうかもしれないんですけど......、佐向監督と一緒に役をつくっていったという気がしますね。わからないなりに存在していてていい、わからないけどドンと構えていて、「うんそれでいいんだ!」って思えたというか。
佐向 今回に限ったことではないのですが、監督である自分が考えている役をそのままやってもらうというより、撮影前のリハーサルや話し合いを重ねて一緒にキャラクターをつくっていきたいんですよね。事前に説明してなるべく演じてもらいやすいようにしようと思いつつも、正直自分でも全然わかっていないし、見てみないとわからないことが多い。
唐田 「真夜中のキッス」ではユイが服を着替える場面が何度かあるんですが、それと同時に「はいここで、変わります」みたいな、ある種のスイッチというか、服を着替えるようにキャラクターも変わるという話をされましたね。
佐向 男女を問わず、大体空っぽなキャラクターを描くことが多いんですけど、それでも実はユイの中にある一貫したものを唐田さんに体現してもらいたかったんです。
ーーユイは、共犯者であるユウジ(栄信)に自首を提案されて反発するシーンのように若干イラッとする瞬間もあるんですが、自分がやったことも、周囲の男性のことも、何に対しても恐れはない感じですよね。竹山(新名基浩)とのやり取りを見てると、むしろ彼の方がちょっとユイを恐れてるふうにも見える。どのようなディレクションを受けてユイを演じていたのでしょう。
唐田 怖いもの知らずみたいな感覚で演じていた気がします。シチュエーション自体は危ないんですけど、どこか俯瞰して見ている役柄なのかなって。
佐向 ユイはどこかちょっと非人間的というか。人々が右往左往していく中で、最初は感情が出るんですけど、それ以外は普通の人とは違う感情や意識を持っている人間にしたいなと思いました。やっぱり、どこか唐田さん本人へのイメージがユイのキャラクターに反映されているのかもしれない。といっても勝手な想像ですけど、なんというか唐田さんってそれほど嫌いな人も好きな人もいない気がするというか(笑)
唐田 なるほど......私そう見えてるんですね(笑)
ーー唐田さん本人がかどうかはともかく、ユイが好きな人も嫌いな人もいないという表現はすごくしっくりきますね。
佐向 唐田さんは不思議な感じがするんですよね。透明感といえばそうなのかもしれないけど、どこか無頓着というか、執着がないというか。もちろんいい意味で(笑)。そういうイメージが唐田さんにあったので、それを踏まえてユイが出来ている。だからこの映画の最後では、ユイにはそれまでの狭い世界から解放されて欲しいな、という思いがありました。
ーーユイは突き進んだらくよくよと反省したりしないキャラクターだと思うんですが、動作としてはユイが2度振り返るクロースアップのシーンがありますよね。1回目はファミレスで竹山の方を見るときと、最後もう1回置いてきた竹山を振り返って見る。あのショットが素晴らしいんですが、いったいどういう顔なのかというとよくわからない。
唐田 たしかに私、「あのショットはどういう顔なんですか?」って質問されることが他の作品でも結構あるんです。
佐向 2回目の振り返るシーンは、ちょっと微笑んでるカットと、真面目というかそれほど表情がないカットの2パターン撮ってるんですが、後者を使いました。脚本でも実際に撮影したカットでも、結構笑ってるカットがあったのですが編集で切りました。象徴的なのは、竹山の家でお金を盗んでニヤッと笑うカットを撮ったんですが、それだとユイの行為がすべて意図的なものに見えてしまう。それは違うということで、出来上がったものは、ユイが何をしようとしたか逆にわかりづらくはなってるんですね。
ーーただ、完成したものを見るとそのわかりづらこそがユイに必要なものだった気がします。そして佐向監督の脚本にある曖昧さを、わかりやすい方向づけを行うことなく演じきった唐田さんの存在も。それは唐田さんの俳優としての特性のような気がします。
唐田 そんな大それたものは無いんです。ただ、シンプルに映画と現場が好きだなって思います。もの作りがシンプルに好き。それから映画は監督のものなので、少しでもそこに寄り添いプラスになれたらいいなって思いいつも演じています。
ーーファミレスで琢磨(安西慎太郎)の現在の彼女アイリ(小野莉奈)とユイがお互いを威嚇し合うシーンは、アイリの発言を受けるユイの表情を切り返しで見せるショットなど、見ているこちらがちょっと興奮してしまいます。
