火- 5月 4, 2004

 

先日、第一部だけ見て薬切れで家に帰った私だか、帰る前にしっかり外出券をもらってかえったので、今日は「輝ける青春」第二部を見る。スケジュール的にこれが最後の上映だったので、しっかり睡眠を取り、朝起きたときは調子が悪かったけれど薬をあれこれ飲んで体調も万全。だんなさんに「きみ、薬飲みすぎだよ。ラリっちゃうよ」といわれたが、わたしは薬慣れしているので大丈夫。

「輝ける青春 第二部」
1974年春、デモを鎮圧する機動隊の中に弟マッテオの姿があった。マッテオの友人は殴打されて半身不随に。
パレルモへ赴任したマッテオは写真家志望のミレッラと出会う。黒髪にパーマをかけてくるくるにしたミレッラは非常に知的な女性だった。恋の予感。
一方、ニコラは精神病院の患者を救う活動をするなかで、かつて一緒に旅行をしたジョルジアを見つけて保護する。
1980年、ニコラの友人カルロと妹フランチェスカが結婚した。祝福する家族たち。
1983年ローマで対テロの特殊任務につくマッテオはミレッラと再会し恋が始まる。車の中で愛し合うふたり。しかしマッテオは行方知れずのジュリアのことが気にかかる。まだテロリスト活動をしているジュリアは、いまやイタリア銀行の幹部となったカルロを暗殺リストの中に見つけて動揺を隠せなかった。
1984年の夜明け、マッテオは自殺した。理由はわからない。
ニコラはこれ以上家族が苦しまないように、ジュリアの逮捕に協力することを決意した。ジュリアから「娘サラの姿が見たいから、コロッセオに連れてきて。遠くから一目でいいの」という連絡を受けた。しかしコロッセオに現れたのはニコラ。緊張が走る。物陰から警察が出てきてジュリアは逮捕された。
1992年、ある写真展でニコラは在りし日のマッテオの写真を見つける。撮影者はミレッラだった。ニコラは彼女に会いにパレルモへ。ミレッラにはマッテオの忘れ形見の男の子アンドレアがいた。ニコラは彼にマッテオの面影を見出す。母アドリアーナにマッテオの息子がいることを知らせると、アドリアーナは「会いたい」とパレルモへやってきた。アドリアーナがローマでひとり寂しく暮らしていることをしったミレッラは「一緒に住みましょう」と提案。アドリアーナは喜んで承諾し、天寿を全とうするまで一緒に暮らした。
2000年、サラは花束を持って、刑期を終えてフィレンツェに暮らすジュリアの元を訪れた。自分のお腹に赤ちゃんがいることを話すとジュリアは喜んだ。
アンドレアも青年になり、たくましくなった。一家の悲しみは時の流れに押し流された。ミレッラとニコラは抱き合い、激しくキスをする。
長い長い家族の物語を丁寧に描いた映画だった。イタリア人にとってファミリーというのは本当に大切なものなんだな、と実感。日本じゃ6時間かけてファミリーの話を作る人なんていないだろう。映画を見終わって、記念にシチリアのレモンの形のコルク栓を買った。とても可愛い。はじめて映画祭レポートをした感想は「毎日通うのは疲れる」だ。よくもまあシネフィルの人は毎日3,4本平気で見るもんだ。しかし、充実した6日間だった。
批評家でもない私の書いたレポートを載せてくれたnobodyのひとに感謝!
それでは、チャオ♪

 

月- 5月 3, 2004

 

連日の映画祭通いにに疲れてしまって、もう体力の限界。今日は1本だけ見ることにして、家でぐうぐう寝ました。映画を見るって疲れるのね。睡眠薬なしでも一日中眠れました。そして体調万全にして、マリオンへ。数日前、だんなさんが「いろいろ動いているみたいだからこれをあげよう」と一万円くれた。我が家はだんなさんが家計を握っているのだ。でもこれで一ヶ月暮らせっていうんだからケチね。

