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February 11, 2025

『冬の庭』松井宏、エレオノール・マムディアン
結城秀勇

[ cinema ]

 誰もが小屋を建てる。といってもそこまで大層なものではない。格子状に組んだ細枝を支柱に、手頃なサイズの枝を積み重ねる。近くに生えた木の幹や枝を利用してバランスをとる。あるいは幼い少年がそうするように、一本の枝を屋根に、ひと組みの枝を門に見立てたりと想像力を使って。たいした構造も持たないこの構築物は、時折崩れ落ちたりしながらもその上に積み重ね続けられるので、人が自らのパーソナルスペースを外界から遮断するためにつくられた、というよりも、まるでいつのまにか生えていたとでもいうように、そこにある。
 小さな村に紛れ込んだ異邦人である男が、いつのまにか村人たちに「放浪者」として認識されているのはなぜなのだろうか。そこまでみすぼらしい身なりというわけでもない彼が、「旅人」ではなく「放浪者」と見なされるのはなぜなのか。それは彼の移動がどこかへ行きもといた場所に帰るまでの過程なのではなくて、彼が束の間留まるすべての地点がその都度の終着点だからではないのか。彼はその運動の中で、あらゆる場所に「住み」続けるからではないのか。
 そう考えるなら、この映画の最後で、小屋を去り、暖を取るための毛皮を人に渡し、衣類さえも身につけずに自転車で走りさる男の後ろ姿を、彼のための小屋づくりに協力した女性の姿と見間違えたという樋口泰人の話も、それほど頓狂なことではないのだろう。放浪者があらゆる場所に住み続けるために小屋を建てるのと、定住者がいまいる場所から逸脱し続けるために小屋を建てるのは、さほど遠いことではないのかもしれない。小屋が建てられ、打ち捨てられるその過程で、奪われた衣類も剥ぎ取られた電飾も、やがてはまたそこから新たな小屋が生えてくる土壌となるのかもしれず、いずれは男の通った道程には小屋の森ができるとすれば、それはとても豊かなことだと思うのだ。

恵比寿映像祭2025にて上映。2/16にも上映あり