『あずきと雨』隈元博樹
浅井美咲
[ cinema ]
『あずきと雨』においてとりわけ印象的なのは、登場人物たちを照らす陽の光であった。主人公ユキ(加藤紗希)の家、ユキの職場である不動産屋、ユキと家出少女のリコ(秋枝一愛)が内見に訪れる二つの家、ロケ地はいずれも日当たりが良い場所ばかりで、窓からたっぷりと日光が降り注ぎ、たびたび外を眺める彼らの顔を照らす。
本作は、ユキが別れた後も同棲を続けている元恋人ノブ(嶺豪一)に家を出ていってほしいと告げてからの二日間の出来事を追った作品であるが、ユキもノブも主に陽の光がある日中に色々な人と出会っては別れていく。ユキは仕事の昼休みに昨晩を共に過ごしたアゲオ(宮本行)と別れ、不動産屋で声をかけたリコと再会する。また、ノブもあずきアイスを届けにきた配達員ヤスダ(篠田諒)と玄関先で些細な立ち話をしたり、その後トイレットペーパーを買いに出かけた際に土手で草野球をしている小学生たちと出会い、彼らに混じってバットを振る。明日には忘れていそうなひと時の閑談から、何か決定的に思える出会いまで様々だが、やはり着目したいのはユキとノブの関係だ。ノブは映画冒頭でユキにいつ家を出ていけるかを聞かれ、「雨が降ったら出ていく」と返事をする。中国での酷い干ばつによってあずきの輸入量が激減し生産中止になる予定のあずきアイスを守ろうと抗議の手紙を書き続ける、なんともノブらしい回答だが、その翌日本当に雨が降る。雨が降り始めるのはユキとリコが二軒目の家の内見をしている時で、窓の外を眺めるリコが降り出したことに気がつく。ショットが切り替わり、ユキの家であずきアイスを片手に抗議文を書くノブが映し出される。ノブは雨音に気がつき窓の外に目をやる。しかし外は雨が降っているのに晴れている、いわゆる天気雨の状態で、アイスを食べる手を止め呆けた顔で窓の外を見るノブの顔には依然として陽が差し込んでいるのだ。さらにショットが切り替わり、キャメラは内見先の家で窓の外を眺めるユキの横顔を捉える。ユキが一歩窓に近づくとその顔にもやはり陽が差す。雨が降った時、ユキとノブは別々の場所にいながらそれぞれ窓の外を眺め、その顔に陽の光を浴びながら自分たちの関係の終焉に思いを馳せる。その後ユキが帰宅すると、既にノブは荷物と共にいなくなっている。ラストシーンで、ユキはノブが残したあずきアイスを齧りながら、ノブが手紙を書き続けていたローテーブルの前に腰を下ろし窓の外に目をやる。その頃にはもう雨は止んでいて、ユキの顔を陽の光が照らす。
映画中盤で、ノブは冷凍庫に入りきらず溶けてしまったあずきアイスをもう一度冷やして固めてみるわけでもなく、捨てることにした。この一度形が変わったものを巻き戻そうとはしない態度は、一方向にしか進まない時間の中で、ユキとノブが目の前に訪れる出会いと別れをどこか淡々と受け入れていった姿勢と重なる。しかし本作において、抗えない人との別れがあまり悲しく見えないのは、彼らの顔にいつも温かな陽の光が降り注いでいたからだろう。この明るさが画面に清々しい印象を与え、別れを軽やかに見せるのだ。ノブが出ていった後、ユキは一人部屋で虚空を見つめ、ぼーっと呆けている。その様子からは寂しさを感じているようにも、既にこの別れを受け入れ始めているようにも見える。そして、映画が終わった後も真っ直ぐに時間が進んでいくとしたらきっとまた新しい出会いがあり、ユキは淡々とそれを受け入れるだろう。そんな未来が見える気がした。