「愛という名の旅」

文壇の寵児、リーナは文学を大事にし、世間と妥協せず生きる女。リーナの父も勝手気ままで、外に女を作り、自殺。若くして一児をもうけたリーナだったが、夫との生活は破綻していた。ある日、リーナはディーノ・カンパーナの詩を読んで深く感銘する。リーナは彼を最も才能あふれた人物だと思い、共に生きる決心をする。そしてふたりの愛の生活が始まった。しかしディーノもまた生活破綻者として疎外の中で生きてきた人物だった。リーナへの愛情は次第に憎悪が混じっていき「愛してる」と抱きしめるかと思えば「この売女め」と暴力を振るう。ふたりはお互いを必要としているにもかかわらず、別離と再会を繰り返す。そんな日々が何年も続いた。
あるクリスマスの日、ディーノがリーナに会いにきた。再会を手放して喜び、抱き合うふたり。しかし、その夜、ディーノは感情にまかせてリーナに暴力をふるい、失踪する。その後、ディーノは精神病院に入れられた。文通を重ねるリーナとディーノ。文通は長く続き、1932年に病院で息を引き取るまで続いた。
文学と狂気の物語だが、けっこう地味。「ベティー・ブルー」くらい派手にやってくれないと見ている側は退屈だ。

 

日- 5月 2, 2004

 

今日は、今回の上映で一番楽しみにしていた「夜よ、こんにちは」の日。すっかりルイジ・ロ・カーショのファンになってしまったわたしは、彼のテロリストぶりをみたくてわくわく。タリーズコーヒーで買ったふたつきのコーヒーマグに自作のソイラテを入れて、いざマリオンへ。とりあえず一服してから見るか、とコーヒーを飲んでいたら、なんかお腹が濡れている。はて。よよくみたら、カップのふたがちゃんと閉まってなくてだだ漏れ。ああ、わたしのおきにいりのベージュのブラウスが…。しかたなく、その格好のままで映画を見ました。情けない。

「夜よ、こんにちは」
は実話を基にした物語。極左武装集団「赤い旅団」がモロ首相を誘拐し暗殺したという事件をモデルに、テロリストたちを描いた映画。
ローマでカップルが新居を構えたが、それはテロリスト集団「赤い旅団」のアジトだった。そして、「赤い旅団」は元首相でありキリスト教民主党首相のモロを木箱に入れて誘拐してくる。監視するメンバーのうち女性キアラだけはモロと直接接することができない。最初の日、疲労困憊したモロは差し入れた食べ物には口をつけなかった。何度もモロを尋問するメンバー達。モロに会うときはみな目出し帽を被っている。メンバー内の対立も起きた。「こんな生活耐えられない。俺は彼女と会いたいんだ」とひとりのメンバーが飛び出していく。尋問を重ねた結果、彼らはモロに死刑判決を下す。モロは「手紙を書いていいか?」というので紙とペンが用意された。様々な人に手紙を書くモロ。「これを出してくれ」と書き付けた便箋をメンバーに渡す。キアラはこっそり彼の妻宛の手紙を見る。あまりに切実な文章だ。キアラは涙を流し、苦悩する。なんとかモロを助け出せないか。死刑の前の夕食の鍋に薬を盛るキアラ。モロへの差し入れに、ナプキンの裏へ「食べないで」とメッセージを書いて何事もないような顔でメンバーに夕食を渡す。
夕食を食べたメンバー達は眠ってしまった。
そして、外の街を歩くモロ師が。テレビではモロの壮大な葬儀が執り行われていたが、その棺桶には遺体はなかった。
人質を丁寧に扱い、人格を認めるイタリアのテロリストは紳士だなあと思った。アメリカ人には真似ができないだろうなあ。もっとイラクの人を大事に扱って欲しいものだ。

