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September 6, 2024

【前編】『石がある』太田達成監督、出演・加納土インタビュー「川と岸の間で」

[ cinema , interview ]

 「なにもない」旅先で、見知らぬ誰かに出会う。ただの石、ただの枝と呼ぶほかないものが、それでもそれだけが持つ特徴によって、無数の石や枝の中でも特別なものになる。でもだからといって、この出会いが恋や愛と呼ばれなければいけないわけじゃない。無名なものと有名なもの、川と岸、ありふれたものとスペシャルなもの、それらの境目を『石がある』は漂い続ける。
 順撮りでふたりの川辺の行程をたどるように撮影されたというこの映画。台風が接近する八丈島と渋谷をつないで、再びその道のりをたどり直すように、太田達成監督と出演の加納土さんに話を伺った。


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ーーいわゆる職業的な俳優ではない加納土さんをキャスティングされたのは、脚本を書き始めた当初から当て書きだったのでしょうか?

太田達成 そうですね。石についての映画を撮ろう、川を見つけて歩くだけで映画を撮りたいと決まった時点で、なんとなく土くんだったらそれが成立するかなとは思っていました。そのくらいから土くんに出演してよと言ったり、脚本を書いたりというのが同時並行で進んでいったかなと思います。

ーー加納さんは、オファーを受けてどう感じられましたか?

加納土 正確には、この日にこういう感じで頼まれたという記憶がないんですよね......。こういう文面のメールで頼まれたとか、大事な話があるから直接会って、みたいな感じではなかった。まず大前提として、僕たちは友達なので、遊んでいる間にぬるっと紛れ込ませてきたというか。全然違う話をしている中に、映画撮ろうと思ってるんだよね、とか、土くんでやりたいんだよね、みたいなことを言われたような記憶です。なので、はっきりと最初にオファーされた瞬間は正直覚えていないです。
 だけど鮮明に覚えてるのは、2020年4月に緊急事態宣言が発せられてみんながステイホームと言っているときに、脚本を書くと言ってなぜか僕の家に乗り込んできたことですね。映画にも出てきたあの家です。そのとき初めて、あ、本当なんだというか、ちゃんとやるんだと認識したというか。

太田 僕自身は川を歩くだけで本当に映画になるのか確信が持てなくて、でもなんとかなる気はするという中で、きちんとオファーを出せない状態でした。いわゆる企画があって、お金が集まってシナリオが動いていくというかたちだったら、それをやる勇気が出せず、こういう作品にはならなかったかもしれないと思います。ぬるーっとした感じでいけるかもと、徐々に手伝ってくれる友達も集まってきて、撮影して、という流れで。もしもそういうグラデーションがなかったら、もっと端的に石があって川があってというソリッドな映画になっていたのかなと思います。

ーー脚本がまさかあの家で書かれていたとは。

太田 全部ではなく、川で出会うところくらいまでですね。結局、川での出来事に関しては細かく決めることができなかった。

ーー実際に撮影場所となる川が見つかってからディテールをつめていった感じでしょうか?

太田 そうですね。小田原の酒匂川というところなんですが、実際にそこを歩いてみて、ここだったらいけるだろうと。そこから小川あんさんにちゃんと覚悟を持って正式にオファーした。

加納 僕はちゃんとした覚悟もないのにオファーされてた!(笑)

太田 (笑)でも土くんが想像の中でずっと川辺にいてくれたからこそ、そこまでたどり着けたわけで。

ーーかなりの数の川をリサーチされたと聞いています。酒匂川を選んだ決め手のようなものはあったのでしょうか?

