ユーロ2024──オーストリア対フランス(0-1)
梅本健司
[ sports ]
組織のオーストリア対個のフランス。現ドイツ代表監督ユリアン・ナーゲルスマンがライプチヒの監督をしていた際に、スポーツディレクターだったのがラルフ・ラングニックである。彼がオーストリアの指揮をとっている。ラングニックといえば徹底したハイプレス戦術で、クラブチーム時代は運動量の高い若手たちを好んで集めていた。かなり約束事の多い戦術は合わないところとはまぁ合わず、クリスチャーノ・ロナウドが一時帰還していたりとスターの多かったマンチェスター・ユナイテッドではチームが崩壊してしまった。しかし今回のオーストリアではライプチヒ時代にチームの中心だったライマー、ザビッツァーもいることから、うまく選手たちを掌握しているらしい。たしかに目線の揃ったいいチームだ。
ラングニックのハイプレスは、今や強豪たちのなかでは基本になっているのだが、まず中央を閉じる。それによって相手にどちらかのサイドバック(あるいはサイドに広がったどちらかのセンターバック)にボールを出させ、そこから一気にボールがあるサイドにぐあっとプレスとマークを集中させる。上からだと逆サイドにいる相手選手が空いているように見えるのだが、ピッチ目線では近場のほとんど選手がマークされているように見え、激しいプレスによって遠くを見る余裕も与えない。前でボールを奪取し、すぐにチャンスへと繋げる攻めの守備である。オーストリアもこれが徹底されている。ハイプレスをやろうとするチームで陥りがちなのは、一の矢であるそのプレスが剥がされてしまった後のリカバリーが遅い、つまり前に行くプレスはいいのだが、自ゴール前に戻るプレスが遅い、ということがよくあるのだが、その点オーストリアはプレスバックも速く、好感が持てる。さらに求めれば、最初中央を締めるだけではなく、フランスのボールを出させるサイドをウパメカノとクンデという足元が上手いわけではない右に誘導した方がより強かだっただろうが、他の出場チームの緩い守備ばかりを見た後ではそれも高望みだろうか。
そしてオーストリアのハイプレスがしっかり組織されているからこそ、フランスが瞬間的なコンビネーションでそれをひっくり返す画も映える。あるいはプレスを無効化するGKメニャンの正確なロングフィードも輝く。激しい接触も観客からすれば見ものだっただろう。まさに激闘という感じだった。
はたしてオーストリアが試合のペースを握れなかったのは、意外とフランスがポゼッションにこだわらなかったからである。これが前回、前々回のワールドカップでもフランスが強かった要因である。必要に応じて撤退守備にまわり、カウンターも狙える。複雑な戦術を組みづらい代表においてはそのくらいシンプルであってもいいのかもしれない。それに対してオーストリアの方がポゼッションにこだわってしまったというのもある。ハイプレスのための体力を温存するためか、攻撃時にボールを短く繋ぐことが多かったのだが、そのことで逆にフランスも体力を温存できてしまっていた。ハイプレスがもっとも効果を上げるときはいつか。陣形が乱れた状態で相手がボールを保持しているときだ。であるならば、たとえばフランスの最終ライン裏目掛けてロングボールを蹴り、後ろ向きでボールを回収させた瞬間にハイプレスを仕掛ければよかった。というかこれこそ、そもそもラングニックが広めたゲーゲン・プレス(カウンター・プレス)のスタイルだったのだ。オーストリアがグループステージを生き残れるかどうかは、いかにそうしたボール保持時の色気を捨てられるかにかかっている。