報告:小出豊・佐藤央
万田邦敏監督の25年に及ぶ批評活動を集成した『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』(港の人)の刊行を記念した上映イベントが11月5〜7日の3日間、アテネフランセ文化センターで開催される。それに伴いせっかくだから撮りおろしの新作上映も兼ねようと提案された企画が万田さん始め、昨年の「桃祭り」に参加した粟津慶子、長島良江、矢部真弓の女性監督3人、そしてわれわれ小出豊と佐藤央の計6人の監督によるオムニバス映画『葉子の結婚』である。
万田さん以外のわれわれ5人は映画美学校の第六期フィクション高等科の同門であり、そのような繋がりで今回万田さんの初批評集の刊行を祝う上映会への参加を呼びかけられたのだろう。万田さんから企画の参加を呼びかけるメールが各人に届いたのが2009年7月29日未明であり、8月2日の夜には東京駅のさる飲み屋にて企画の概要が決定された(小出さんは所用で不参加)。
オムニバス映画『葉子の結婚』の内容をざっと説明すると、主人公佐々木葉子と渡辺拓也の日曜に迫った結婚に参加する親族・友人らの悲喜こもごもを、各監督が月曜から土曜日までの各一日を担当する。それらは例えば「水曜日・新婦の友人」といった具合にエピソードが語られていき、土曜日は翌日に結婚式を上げる葉子と拓也本人たちのエピソードへと流れ込んで行く。土曜日のエピソードは万田さんが監督する。日曜日の結婚式は字幕にて示される(この字幕内容は万田さんが作成する)。ということだった。
土曜日以外の担当は厳正なるくじ引きで決定され、月曜・長島、火曜・佐藤、水曜・小出、木曜・粟津、金曜・矢部という並びに決まった(この並びは、その後各人がシナリオやプロットを提出した結果、月曜・小出、火曜・粟津、水曜・佐藤、木曜・長島、金曜・矢部という並びに変更された)。
他の5人のシナリオの流れを組んで、もはやジャン=マリー・ストローブとダニエル・ユイレに並ぶ夫婦共作の映画作家となりつつある万田さんと奥さんの珠実さん共作によるシナリオ第一稿が上がったのが10月6日の深夜。わたしは送られてきたシナリオのクレジットに「脚本 万田邦敏・珠実」という名を認めた時、「これは本気だ」となにやらわけのわからぬ高まりを覚えたことは今も忘れない。さっそくシナリオを読むと、それは静寂が恐怖を呼び起こす1970年代のヨーロッピアンホラーを感じさせる(わたしはなぜだかイェジー・スコリモフスキ『シャウト』を思い起こしたが、これは何かの間違いであろう)、読むものを幻惑させる複雑な語り口をもったシナリオだった。
珠実さんが出したネタと、以前に高橋洋さんと万田さんが一緒に書いていた脚本のネタでつくられたものだそうです。ふたつのネタをひとつにまとめることなく、ふたつのままぶつけるというのが万田夫妻の短編でのやりようかと思います。『lunch time』(そういえば『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』巻末の万田邦敏監督作品紹介にはこの作品が欠落していました)も同じような構成だったと思います。
撮影は10月24、25日の二日間。京王線沿いにある万田さんのご自宅にて行われた。10月24日。間抜けなことに午前8時の集合に5分ほど遅れてしまったわたしは、「なんでおまえはこんな時に遅れてくるんだ」と憮然とした表情の小出さんに連れられ、懸命に話題を変える努力を行いながら多摩川沿いにあるマンションへと慌てて向かったのだが、その道すがら初めてスタッフが万田さんと私たちのみの3人ということを知り、わたしはおもむろに焦った。美学校の現役生ら若者たちがメインスタッフで働いているものだとすっかり思い込んでいたのであった。そう、監督兼カメラマンの万田さんと録音部、あとは助監督の3人で撮影を行うのが万田さんの自主映画スタイルなのだ。