太田 いろんな川に行って、どんな点に注目していたかと言えば、実際に歩いて楽しいかということですよね。
 あと大きかったのは、酒匂川には途中で行き止まりがあったんです。水門と呼ぶんでしょうか、巨大なコンクリートの壁が。それに出会う前は、ふたりの関係性によって、これ以上先に進めなくなって折り返していく、というシナリオの転換点を想定していたんですが、そういうことがなくても物理的にこれ以上先に進めなくなる。個人の感情の話とは別に、ふたりの行動を規定するものが具体的に場所としてあったというのは大きかったかもしれません。

ーー具体的なロケーションが映画の細部をつくっていったというお話ですが、それは川以外の部分もそうなのかもしれないと思ってしまいます。川にたどり着く前に連なる景色も、ついつい思わず「なにもない」場所と呼んでしまいたくなるような風景です。小川さんが地元の人に「いいとこないですか?」と尋ねます。でも聞き返されて、「魅力的な」「観光地的な」と言い換えてしまうとき、それは最初の「いいとこ」とはなにか違うものになっているのかもしれないな、と思います。

太田 僕自身も旅行をしたりして、駅前にコンビニだとかがないと、「なにもないなあ」とつい思ってしまうことがあります。でもそこには石もあるし、川もあるし、ちゃんとなにかが当たり前に存在しているのに、それをきちんと見ることができていないなと毎回思うんです。そうした歯がゆさや、いつも確かにそこにある風景を見出せるようになりたいという僕自身の願望から、そのセリフは生まれているのかもしれません。
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ーーやはりなんといっても、小川さんが川にたどり着き、加納さんと出会うシーンが衝撃的なのですが、俳優・加納土を選んだ理由のひとつとして、あの場面で見せる見事な水切りという要素は大きかったんですか?

太田 それが......水切りはめちゃくちゃ下手くそだったんですよね。

ーーえ、そうなんですか?

太田 唯一役作りとして行ったことと言えば、多摩川で水切りの練習をめちゃめちゃしました。練習しても4、5回程度しかできなかったんですが、でも本番でカメラが回ったらあんなにできた(笑)。

加納 だいぶ本番に強いタイプ(笑)。

太田 本当にびっくりしましたね。映画スターってこういうことかと(笑)。

加納 今回撮影に臨むにあたって、演技への不安とかはあまりなかったんですが、とにかく水切りがうまくできなかったらどうしようという不安は抱えていました(笑)。

ーー川をずぶずぶ渡ってくることでふたりが出会うという、なんというか説明のしようもない印象的な場面ですが、ここで気になったのは、川を渡りきった後で、もうカット割ってもいい気がするのに結構長く同じカットが続くことです。

太田 具体的には川を渡るところまではワンカットで撮りたいと思っていました。渡ってからカット割ろうかなあと思いながら、とりあえず撮っていたんですが、割りようがなかったんですよね。
 土くんが川を渡っている最中もカメラは長いパンをして小川さんの方を見ようとしたり、その小川さんも結構動いていて、フレームが定まらず、見えているものと見えていないものが同時にある印象のショットですから、渡り終えたからといってカットを割って見せるものを見せてしまうのは、ひとつのショットとしてつじつまが合わないというか、性質が違ってしまうと感じたということですかね。
 今回は前もって撮影スタイルをかっちりと決めていたわけではなかったのですが、この前の場面、小川さんが画面奥の子供たちにサッカーに誘われるカットを撮って、方向性が定まった気がします。想定では5カットぐらいで子供たちのところへ近づいていくつもりだったのですが、ワンカット目を撮ったときに、画面奥に向かって小川さんがどんどん小さくなって、子供たちと同じサイズになるのを見たときに、「なんかもうこれでいいよね?」という気がしたんです。本当にこれで見てられるのかという不安はあったんですが、助監督を務めてくれた清原惟さんと相談して、これでいいんじゃないか、となったことで、撮影のリズムがつかめた。ワンカット目が延長されていって、もう見えなくなったらそこでおしまい、みたいな。そういう時間の作り方みたいなものが、川を渡るカットにも言えるのかもしれません。

ーー本当に、あれはサッカーに誘う距離じゃない(笑)。でも川を渡る場面もそうですが、もっと距離が短ければ気づかないなんでもないようなことが、移動の量の多さや縮尺によって鮮明に見えてくるということもある気がします。
 今回加納さんに取材したいと思った一番の理由として、最初に川を渡ってくるシーンは物語上の必然性があるからまだわかるんですが、その後に小川さんと石積みとかをして遊んでいるときに、特に必然性もないのに川の中に入っているじゃないですか。
 あれはなんなんですかね。演出なんですか?