「カテリーナ、都会へいく」は田舎娘のカテリーナが都会っ子の洗礼を浴びていろんな体験をする物語だ。
カテリーナは合唱をこよなく愛する13歳の田舎娘。高校教師をする父の転勤でローマに引っ越すことになった。転校先は父の母校でエリート学校。転校先では、左翼知識人の娘マルゲリータと大物政治家の娘ダニエラが徒党を組んで対立していた。カテリーナはマルゲリータに「私たちの勉強会に来ない?」と誘われ、いってみるとなんだかお勉強の雰囲気ではない。父はマルゲリータの親に自分の小説を売り込もうとマルゲリータに渡すのだが、それを読んだマルゲリータは「ポルノじゃないの!」と大笑い。
今度はダニエラがカテリーナに接近し、あちこち連れまわす。デパートでかいものしようよ、と一緒に服選びをするのだが、急に走り出す仲間達。「え、なに?」とおろおろ付いて走っていくカテリーナ。路上で待機していた仲間の車に飛び込んで出発。「ねえ、いまのなんだったの?」「万引きよ。こんなの当たり前よ!」
父は一旗上げようと全国放送のテレビ番組に出るが、結果は笑いものになっただけ。
ある授業でカテリーナは「いまの政治についてどう思うか」と教師に指名される。皆はそれぞれ自分の意見を持っているのだが、田舎では政治の討論などやったことのないカテリーナは困惑してしまう。
父は突然、仕事に行かなくなった。家で年代物のオートバイの修理に明け暮れている。
学校ではマルゲリータ派とダニエラ派が対立を強くしていた。ある日、カテリーナはトイレでダニエラの友達が「カテリーナってだめね。ナウくしてあげようと思ったけどホントどうしようもないわ」という発言を聞く。
体育の授業でランニングをしているときにマルゲリータ派とダニエラ派の娘たちに色々話しかけられるが「もう、ほっといて!」と暴れだすカテリーナ。この騒動はカテリーナの向かいに住む青年、エドワードの機転でなんとか納まった。カテリーナは前からエドワードをちょっと気にしていたが、ますます好感を持つ。しかし「これが私かしら?」と都会で変わってしまった自分に自問自答する。
ある日、カテリーナの父が行方不明になった。バイクで世界一周が夢だったんだと以前語っていた父。この騒動はテレビにも取り上げられ、彼の小説も読み上げられた。
カテリーナは次第にエドワードと親密になっていったが、彼は遠くへ引っ越してしまうことになった。「こんどあったらつきあってね」と恋の告白をした。そして、季節がめぐり、カテリーナはオーケストラをバックに熱心に合唱していた。その表情は田舎娘に戻ったような純真さだった。
可愛い女の子が大好きな私向きの映画。しかし、お父さんのキャラもしゃれ好きでおちゃめで愛嬌があってちょっと少年じみていてなかなかのものだ。

 

土- 5月 1, 2004

 

昨日デジカメを盗まれてしまったので、ちょっと早起きして新宿のビックカメラへ。実はEOS KISSが欲しかったんだよね。店員さんに「キャノンの他のレンズは使える?」「電池の持ちはいい?」と質問の嵐を投げかけたあと購入し、丸の内線の中で取扱説明書を熟読。しかし、どうやったら映画の画面を写せるのかがわからない。うーん、とうなりながら会場へ。一本目の「カリオストロの帰還」でぱしゃぱしゃ試し撮りをしていたら、観客のおっさんが肩を叩いてくるのでなんだろうと思ったら、腕でバッテンをしている。しかし、フラッシュ焚いてるわけでもなけりゃあでかい音がすることもない。だいたいプレスではいってるんだからいいじゃないの。そこでわたしはおっさんに肩を叩かれないように思い切り下に下がり、またシャッターをぱしゃぱしゃ。でも再生してみると、全然取れてない。あれこれやって1枚だけ写っていたが、どのモードで取ったのか記憶無し。 しかし、観客席を撮ったり、ロビーの様子を撮ったりする分には問題なし。
座談会のときにはお気に入りの俳優ルイジ・ロ・カーショの良いショットを取ろうと苦心。ルイジは椅子に深く腰掛けてふんぞりかえっていたから撮りにくいのなんの。座談会では質問コーナーでじいちゃんが質問でもなんでもない日本論をぶちかまして、司会のひとに「…あの、すいません、質問をしてもらえますかぁ」などと言われていた。イタリア勢はすごくユーモアのあるひとで「じゃあ交換メッセージということにしましょう」と。日本とイタリアの関係を話してくれた。
しかし、座談会を聞いていると、イタリアという国の過去50年間がいかにいろんな歴史的謎に包まれていたかがわかる。闇に隠れたまま埋もれた事件もたくさんあり、それを掘り起こして記憶に皆の記憶に留める役目をするのが映画だ…と。映画祭では上映されなかった「ペッピーノの百歩」(ユーロスペースで5月16日から上映)の話もでた。何度もオーディションを繰り返しても気に入った役者が見つからない…と途方にくれながらあるレストランに入って食事をしていると、同席していた大酒呑みのおやっさんが「うちの甥っ子なら主役張れるぞー」というので半信半疑で連絡を取ってみたらルイジ・ロ・カーショだったというほほえましいエピソードが聞けた。

