『あとのまつり』瀬田なつき(特集上映「未来の巨匠たち」にて再上映予定) |
『イエローキッド』真利子哲也 |
『夏時間の庭』オリヴィエ・アサイヤス |
『チェンジリング』クリント・イーストウッド |
『四川のうた』ジャ・ジャンクー |
昨年の濱口竜介に続き、今年は東京藝大馬車道校舎のEXPLOSION! もちろん瀬田なつきも真利子哲也もすでにそれなりのキャリアと実力を備えた映画作家だが、ふたりは、新作で確実に才能を開花させている。このことは明らかに「事件」だ。
植草甚一を蝶番にして70年代を回顧しようという試みが目立った。この書物もそのひとつ。旺盛な活動を多方面で繰り広げる大谷能生も晶文社のウェブサイトで植草甚一の綿密な読解を試みていた(晶文社は文芸書出版を止めたが……)。この書物と共に、東京東部──人形町、柳橋、東日本橋──への関心がふたたび高まってきた。
では70年代の音響はどんなものだったのか。少なくともぼくにとってのそれはジャズクラブであり、女性ヴォーカルだった。片岡義男のラジオ番組「きまぐれ飛行船」も含めて、その中心には安田南がいた。1978年に突然消息を絶った安田南について、2009年初めに森山大道氏に消息をうかがったところ、鬼籍に入ったということだった。しかしCDになった再発した彼女のヴァーカルは、当時の音響をライヴで伝えてくれている。
12月28日の昼過ぎに、日本橋・高島屋裏にひっそりとあるこの寿司屋の暖簾を息子とくぐった。暮れの高島屋の買い物客とはちがう人々がそこにはいた。今年は今日で終わり?──いや、明日もやってますよ──じゃ、また来ようかな──とりあえず。良いお年を! ぼくらは掃除の行き届いた白木のカウンターで昼食セットをほおばった。そして最後に名物のあさりを握ってもらった。次の年の〆もここの寿司を食べたいと思った。
デパート建築の傑作が日本橋高島屋なら、伝統的なホテル建築は伊豆の川奈ホテルだろう。設計はどちらも高橋貞太郎。彼は焼ける前の赤倉観光ホテル、改築前の上高地帝国ホテルも手がけている。ここはもっぱらゴルフコースで有名だが、ホテルも景色も広大な前庭にあるプールもいい。そして、何よりも驚いたのは天井の高いロビーに設えられたキャットウォークの一部に16ミリ映写機があったことだ。かつて映画会を催したのだろう。
グアルディオラ指揮するバルサは本当にすごい。チャビ、イニエスタ等カンテラ育ち選手を中心に、金で高額選手を買い漁る編成型のチームを次々に下して世界に昇りつめた。「フットボールはスタイルだ!」。スタイルが希薄化するグローバル化がもっとも進んでいるフットボールの世界にあって、スタイルを持つチームがその最高峰に達したことは嬉しい。
1. | 『グラン・トリノ』クリント・イーストウッド |
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2. | 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』デヴィッド・フィンチャー |
3. | 『サブウェイ123 激突』トニー・スコット |
4. | 『ランニング・オン・エンプティ』佐向大 |
5. | 『イングロリアス・バスターズ』クエンティン・タランティーノ |
他には『あとのまつり』、『イエローキッド』、『スペル』、『3時10分、決断のとき』などを。
未だに大掃除ができていない部屋に積んである本のなかから、2009年に読んだことを忘れないように読書本あれこれ
多ジャンルにわたって縦横無尽に駆け巡る本書のダイナミズムに感服。後半戦が待ち遠しい。
この本の関連ではじめて見た『喜劇 家族同盟』の素晴らしさが忘れられません。
文庫化されたおかげで、単行本版が物質的にでかすぎてなかなか読まずにいたのをついに克服。しかしメルヴィル特集の矢作俊彦トークショーでも密かにカバンに忍ばせていた『犬なら普通のこと』はまだ読み途中。
久生十蘭は名前も格好良いが、本のタイトルも格好良い。今年こそは近年刊行中の全集を図書館に注文し忘れないようにしたい。
『あとのまつり』瀬田なつき |
『スタートレック』J.J.エイブラムス |
『レイチェルの結婚』ジョナサン・デミ |
『ヴァンサンは牧場にロバを入れる』ピエール・ズッカ |
『国道20号線』富田克也(爆音上映) |
例年と趣向を変えて長編短編新作旧作関係なく、2009年にスクリーンで見た映画を思い出す中で頭に浮かんだ5本をそのまま。新作→旧作の並びで見た順番に。ただしイーストウッド『チェンジリング』&『グラン・トリノ』は別の映画と並べるという気分になれず、ホン・サンス、スコリモフスキ、ロメールらの作品は08年に見てしまっていたため外している。 ところで2009年はオリヴィエ・アサイヤスの『クリーン』が正式に劇場公開された年だった。この作品を再びプリントで見ることができて本当に嬉しかった。配給に尽力した高校以来の友人S君に、改めてありがとうと伝えたい。
いずれも作曲/演奏/録音の境界を揺蕩う音楽として。
そしてここに、2010年1月9日、ヨコハマ・クリエイティヴシティ・センターにてヴィデオ上映された次の演奏を加えておきたい。ひとりでも多くの人が、この驚嘆すべき演奏に出会えることを願ってやまない。
『ブロークン・イングリッシュ』ゾエ・カサヴェテス |
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』デヴィッド・フィンチャー |
