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August 16, 2024

『フォールガイ』デヴィッド・リーチ
千浦僚

[ cinema ]

 いまの時期、夏休みにふさわしい楽しい映画だと思う!
 スタントマンが巻き込まれた事件に持ち前のアクション能力で立ち向かう。わかりやすい娯楽活劇で、良い意味での軽みがあるのだ。
 その軽みの由来はキャスティングからくるメタフィクションぽさかもしれない。
 本作でスタント野郎を演じるライアン・ゴズリングはなんといっても『ドライヴ』(2011年 監督ニコラス・ウィンディング・レフン、脚本ホセイン・アミニ)で、スタントドライバー=レーサー、裏の顔は犯罪逃走者のドライバーという役をやっているし、エミリー・ブラント演じる映画監督が劇中で撮っている映画は彼女の代表作のひとつ、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年 監督ダグ・リーマン、脚本ダンテ・ハーパーほか)みたいなSFアクションなのだ。
 そういうニヤリとさせる設定ながら、スタントマン、スタントコーディネーター出身の監督デヴィッド・リーチの演出は快調で、ロマンス部分もいいし、アクション場面は鮮やかにキメる。
 ......そう、リーチの過去監督作のアクションにはたびたびハッとさせられたものだ。例えば『アトミック・ブロンド』(2017年)のロープを使って飛び降りる場面とか、『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(2019年)のドウェイン・ジョンソンがトラックとヘリコプターを腕力で繋ぎ止める場面とか。そういうところを観ると、"んなこと、できるかぁ〜?!"みたいな、肉体の能力・耐久力に関する絶妙なホラが吹かれている感じがあったのだ。本作『フォールガイ』を観ると、その源流は監督デヴィッド・リーチのスタントへのこだわり、スタント感覚なのかと思わせられる。そういう工夫や面白さの背後には挑戦や恐怖や勇気が渦巻いている、その渦中から映画づくりを見ていた、そこから発想している、と。
 近年、映画スタントカルチャーに関する印象的な映画がいくつかあったが、それらと本作『フォールガイ』は私のなかで結びつく。
 2019年の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(監督 脚本クエンティン・タランティーノ)の中心はレオナルド・ディカプリオ演じるスター俳優と彼の専属スタントマン(ブラッド・ピットが演じた)の親密な関係であり、アクション場面を起動させるのはそのスタントマンの身体能力だった。『ワンス〜ハリウッド』での彼らの絆は、スター俳優がリスクをスタントダブルに負わせている引け目と、圧倒的に男らしいのはスタントマンのほうであることから世間に秘された両者の関係性においてはスターはスタントマンに敬意を持っているというものだったが、『フォールガイ』における"事件"はこれを裏返したところに発する。
 2023年に日本公開(中国では2021年)された香港映画のアクションについてのドキュメンタリー『カンフースタントマン 龍虎武師』、そしてそれと捻れつつ連なるようなジャッキー・チェン主演映画『ライド・オン』(2024年5月日本公開)についても言及したい。『龍虎武師』で語り手となるスタントマン・俳優のマース氏が『プロジェクトA』の時計台落ちは自分だと話すことで、すべて本人スタントだというジャッキー神話をある程度解体しながら、ジャッキーがひとりの老スタントマンに身をやつす『ライド・オン』というフィクションではスタントマンすべて、スタントアクションカルチャーと業界が顕揚される。『ライド・オン』でジャッキー・チェンの過去作の過激なアクションとNGシーンがその老スタントマンの仕事として彼の娘にビデオで観られ、彼女が「よーい、スタート、アクション!そしてバーン!病院行き......その人生って何なの?」と嘆き、しかしそれがのちに理解と敬愛に変わってゆくのには泣いた......。しかし公開時に出た『ライド・オン』の映画評は無惨であった。よくわからない老人の繰り言、おもしろがるのはアラフィフのしょーもないオッサン(私だ......)だけ、みたいな......(その、私(と同好の士)のためではなく、スタントアクション文化のため、映画のために、私は何かを書くべきだったのかもしれない)。
 ......気楽なエンタメとして見始めた『フォールガイ』が途中からものすごく煌めいて感じられたのはそのポイントだった。エミリー・ブラント演じる監督とスタントマンのゴズリングはこじれた恋仲で、ブラントは罰のようにハードなスタントを彼に強いながら、それと同時に心底彼の身を案じる。ゴズリングは彼女の映画を良くしたい一心で身体を張る。この設定とそこに乗せた芝居、展開は非常に心打つものがあった。映画に賭けられる夢というものが思いがけないかたちで露出していたような......。
 ここのところだけでも本作は愛すべき映画だと思う。


8/16より全国公開

  • 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」』クエンティン・タランティーノ | 千浦僚
  • 『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』ジョナサン・レヴィン |結城秀勇