今日見た映画
「カリオストロの帰還」

パレルモの聖像職人カルメッロとサヴァトーレは枢機卿から映画の作製を依頼される。出来上がった「聖ロザーリアの生涯」はどう見ても駄作。しかし、兄弟はトリナクリア・フィルムという映画社を立ち上げ、メロドラマ、ミュージカル、SFと次々と映画を撮る。喜んでみているのは丸メガネの少年ひとりだけ。ある日、オカルト狂のカンマターラ伯爵がパレルモでもっとも有名な奇人カリオストロを映画化すべく、アメリカからピーノ・グリサンティを監督に招き、ハリウッドからエロール・ダグラスまで呼びつけ映画作りを開始した。しかし、素人たちの映画作りは全くうまくいかず、ダグラスは妻に誓いを立てていた禁酒を破って「こんな映画作りは耐えられない!」と飲んだくれる。結局、カリオストロの映画は完成することなく、枢機卿が保証人になって借りたお金を使い果たしたカルメッロとサルヴァトーレの兄弟はとんずらし、後には泣きそうな顔の銀行員が立ち尽くす。
とにかくくだらなくて大笑いできる映画。実話に基づいているらしいのだが、いかにもイタリアっぽいバカ話だ。少年が後半において語りを務めていくのだが、紙芝居のようにシーンを脇から手でひっぱってきてしかめっつらで語る姿はなんともユーモラス。

「向かいの窓」
鶏肉工場で働くジョバンナは優しい夫と子供に恵まれながらも、いらいらした毎日を送っていた。彼女はお菓子作りが好きで、本当は菓子職人になりたかったのだが、かなわずにきた。ある日、夫とふたりで街を歩いているときに、記憶喪失の初老の男性に会う。お人よしの夫は彼を自宅に預かることに。彼がつぶやいたのは「シモーネ」という言葉。それが彼の名前だと思い、皆シモーネと呼ぶようになった。アルバイトでパブにお菓子をつくって納めているシモーネがいつものようにパブにいくと、向かいの窓でときどき見かける男性ロレンツォが彼女のことを見つめていた。それをきっかけに、ジョバンナは彼を意識するようになる。そのとき警察にシモーネを連れて行こうとしていたジョバンナが車に戻ると彼はいない。ロレンツォとふたりで街を探し回ると、シモーネがとある店のシャッターを叩いていた。もう一度彼を自宅に連れ帰るジョバンナ。シャワーを浴びさせようと服を脱がせると、腕には強制収容所にいた証である刺青が。それを頼りにユダヤ人街を訪ねてみると、シモーネとは彼の恋人の名前であり、彼自身は天才と言われた菓子職人だった。彼の手ほどきで様々なケーキを作ってみるジョバンナ。そのうち「菓子職人になるのは今からでも遅くない」と思うようになる。
ある夜、いつも家の面倒を見てくれているおせっかいおばさんが彼女のロレンツォへの気持ちを察して「一回抱かれて見なさいよ。悪いことは言わないわ。人生の転機になるかもよ」といってくれる。その夜、ジョバンナはドレスアップしてロレンツォの部屋を訪ずれた。ロレンツォは「この唇にキスをしたかったんだ」と激しく抱擁する。ふと、ジョバンナはロレンツォの部屋の窓を開けた。そこには楽しそうに子供をあやす夫とはしゃぐ子供達、そしておばさんが楽しそうに夕餉の後のひと時を過ごしていた。すこし涙ぐむジョバンナ。
ロレンツォが転勤で家を移ることになった。家で悶々としているジョバンナにおばさんは「いま下にいるわよ」と優しく伝える。我慢できなくなったジョバンナは階段を駆け下りて扉を開けると、走り去る車が見えた。
何かに吹っ切れたように、ジョバンナは夫に「私、菓子店で働きたいの。応援して」と思いを告げる。遅い出発だったが、勤め始めて初めて作ったケーキがついに日曜のケーキリストに載った。
今年の映画祭ではちょっと毛色の違ったロマンス映画。質素だが美しいジョバンナ役のジョバンナ・メッゾジョルノの好演に好感を持った。宝石のようなケーキが並ぶシーンは華やかで、幸福感いっぱい。