『リミッツ・オブ・コントロール』ジム・ジャームッシュ |
『The Anchorage』C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム |
『Le Petit Chaperon rouge』青山真治 |
ブリタニー・マーフィ追悼です。『私の婚活恋愛術』という、殺意を覚えるほど最低なタイトルを付けられたDVDスルー作品は、しかしとても良い作品なので、ぜひご覧になってみてください。
1. | 『リミッツ・オブ・コントロール』ジム・ジャームッシュ |
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2. | 『アニエスの浜辺』アニエス・ヴァルダ |
3. | 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』デヴィッド・フィンチャー |
4. | 『レイチェルの結婚』ジョナサン・デミ |
5. | 『TOCHKA』松村浩行 |
生前のロスコの希望に極力近づけるかたちで展示されたというシーグラム壁画は涙が出るほど素晴らしかった。
那須高原で二日間に渡って行われたイベントの最後に行われた阿部海太郎さんによる演奏会。疲労と眠気と音楽とが三位一体となった緩やかな心地よい揺れが会場中に漂っていました。
本誌31号でインタビューをさせてもらったアートディレクター松本弦人さんによるエディトリアル・デザインはほんとうに新しかった。
竹尾が毎年開催しているペーパーショウ。昨年は各界で活躍する27名の「SUPER HEADS'」が紙の未来を語り尽くすというコンセプトで開催された。本書はその講演内容を一冊に凝縮したもの。ここ何年かはたんなる展示即売会のようだった竹尾ペーパーショウに対して、原研哉が軌道修正を加えたようにも見える。
知り合いのグラフィックデザイナーに連れて行ってもらって以来、病み付きになってしまったタイ料理店。メニューに載っているものすべてが美味しい。
『グラン・トリノ』クリント・イーストウッド |
『夏時間の庭』オリヴィエ・アサイヤス |
『あとのまつり』瀬田なつき |
『アニエスの浜辺』アニエス・ヴァルダ |
『イングロリアス・バスター』クエンティン・タランティーノ |
見た順。地獄から響く歌声、静寂切り裂くバイクの排気音、未来の少女のモノローグ、天真爛漫老女のつぶやき、ヤンキーのしゃくれ声が耳にこびりつく。
JOJO広重:vocal、JUNKO:voice、T・美川:electronic sound、コサカイフミオ:electronic sound、津山篤:bass、東洋之:synthesizer、志村浩二:drums、河端一:guitar Acid Mothers Templeと非常階段のオールスター特別ユニット。狭いステージが怪しげなおじさんと機材で溢れ返り、信じられないくらい楽しくグッとくるライブだった。ギターが5本折れた。
35分一曲。音楽とバンドの誕生を描いた一大ダンス叙事詩。傑作。
1. | 『チェンジリング』クリント・イーストウッド |
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2. | 『アストレとセラドン 我が至上の愛』エリック・ロメール |
3. | 『アンナと過ごした4日間』イエジー・スコリモフスキ |
4. | 『The Anchorage』C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム |
5. | 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』デヴィッド・フィンチャー |
イメージを殺害しない/させない映画を選んだ。よって『グラン・トリノ』『リミッツ・オブ・コントロール』『イングロリアス・バスターズ』『サブウェイ123 激突』は外した。
普通のイメージと普通のイメージ。つながらないふたつをつなげること。
『男と女の不都合な真実』ロバート・ルケティック |
『リミッツ・オブ・コントロール』ジム・ジャームッシュ |
『母なる証明』ポン・ジュノ |
『Disney’sクリスマス・キャロル』ロバート・ゼメキス |
『アバター』ジェームズ・キャメロン |
良い映画の上位5本ではなく、自分の中で2009年を代表すると思う映画を見た順に5本選んだ。『アバター』は2009年ということだけでなくディケイドの終わりを飾るのにも相応しい映画だと思う。新作映画以外ということでは、シネマヴェーラ渋谷のプログラムが例年にも増してすばらしかったことを付け加えておきたい。
本に関してはそのほとんどが2009年と関係がない。ただ今年に遅れながらも出会い、その固有名を発見したということでご容赦いただければ。今年は他の著作も含めてここに並んだ人たちの本ばかり読んでいた。親子丼に代表されるひとつのものに固執する途轍もないその執念を、エンターテインメントだからこそ必要とされる膨大なその知識を、未知の乗りものにとりあえず向かってみようというその好奇心を、まるで肉体と肉体とがぶつかる軋みが聞こえるかのような文体にまで至ってしまったその熱を、とにかくひたすら記述することで試みられるその接近の姿勢を、2009年に学べたことは喜ばしきことだと思いたい。