『ファースト・カウ』&『ショーイング・アップ』特集

『ファースト・カウ』
©︎ 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『ショーイング・アップ』
© 2022 CRAZED GLAZE, LLC. All Rights Reserved.

関係の無常をどう描くか。ケリー・ライカートの映画ではともにいるものたちが、ともにいるために、それぞれ役割を引き受けなくてはならない。たとえば一緒に山奥に向かおうとすれば、そこまで車を運転する人と助手席に座る人という役割が生まれるように、必然的で、ごく日常的な行為における役割分担をライカートは意識的にカメラで捉え分けていく。やがて彼ら、彼女らの関係が破綻する雰囲気を帯びてくるのは、さまざまな場面で発生するそうした些細な役割分担と、その根拠となる微妙な権力勾配や利害の僅かな違いなどが、どうしようもない亀裂を浮かび上がらせてしまうからだ。しかし、その亀裂が関係をじっさいに破綻させるに至ることはない。自分とは生き方が違うと察してしまったあとでも、そのものたちは無関係に生きることができない。劇的な衝突を見せることなく、消えゆくが、消えきらない関係を描くことがライカートの冷静な厳しさなのである。今回はそうした厳しさを依然として引き継いでいる『ファースト・カウ』と、新たな一歩を踏み出しているように見える最新作『ショーイング・アップ』についての4つの論考をお届けする。

『ファースト・カウ』
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『ファースト・カウ』

12月22日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開

監督・脚本: ケリー・ライカート
脚本:ジョナサン・レイモンド
出演:ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ

2019年/アメリカ/英語/122分/スタンダード/カラー/ 5.1ch/原題:First Cow/日本語字幕:中沢志乃 配給:東京テアトル、ロングライド

公式サイト:firstcow.jp

『ショーイング・アップ』
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『ショーイング・アップ』

「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」
12月22日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほかにて4週間限定ロードショー2024年1月26日(金)よりU-NEXTにて独占配信

公式サイト:https://www.video.unext.jp/lp/a24-sirarezaru

揚げ鍋に浮かぶ共同体

隈元博樹

『ファースト・カウ』
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『ファースト・カウ』のドーナツは、穴の空いたドーナツではない。丸いながらも歪な形をしており、大きさも見事にバラバラである。一見、沖縄のサーターアンダギーを彷彿としてしまうほどにゴツゴツとしたこのドーナツは、ボストンのパン屋で修行したという流浪の料理人クッキー(ジョン・マガロ)の手によってつくられる。ある日、仲買商(トビー・ジョーンズ)の家の近くで放牧されている牧草地の雌牛を見つけたクッキーは、相棒となる中国人移民のキング・ルー(オリオン・リー)に牛乳を使った食べ物をつくってみたいんだとつぶやく。そのことを聞いた野心家のキング・ルーは、雌牛の牛乳を材料に使って何かをつくろうとクッキーに持ちかける。当初は乗り気でなかったクッキーだったものの、試作品を味見したキング・ルーは、オレゴンの砦で働く労働者たちに売れば金儲けができると確信し、1個あたりの価格を設定して市場で売ることにする。やがてその真新しさと美味さゆえにドーナツの評判を得た彼らは、その後も夜な夜な仲買商の牧草地に忍び込み、盗んだ牛乳をドーナツの生地に混ぜ、オレゴンの民の胃袋を瞬く間に掴んでいく。キング・ルーの思惑どおり、ドーナツは銀貨や貝殻へとみるみるうちに変わっていき、タイトルにもある「最初の雌牛」の物語はこのようにして大きく動き出すことになる。