 

金- 4月 30, 2004

 

きのうは交通の不案内であたふたしたわたし。安井が言いたかったのはどうやら「丸の内線に乗って銀座で降りれば近い」というようなことらしかったのだが、わたしはてっきり丸の内線に「有楽町」という駅があるのかと思っていたのだった。今日は銀座で降りて余裕を持って会場へ。

今日は「輝ける青春」という6時間の大作。すごく面白い。男3人の仲良しグループが大学の試験が終わったあと旅に出ることにしていたのだが、医者希望の男が実習に行った先の精神病院で不思議な少女に出会う。彼は旅行に彼女を連れて行くことにする。海辺で飲み物を飲んだりしてのんびり過ごす彼ら。医者希望の男が女性に「アイス3つ買ってきてよ」といい、彼女はアイスを買いに行くのだが、なぜか店主が渡したお釣りを受け取れない。その様子を見ていた警官が、不審者として彼女を連れ去ってしまい、男3人はそれきり彼女に会えなくなってしまう。
男たちはそれぞれの道を歩み、警察官になるもの、精神科医になるもの、文学者になるものと自身の考える職を持つ。
ある日、警察官の男が精神病院の手入れをしたとき、大勢の縛られた精神患者の中にかつて一緒に旅をした彼女を見つける。「ぼくを覚えているか?」しばらく経って、男の名前を口にする彼女。精神科医の男が彼女の世話をすることになった。しかし、精神科医の男の妻は、理由もなく情緒不安定になっていた。どうやら何かの組織に関係しているらしい。ある夜、妻は真夜中に荷物をまとめて出て行こうとする。それに気が付いた精神科医は「理由を教えてくれ!」と何度も訊ねるが、妻は何も言わない。妻は「赤い旅団」のメンバーだったのだ……。

と、ここまでが前半のお話。半分終わった後、休憩を挟んで観客はその間ロビーで飲み食いするわけだが、煙草を吸ってコーヒーを飲んでいると妙にふらふらする。わたしは病人なので薬を飲もうとカバンを探ると、何も出てこない。出かける前に机にフルセット用意していたのだが、入れるのを忘れたよう。気が付いたら余計ふらふらしてきた。これじゃ、後半はみられない。しかたないのでパンフレットを買い、未練たらたら会場をあとにする。
パンフレットを見ると、その後、精神科医にも危機が迫って、妻が画策をして夫を助けるとある。ああ、後半はスリルいっぱいだったんだろうなあ。残念。
さて、原稿を書こうとカバンに入れたはずのデジカメを探すと、残ったのは電池のみで肝心のデジカメが出てこない。取られたかもしれない……。脱力。映画のシーンをいっぱい取ったのにそれがアップできない。取った人、返しておくれよう。あんなものドンキホーテで安売りしてるってば。

 

木- 4月 29, 2004

 

