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2005年10月12日

今日はふたつのインタヴューだった。まずは『白塔』の監督たちにインタヴュー。映画の中に「ある」ものについて聞く。その「ある」ものが内容、あるいは監督たちの描こうとする聾唖者の世界と密接に結びついていることに気づかされる。ただこの奇跡のような映画が必ずしも監督たちの撮ろうと思っていたものではなく、いくつもの偶然が重なり合ったものであったことがおもしろい。いずれにしても、この映画を多くの人に見せたい。で、もう一方の映画の監督はというと時間になっても現れないのであきらめることにする。スタッフの方にはいろいろと調整をしていただいたのだが……。
そのあとは映画を見る。『マルグリット・デュラス、あるがままの彼女』(ドミニク・オーヴレイ)。ジャンヌ・バリバールの歌う音楽を背後に、壁に貼られたデュラスの写真を撮影していくことからこの映画ははじまる。監督自身、「この映画は私の中にいるデュラス、私の知っているデュラスを見せるようにフッテージを選んだ」と語っていたが、ここで見られるデュラスは微笑を浮かべ、仲間に慕われ、真摯に対話をするどこまでもやさしいデュラスであった。そこには文学者でも、映画監督でもないデュラスがいる。唯一この映画のために撮影したという最初の場面がデュラスと監督の関係を物語っているだろう。
そのあと、『アフリカ・ユナイテッド』。アイスランドの3部リーグ、アフリカ人を中心としたチームの奮闘振りを描く。アフリカ人特有なのだろう。テクニック重視のチームプレイを無視したプレーのオンパレード。そして、そのチームを率いるのは、偶然ではあるが、ジーコという名前の男なのである。ジーコは選手に当り散らし、審判に文句を言う。内容としては予想通りの展開。そのあとテレビで見たウクライナ戦でも映画とまったく同じような場面が見られたので笑ってしまう。
山形の滞在もあと少しとなったが、結城さんにいろいろなところに連れて行ってもらい山形の「食」を食べた。山形では牛肉を刺身で食べる。小さいころから親に肉は赤い部分がなくなるまで焼かないと危険だといわれて育った僕はそれが日常的に食されていることに大変驚くのだが、口の中でとろけるような柔らかい食感で大変美味しかった。そして菊の花の天麩羅が美味しかった。花びらのさくさくとした食感がよくて、僕にとってはこちらのほうが山形牛以上に山形の「食」だ。映画の中に美味しそうな食事を見ることはほとんどなかったが、山形の「食」は大変美味しかった。
映画祭も明日で終わりである。(渡辺)

投稿者 nobodymag : 2005年10月12日 15:27