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June 30, 2024

ユーロ2024──ドイツ対デンマーク(2−0)
梅本健司

[ sports ]

 ひとつ前の試合、スイスは後方からの前進は悪くないが、最終局面での動き出しが少なすぎる。ただそれを上回るイタリアの守備の稚拙さが勝負を決めた。前からプレスが連動しておらず、抜かれた選手は棒立ちで戻らない。どちらのチームもグループステージの方が気合いが入っていたのではないかという試合で眠気を誘う。
 
 一方でドイツ対デンマークのゲームは、雷で一時的にゲームが中断されながらもちっとも眠くならない、現状今大会のベストゲームだった。ドイツデンマークの戦い方はすでに書いたので、ここで繰り返し詳述はしないが、勝負の分け目は選手のクオリティだけではなく、やはりドイツの裏抜けの多さだろう。デンマークもイングランド戦よりはボールを持てない分、シンプルなロングキックが増えたが、その先でボールを回収するまではデザインできていなかった。
 足元の上手いドイツの選手たち。デンマークは何もさせないためにタイトにマークをしに前向きに出ていく。それを踏まえてドイツの選手たちは足元で受けるフリをして、裏に抜ける。そうすれば一気にマークをひっくり返せてしまうわけだ。さらにドイツの場合は選手が内から外に流れながら裏抜けするから、それを狙うボールもゴール方向から逸れ、キーパーも前に出にくい。逆、外から内の場合、相手ディフェンス裏にボールを落とせても、ゴールに近づいていくボールにはキーパーが出て対応することができてしまう。しかもドイツの内から外の裏抜けは、相手ディフェンスにボールが渡ってしまったとしても、相手は自陣の後方端からのポゼッションをはじめることになるから、体制を整えるのに時間が要る。つまりドイツにとってはカウンターのリスクを軽減することもできる。
 これだけメリットのある裏抜けをなぜやらないチームが多いのかというと、単純に疲れるというのもある。タイミングが合わず、パスの出し手が反応してくれないことも多く、無駄走りになりやすい。やりたくない選手も一定数いるプレーなのだ。だからこそ、それをどんな選手にも徹底させているナーゲルスマン監督はすごい。

 とはいえドイツが今後勝ち進んでいくうえでの懸念点もいくつかある。ドイツはグループステージを三戦とも全力で戦い、ターンオーバーを大胆にもこの決勝トーナメント一回戦にあててきたのだが、それによる陣容の変化が不具合を起こしていた。ドイツの可変後の陣形316は、後方と前方の中継役がひとりしかいないことが歪でありながらも、トップ下ギュンドアン、ウィングから内側に絞ってくるムシアラ、ヴィルツが瞬間的に降りてくることでその一枚をカヴァーしていた。これは細かい指示のうえでそうなっていたというよりは、おそらく瞬間的なアドリブだと思う。とくにムシアラ、ヴィルツは技術が高い分、低い位置に降りてきてボールを受けたがる。所属クラブでもそのようなプレーをしており、裏抜けを指示しているのも、その降りてくる動きを制限するためでもあるはずだ。前線から選手が降りてきすぎて、後方が重くなることはどのチームでもよくあるのだが、ドイツはそもそも後方に人数が少ない分、ひとり降りてきても重くはならない。それゆえに中継役が一枚というのもそれほど悪くなかったのだ。ただ今回はターンオーバーでヴィルツではなく、ザネを使った。ザネは元々大外に張って、ドリブルを仕掛ける典型的なウィングで、ヴィルツほど下がってこない。そうするとムシアラかギュンドアンが降りないときには、中継役の一枚が孤立してしまう。前半ビルドアップが引っかかりやすかったのは、その孤立が原因である。後半ビルドアップ時の中盤の立ち位置を調整したものの、ザネをピッチに置き続けたことでその問題はそこまで解決しなかった。
 ザネは悪くない、どころか世界屈指のドリブラーのひとりなのだが、ヴィルツやムシアラのように中に絞ってドリブルを仕掛けるタイプではなく、述べたようにサイドに張るタイプ、昔で言えばロッベンに近い。ザネを使うなら、ザネ用に陣形を変更する必要があるものの、そのために全体を動かすことを躊躇ったのだろう。

 ナーゲルスマンは元々、素材に合ったレシピを考える監督というよりも、自分がやりたいことを優先する、かなりエゴイスティックな監督たった。それによってバイエルン・ミュンヘンではチームを崩壊させたのだが、ドイツ代表監督になってからは比較的自制しているように思える。あるいは、ナーゲルスマンがやりたいサッカーに丁度いい人員が揃っていると言うこともできるかもしれない。しかし、過密日程の大会でその人員の変更を余儀なくされることもあるだろう。そのときにエゴを捨てて、全体を調整できるかが、今後のドイツを占う。