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オイリー・ケーキの甘さ

板井仁

『ファースト・カウ』
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 しばし語られているように、ライカートは自身の作品において、人間を含めた生き物たちと、それらが生を育む場所であるところの森や河川、草原、湖、牧草地などの自然を含めた環境との関係を描いてきた。その中でも動物は、短編を除くほとんどすべての映画に登場し、たとえば今回公開された二作品でいえば、『ファースト・カウ』(2019)においては牛が、『ショーイング・アップ』(2022)においては猫や鳩が作品の重要な役割を担っている。
 1820年代のアメリカを舞台とする『ファースト・カウ』は、冒頭に現代のシークエンスが付されている。川をゆっくりと左右に横切る大きな船のショットが映し出され、つづいて、乾いた地面の上、まばらに生える枯れ草のあいだで犬が何かを嗅ぎ回っている。カットが変わると、飼い主らしき人物(アリア・ショウカット)は、地面に転がっている石ころのような何かを触っている。いくつかのショットを経て、茂みの奥へと進む犬と飼い主。犬が、枯れ葉で覆われた土の中から何かを発見すると、飼い主は犬が示した場所を両手で掘り進めていく。そこに現れるのは二体の人骨であり、それこそが二人の主人公、メリーランド出身のクッキー(ジョン・マガロ)と、中国出身のキング・ルー(オリオン・リー)である。地面に近いロー・ポジションのカメラによって構成されたこのシークエンスにおいて、人骨を掘り進める飼い主は四つん這いの姿勢をとり、またときおり画面外の鳴き声に誘われて、木にとまる鳥たちを見上げる。ここで飼い主と犬は、その身振りによって重ねられてもいる(ライカートの作品において、犬は人間と同等の立場として存在している)。

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屋内の人たち

西田悠人

『ファースト・カウ』
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『ファースト・カウ』では、主に屋外と屋内の空間がフレームによって切り分けられ、荒々しい外の世界とゆったりとした時間の流れる穏やかな内の世界が分断されている。とりわけ屋内の空間は心を落ち着けられる場所として描かれており、主人公たちはそこに住んでいる。その空間は人と人の距離を物理的に縮めさせ、その間に親密さを作り出すことにもなる。
 映画序盤、主人公のひとりであるクッキーの血気盛んな仲間たちが乱闘を起こす。するとクッキーはひとり自分のテントのなかへと逃げていく。カメラは暴力的な男たちからフレームを外し、その存在の断片と音だけを残しながら、ゆっくりとテントのなかへと入っていくクッキーを映す。続いて、ひとり用のその小さなテントのなかにカメラは置かれ、わずかに開いた出入り口から、遠くでの乱闘を断片的に捉えるのだが、光が差し込まない真っ暗な画面とスタンダードサイズが相まって、テント内の空間は窮屈な印象を感じさせる。しかし、その屋内は窮屈であったとしても、外の荒々しさに馴染めないクッキーにとっては避難所であり、心を落ち着けられる空間である。屋内の人であるクッキーはそのなかに閉じこもることで、なんとか生き延びてきたのだ。

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現れては消えていくもの

松田春樹

『ショーイング・アップ』
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 いくつかのスケッチが一枚ずつ映し出されていく。紙にはすべて女性の人物が描かれており、片足を上げていたり、でんぐり返しをしていたり、なにか動きのある輪郭が捉えられている。それも体の一部分のみが赤や緑、ピンクといった鮮やかなトーンで着色されていて、可愛らしい。同時に、温かみのある電子音がアンダースコアとして流れており、小気味いいテンポでスケッチの余白にスタッフクレジットが入っていく。ここで気になるのはアンダースコアだけでなく、その場の環境音が同時に微かに聞こえてくるということだ。耳を澄ませば、鳩の鳴き声や鉛筆が紙面上で擦れるような物音もたしかに聞こえる。その微かな音はフレームの外側から聞こえてくるため、カメラに映し出されはしないものの、同じ空間に誰かが居るのではないかと思わせる。あるいは、この映し出されたスケッチはその人物が描いたものなのだろうか?この緩やかなズームとともに上下左右に移動していくショットはその人物の視点なのだろうか?といったことを我々は微かに聞こえる音から想像することができる。

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