太田 あれは演出じゃない、というか、こちらも見ていてびっくりしました。

加納 はい、カメラにお尻を向けて水に入っちゃってますね。石積みのシーンはもう監督からフリータイムとして与えられていたというか、なにから始まって、なにをして、どこまでいったらここでカットということが決まっていなかったので、なにをしたらおもしろいのかを頭をフル回転させながらやっていた感じです。
 その中で、ズボンや靴下が濡れるのは気にしない人ということにしたら意外とおもしろいんじゃないかと、あえてザバザバ入ってみたという感じですね。だってあれだけ川を渡ってて、その後で水に濡れるを嫌がるのは変ですよね。
 石の部分も水の部分も関係なく、同じ面として捉える人というか、そういう感じでやっています。

ーー本当におっしゃる通りだと思うんです。岸と水の間の、みんなはそこに境目があると思っているものを、なにもないかのように越えてしまう人ですよね。

加納 目の前にあるものをすべて同じものとして捉えてしまっている人というか。

太田 石積みのシーンに関しては、2テイクくらいやったんですよね。最初に石を投げたりして、その後石を積んだりする、くらいは前もって話していたのかな。

加納 僕としては、監督はどんなことをしたら喜ぶかというより、逆になにをしない方がいいかを考えていたのかもしれない。
 つまり、恋愛じゃないんだよなとは思っていました。ときめいてずっと見つめちゃうとか、ついつい手を触っちゃうとか、そういうのはやめようと。それと、会話でなにかするのもやめようと思っていました。「めっちゃうまいじゃん」とか、行動について饒舌にペラペラ喋って、言葉によって関係を作ろうとするタイプではないなと。やらないことを意識していたら、逆にそれ以外だったから、なにやってもいいんじゃないと思えました。

ーーたしかに言葉の通じない人たちが遊んでる、みたいな感じですよね。

太田 枝運びは本当に偶然生まれた発明です。石積みがそろそろ終わるかなと思ったら、小川さんが木を持ち出して、そのジェスチャーを土くんが汲み取って、なにかが始まった瞬間の感動はすごく覚えています。「すごい遊びをしている!」と。なので、土くんが映っていなかったりとか、カメラワークにも動揺が見て取れます。

後編へつづく

2024年8月15日、渋谷ー八丈島 取材・構成:結城秀勇 協力:芳賀祥平


『石がある』
2024年9月6日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
2022年/日本/スタンダード/104分
監督・脚本:太田達成
出演:小川あん、加納土 ほか
撮影:深谷祐次 録音:坂元就 整音:⻩永昌 編集:大川景子 助監督:清原惟 音楽:王舟
製作・配給:inasato
制作協力:Ippo
配給協力:NOBO、肌蹴る光線
宣伝:井戸沼紀美 宣伝協力:プンクテ
特別協賛:株式会社コンパス 協賛:NiEW
©inasato

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太田達成(おおた・たつなり)
1989年生まれ、宮城県出身。植物の研究をしていた大学時代、レンタルビデオショップで偶然手にとった『⻘の稲妻』(ジャ・ジャンクー監督)に衝撃を受け、友人と映画制作を開始。初の短編『海外志向』で「京都国際学生映画祭」グランプリを受賞したのち、東京藝術大学大学院で黑沢清、諏訪敦彦に師事した。修了作品『ブンデスリーガ』は「PFFアワード」、スペイン「FILMADRID」等に入選。『石がある』は自身初の劇場公開作となる。

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加納土(かのう・つち)
1994年生まれ、神奈川県出身。武蔵大学の卒業制作として「共同保育」で育てられた自身の生い立ちに関するドキュメンタリー映画『沈没家族』の撮影を開始。完成した作品は「PFFアワード」で審査員特別賞を受賞するなど高い評価を得たのち、全国で劇場公開された。2020年、筑摩書房より初の著書『沈没家族子育て、無限大。』を上梓。『石がある』では演技未経験ながら、主役を務めあげた。