唐田 アイリ役の小野莉奈ちゃんは私と同じ事務所で、単純に一緒にお芝居できるのが嬉しくて楽しんでましたが、未だになぜギターの弾き語りなのかわからないです(笑)
佐向 アイリの弾き語りは、小野さんの作詞作曲なんです。はじめはこちらで歌詞も曲も作るつもりだったんですけど、「自分で書いていいですか?」っておっしゃったのでぜひ、と(笑)。本当は聞き終わったユイがワーッと拍手して「すごい!ビリー・アイリッシュみたい!」って言うんですが、謎の展開過ぎてさすがに観客が混乱するんじゃないかって言われ、切っちゃいました。
ーーユイは琢磨の部屋でも竹山の部屋でも、男性たちとは基本的に横並びですが、女性であるアイリとは真正面で対峙していますよね。
佐向 そうなんですよ。男性たちは横に座りたがるのに、アイリだけは真正面に座る。それをちょっと明確に見せたいなと思ったんです。ユイを手なずけたい、自分の方が優位だと思っている年上の男性たちと、ユイより年下かつ同性のチャレンジャーと対峙するときとでは、構図の違いをはっきり見せたかった。自分よりも下のポジションと見なしてもおかしくない者こそ一番強力なラスボスで、ちゃんと対決しなきゃいけないなと。
ーーこの映画のラストがとても素晴らしいです。さまざまな出来事が起こるこの一晩の先に待ち受けるものをユイは「それが人生だった」と肯定していて、唐田さんの表情も含めすごくすがすがしいです。
佐向 あのシーンに関しては、撮影の渡邊(寿岳)さんの力も大きいですね。モノローグに関しては、撮影日の最後の夜に今までのシーンを見返して考えながら、セリフの内容を変えたんです。もっとシンプルでそっけない感じだったんですが、撮影している中で変わりました。どうでもいいですけど、個人的には、ユイみたいな女性が好きなんですよね(笑)。
唐田 そうなんですね!ユイって、結構なタイプの女性ですけど(笑)
佐向 みんな「最悪だよねこんな奴」って言うけど、すごく魅力的だと思ってやってる(笑)。もしかすると観客はユイにはまったく共感できないかもしれないけど、でも最後はきちんと彼女自身の言葉を聞かせて終わりたかったんです。撮影の流れの中で、あまり感情を入れないで読んでもらいました。ラストで乗り込む車の中で撮影したんだよね。
唐田 そうでした。深刻そうにではなくて、どこか先を見据えて話すというイメージで。
佐向 ラストの終わり方に関しては、今までの作品とはまったく違うものにしたかったんです。完全に新しく開かれた場所にユイは行く、そう見えるようにしたかった。たとえこの先茨の道でも、前を向いてどこまでも突き進んでいくんだ、と。すがすがしさというかなんというか、唐田さんならそういう言葉にできないようなものを表現できるんじゃないかと。
......すがすがしいと言っても、裏では悲惨な運命にある男もいるんですけどね。
唐田 「それも人生だった」(笑)
聞き手:荒井南、結城秀勇 構成:荒井南
写真:ヤマダユウスケ
「真夜中のキッス」
KISS ME AT DEAD OF NIGHT
監督・脚本:佐向大
撮影:渡邉寿岳
照明:横堀和宏
録音:戸根広太郎
音響:弥栄裕樹
出演:唐田えりか、栄信、小野莉奈、安西慎太郎、新名基浩ほか
映画小品集|三篇『無情の世界』は6月23日より、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
佐向大(さこう・だい)
1971年、神奈川県生まれ。地元・横須賀を舞台にした自主制作のロードムービー『まだ楽園』(06)が各方面から絶賛され初の劇場公開。2010年、『ランニング・オン・エンプティ』で商業映画デビュー。主演の小林且弥は『無情の世界』ではプロデューサーとして企画・製作を手がけた。その他の監督作品に大杉漣最後の主演作となった『教誨師』(18)、一部でカルト的熱狂を生んだ犯罪サスペンス『夜を走る』(22)など。脚本作品に、『休暇』(08/門井肇監督)、『アブラクサスの祭』(10/加藤直樹監督)などがある。
唐田えりか(からた・えりか)
1997年、千葉県生まれ。2015年にドラマ「恋仲」でデビューし、「こえ恋」(16)、「トドメの接吻」(18)、「凪のお暇」(19)のほか、韓国のネットフリックスドラマ「アスダル年代記」等に出演。映画出演作に、『寝ても覚めても』(18、濱口竜介監督)、『の方へ、流れる』(22、竹馬靖具監督)、『死体の人』(23、草苅勲監督)がある。