お昼寝をしていたら宣伝会社・楽舎の和氣さんから電話。「明日インタビューきませんか」とのお誘い。ちょっと急なのであたふたする私。29日にnobodyの黒岩さんに電話して「イタリア映画祭で俳優がくるからインタビューできるんだけど…」と連絡すると、「じゃあイタリア映画祭レポートよろしく」とのこと。29日といえば、初日であります。「カテリーナ、都会へ行く」「トニオの奇跡」「子供たち」の3本見られないのだけれど、とりあえずオープニングナイトへ急行することにした。
わたしは交通に疎いのでだんな(安井豊)に「有楽町ってどうやっていくんだっけ?」ときくと「丸の内線だよ」と即答するのでそれを信じて荻窪から丸の内線に乗り込む。しかし、東京を過ぎても「有楽町」という駅はない。あせって駅員さんに訊くと、なんだかややこしい説明をされたので、東京まで戻って山手線で有楽町へ。5時半の約束だったのに15分も遅れてしまった。会場はマリオンの朝日ホール。さっそく和氣さんに会い、チケットをいただく。遅れてきた私に嫌な顔をせず、にこにこ応対してくれた。ほっ。
朝日ホールといえばけっこうキャパのある小屋だけれど、8割がた席が埋まっていてなかなかの盛況ぶり。フランス映画祭みたいに在日フランス人がどっと押し寄せるのかと懸念したが、イタリア人のお客さんはちらほらいる程度。ひとり、金髪のグラマーさんがいて、あー、イタリア人はかっこいいなあ……などと見惚れる。
オープニングナイトということで、この日は入場するときにパスタ(バリーラのフィットチーネ)を入場者全員にプレゼント。うれしい。場内が暗くなるとイタリア映画振興会のひとやら監督やら俳優さんがぞろぞろ壇上へ。皆、イタリア映画を日本に広めたいと熱心に語っていた。親日家が多いのかな。「ペッピーノの百歩」主演のルイジ・ロ・カーショもいて、なんて素敵なんでしょう、と凝視する私。

この日最後の映画はプーピ・アヴァーティ監督の「心は彼方に」。1920年代のボローニャが舞台のロマンティックコメディ。語学教師、35歳にして純情なネロは、教皇御用達の仕立て屋の息子。「早く嫁を探せ」と家族にせっつかれて少々焦り気味。ローマからボローニャの学校に就任し、周りからいろんな女性を紹介されるも「なんだかなー」という感じ。同居人の彼女の姉に会いに修道院へいくと、盲目の女性たちがぞろぞろ。ためいきをつきながら外に出ようとすると「誰かいるの?」と後ろから美しい声が。昔、彼がこよなく愛していた詩を体現するような金髪美女が立っていた。彼女は事故で視力を失ったばかり。すっかり彼女のとりこになったネロだが、彼女は昔の恋人が忘れられない。しかし、徐々に近づく二人の心。彼女がスイスに治療へいく前夜、ふたりは結ばれるのだが、しばらくして、校長先生が彼に「や。めでたいねえ」と新聞を見せる。なんと最愛の彼女が、視力を取り戻し、主治医と電撃結婚。打ちひしがれてローマに帰り、家業を継ぐことにしたネロだが、教皇の服を届けにいったとき「ちょっとお客さんが縫って欲しいとおっしゃっているんだが」と呼ばれ、部屋のドアをあけると、最愛の彼女が。「背中をひっかけたの。主人が待っているから早く縫ってくれないかしら」という彼女に、ネロは手が震える。別れ際に、幼少期から暗唱していた詩をくちづさむと、彼女は不思議な顔をして、去っていった。ネロはうれしいやらさびしいやらで、修道師たちと一緒に大声で聖歌を大声で歌いながら道を歩く…。
ネリ・マルコーレが不器用でちょっと変わり者のネロを演じているのだが、これがすごくはまり役。かなりくだらない冗談を真面目な顔で何度もいうのだが。これが受けた。全体的にすごく楽しめた映画。ほのぼのしてて気に入りました。
明日は6時間の大作「輝ける青春」を見る予定。最近映画のはしごもしてないので体力が続くかわからないけれど、食べ物と飲み物をたっぷり持参していこう(ピクニックじゃないけどさ)。
ではまた明日。チャオ♪

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