「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」特集

 今回の特集では、映画黎明期からハリウッド黄金期にかけてアメリカで活躍した女性たちの作品を上映する。この中でアーズナーが“ハリウッド黄金期唯一の女性監督”と言われている。アリス・ギイがアメリカで作った巨大スタジオがハリウッドに影響を与えたことは疑う余地もなく、ウェバーもサイレント期には最もギャラの高い監督の一人と言われたが、どちらも映画産業の興隆と共に活躍の場を失っていく。またルピノは夫と作った製作会社、ダヴェンポートも自主製作やインディーズを中心として監督しており、巨大産業として発展したハリウッド・スタジオシステムが女性監督に門戸を開いていたとは言い難い。
 そうした女性であることの不利益の中で歴史に埋れてきた作品たちを、今改めて見出す機会になればと思う。それはこれまで見過ごしてきた世界と向き合い直すことでもある。ルピノ『暴行』やアーズナー『人生の高度計』のフェミニズム視点は、当時としてエッジが効いていたのはもちろん、現代から見ても鋭く刺さる。
 もちろん女性監督が女性的なテーマばかり撮っているわけではない。ノワールに数多く出演したルピノ『ヒッチハイカー』は王道のフィルム・ノワールだし、ウェバー『ポルチシの唖娘』は迫力ある歴史スペクタクル大作。男性監督が十人十色であるのと同様、女性監督の作品も多様だ。女性である以前に個人が持つ作家性や、それぞれの作品の魅力を楽しんでほしい。そして、今回の特集が様々な出会いの場となり、多様な女性監督たちへの関心につながっていくことを願っている。

上條葉月(字幕翻訳者/シネマヴェーラ渋谷スタッフ)

「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」特集

シネマヴェーラ渋谷:http://www.cinemavera.com/

【会期】2022年4月16日〜5月13日
【会場・主催】シネマヴェーラ渋谷
〒150-0044 東京都渋谷区円山町1‐5 KINOHAUS 4F


アメリカ映画を切り拓いてきた女性監督のパイオニアたちの作品を、今改めて観る機会を作りたいという意図のもと、女性監督作品18プログラム、脚本・編集などの作品4プログラムにて一挙に上映。

落下するものとその白さについて

池田百花

  初めて恋を知った主人公のアンが恋人に身を寄せてその腕の中に沈んでいく様子は、ほとんど眠りに就くかのようだ。映画の冒頭には、高校の友人たちに車で送り届けてもらった彼女が、自宅の前で手を振り、走って家の中に入って行く場面があるのだが、ここで画面の縦に映っている彼女の体は、物語が進むにつれて縦から斜めに、そして最後には完全に横に向きを変えていく。こうしたヒロインの体の傾斜の変化は、『破滅への道』というタイトルに示された彼女の運命を物語る一つの装置になっているように見える。この高校生の少女アンは、自分とは対照的に恋や遊びに活発な女友達のイヴと付き合ううちに、同級生の青年トミーと初めての恋に落ち、ある日イヴやトミーたちと訪れたバーでラルフという年上の男性に目をつけられて彼と関係を持つようになったことで、意図せず道を踏み外すことになる。

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ロイス・ウェーバーを(再)発見する

増田景子

 1916年にユニバーサル社で一番の高給取りが女性だったという一文を読んだときに、思わず目を疑った。週に5千ドル(現在の9万ドル相当)を稼ぐ、ハリウッドでも屈指の稼ぎ頭で、自分のスタジオをも所有していた女性監督ロイス・ウェーバーとは、一体何者なのだろうか。

 ご多分に漏れず、映画業界でも女性の処遇改善が叫ばれている。近年では「女性」であるがゆえに、作品に対する正当な評価を受けられず、忘れ去られてしまった女性監督たちを再評価しようという動きが起こっている。例えば『Be Natural: The Untold Story of Alice Guy-Blaché』では、ゴーモン社の秘書時代にリュミエール兄弟の上映会に参加して、フィクション映画の製作に乗り出したフランス人の女性監督アリス・ギイの生涯を追っている。ロイス・ウェーバーもそんな忘れられてしまった女性監督のひとりである。
 現在の映画の都になる前の、特許で映画業界の利益を牛耳ろうとしたエジソンから逃れてきた者たちが集まっていた1910年代のハリウッドには、新しい産業にチャンスを求める女性たちの姿が多く見られた。ロイス・ウェーバーはアメリカのゴーモン社に女優として入社し、まもなく脚本家や監督へと転身していった。1914年にはアメリカ人女性監督としての初の長編映画『ベニスの商人』を監督、翌年にはユニバーサル社と契約し、1917年には自身の製作プロダクションを設立する程の成功を収めている。人工中絶、アルコール依存、異宗教間の結婚など社会のタブーに切り込んだテーマが話題をさらい、人気を博したという。

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GOOD GIRL? BAD GIRL?

五所純子

 金払え。働いた分はきっちり払えよ、この野郎。
 紳士のハットが改造されて鏡面加工がほどこされた小道具をくるくる回して光をあちこちに乱反射させるショーガールたちのラインダンスは、警察が踏み込んできたことで中断される。ステージで微笑を振りまいていたショーガールたちも客席でグラスを傾けていた紳士淑女たちも一様に面食らうが、そこは裏で違法賭博が営まれている場所だった。

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Nobody’s Safe

梅本健司

 ひっそりと配信されていた監督デビュー作『望まれざる者』(1949年)を除けば、アイダ・ルピノ監督のフィルムは初期、つまりルピノと彼女の夫コリアー・ヤングらが共同で立ち上げた独立製作会社エメラルド・プロダクション〜フィルムメーカーズ時代の6本のうち2本しか日本で見ることができなかった。これは必ずしも幸福な状況とは言えないだろう。その2本がフィルムノワールと位置付けられることもある『ヒッチハイカー』(1953年)と『二重結婚者』(1953年)だったこともまたルピノに対するある種の誤解を生んでいるように思われる。どちらも技術的な面や主題の扱い方にも成熟が見られ、ルピノにとっての最良のフィルムであることは否定しないが、だからこそ、それ以前のより試行錯誤、創意工夫を重ねている4作品と並べて見た際に凹凸のなさが切なくもある。

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