『ファースト・カウ』ケリー・ライカート
結城秀勇
[ cinema ]
ただのネタバレでしかないです。見てから読んでください。
ここで書きたいことをひとことで言えば、この映画のラストカットが冒頭の骨発見につながる理由がまったくわからなくて、そこにとにかく感動した、ということだけだ。
クッキーがあのまま眠るように死んだというのは百歩譲ってわかるにしても、キング・ルーは外部の干渉なしでそのまま安らかに死んだりはしないだろと思うのだ。いやもちろん、あのこれ見よがしに登場する、割り込まれたせいでドーナツが売り切れで買えなかったやつがキング・ルーを撃った、と考えるのが普通なんだろう。でも、彼がその手柄を仲買人に報告したとすれば、恨みをかったあのふたりの遺体が時の流れによってきれいに埋葬されるまで手つかずに安置されていたなんてとても考えがたいことだ(あいつらは絶対死んでるとわかっていても死体を見に行っただろうし、もし見れば一切それに手をつけなかったとはとても思えない)。ありうるとしたら、ふたりの売上金を彼(ドーナツ買えなかったやつ)がネコババして仲買人に告げずに逃走したとかなのかなとも思うのだが、そうだとしたら、キング・ルーが枕代わりにした売上の入った袋を奪い、その後で"まるでキング・ルーが安らかに眠ったように見えるように"頭の位置を調整して逃げた、ということになる。そんなことはまずありえない。
もしかすると原作を読めばその辺りのことが詳しく書いてあるのかもしれず、読んでから書けよというだけなのかもしれない。ただここで重要なのは、『ファースト・カウ』というこの映画が、意図的にいまいち整合性のないこのラストを選んだというそのことだけなのだ。それはリアリティどうこうという話とはまったく関係なくーーそもそも200年前の遺骨がよほどの条件が整わない限りあんなにきれいに残っていることはないし、あんなに「白い」こともありえないーー、ラストのふたりの位置から冒頭の骨の配置までには途方もない飛躍があること、そしてそれは200年という時間だけでもなければ、友情や愛などという生易しいもので説明がつくようなものでもない、ほとんど不可解と言っていいようなものであることに、とにかく胸を打たれた。
クッキーが初めてキング・ルーの家を訪れる場面の、外で薪を割るキング・ルーと家の中を掃除するクッキーに始まり、牛乳泥棒の見張り役と乳絞り役、ドーナツ販売の揚げ役と売り子役と、彼らは役割分担をすることでコンビとして一緒にいる。しかし映画を見た誰もが思うことだと思うのだが、その分担にそこまでの効率的な必然性を感じない。実際、あそこまで大変そうに木に登るくらいなら地面に立って見てたほうがいいんじゃないかという見張り作業は、警戒をうながすはずのフクロウの鳴き真似もさっぱりクッキーに伝わらないし、挙句枝が折れて見張り役のほうが見つかってしまうという本末転倒ぶりだ。彼らがコンビであることの必然性のなさは、友情や愛といった別の理由をそこに呼び込むというよりも、そんなもので簡単に埋め合わすことなどできない途方もない隔たりが、人と人が一緒にいる間には横たわっているのだと示しているかのようだ。
坂を転げ落ちて頭を打ったクッキーは何日間あの小屋で手当てを受けていたのか。カヌーで川を下ったキング・ルーが、籠を背負った女性の姿を見てからどのくらいの時間が経ったのか。そもそもどれくらいの期間、彼らは一緒にいたのか?その長さをこの映画は詳細に語ろうとはしない。ふたりの再会がどこか夢のような出来事に思えるのも、そこで流れた時間が我々がうかがい知ることができる以上にとてつもなく長いからなのかもしれない(もしかすると、ラストから冒頭の200年間に匹敵するほどに)。
板井仁が書くように、「ファースト・カウ」にロマンティックなまでの親しみを込めて接するクッキーでさえもが搾取の構造の中で彼女を利用するのだから、彼女の生産するミルクの白さや甘さは隠蔽された悪徳として、冒頭の骨のあのありえない白さへとつながっていくのかもしれない(実際彼らの骨は、ファーストどころかセカンドもサードもなく、ブルもおらず、おそらく柵に囲まれたままたったひとりで人生を終えたであろう彼女の最期を隠蔽しているのかもしれない)。それでもなお、一緒にいる理由がない、どころか、一緒にいたなんてありえるはずがないふたりがそれでもそこにいた痕跡を残すということは、この映画の賭け金であるように思えるのだ。最初の牛の孤独と、一緒にいたなんてありえないふたりの痕跡が、どこかでつながるということ。
『オールド・ジョイ』の中のとても印象的なセリフに、「悲しみは使い古された喜びだ」というものがある。その悲しみもまた骨になるほどの時間をかけて朽ち果てれば、むき出しになった中心部には、かつて喜びであった古ぼけたなにかが見つかるのかもしれない。
「KELLY REICHARDT ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」3/30(土)~4/5(金) 下高井戸シネマにて