お宅訪問ということなので、付言すると万田さんのご自宅は川沿いにあり、窓からそれが一望できる。大きなTVがある。ベランダの撮影では録音状況が悪かったので、二日目の撮影終了後、その大画面に映像を出してアフレコをした。一日目に撮影したものが既に編集されていた。出演者が早口にしゃべっていたことを反省していた。現場で早口に気付きにくいとも言っていた。とかく現場は忙しい、スタッフのあたふたが俳優さんの口を早くしてしまうのかもしれない。
現場で時間が押している時にテイクを重ねると、俳優たちがセリフの言い回しに慣れてきたり、または、俳優の気が焦ったりセリフが早口になることがある。現場の雰囲気というものは俳優に伝達しやすいものであり、そんな雰囲気を察知して現場の空気を落ち着けることはとても重要なことだ。
お宅訪問に戻ると、その大きなテレビの横にはアップライトピアノがあり、一枚の写真が飾られていた。その写真には万田さんの娘さんと万田さんのお父さんと思われる方が楽しげにピアノを弾いている姿が写っている。お昼のとき、小出さんとふたりでその写真を見ながら「オリヴェイラに似ていますね」「蓮實さんに似ているんじゃないかな」などと意味のない会話をした。どちらに似ているかは果たしてさておき、それはとてもいい写真だった。
つまり、オリヴェイラさんと蓮實さんが似ているということになります。しかし、よくよく考えてみると万田さんのお父さんはそのどちらにも似ていない。いや、よく考えなくても似ていない。人は万田さんの前でついつまらない話しをしてしまい恥ずかしい思いをする。万田さんとの沈黙に耐えられず、うかつに適当な話題を持ち出す。すると万田さんに軽く流される。いや、わたしもこんな話題を持ち出そうとは思っていなかった。しかし、この沈黙に耐えきれず、うかつについ……。と、後悔と恥じらいが残る。恥ずかしゼミナールの講師は、人に「恥ずかし」さをよく体験させる。
『接吻』のスクリプターなど、商業・自主の垣根を問わず、ここ数年の万田組の多くに参加している小出さんと違い、2004年に美学校のコラボレーション企画として撮影された『う・み・め』以来5年ぶりの万田組参加のわたしは、余計なことはせず、まずは万田さんと小出さんの息の合った動きを注視しながらこの現場での自分の在り方を探ることにした。
撮影現場である万田さんのご自宅に入ると、リビングでは奥さんであり脚本家である珠実さんがソファに座っておられ、万田さんの姿を探るとレースのカーテンから透けて見えるベランダにおられた。万田さんは、すでにセッティングを終えた現場で俳優の動きのシミュレーションをされている様だった。
今作の主演者である葉子役の森田亜紀さんと拓也役の万田祐介さん(万田さんの甥っ子である)、珠実さんに挨拶を済ませるとわたしたちはベランダへと向かい、複雑な語りを持つ本作の現在時制にあたるベランダでの葉子と拓也の最初のシーンの撮影準備に入った。このとき、万田さんから渡された謎の棒マイクを受け取ってしまったことにより、本作で小出さんは録音部デビューを果たすことになる。
録音部もなくカメラマイクを使用しての撮影と思っていたが、現場についたら金属の棒に小さなマイクがつけられていた。お風呂からとってきた棒と万田さんは仰っていたが、1mほどの細い鉄パイプを万田さんはお風呂でどのように使用しているのか謎だ。タオル掛けには長すぎると思う。初めてだが、攻めてやろうと意気込んだ。結果いくつかのカットに映り込んでしまった。
ベランダで男女がずっと手を握りあったままうろちょろする不自由そうな動きは変だった。愛の手錠につながれた男女と見受けられた。ふたりの愛が少し恐かった。愛というのは強すぎると相手を滅ぼしてしまうものだと万田さんの作品を見ていつも勝手に思う。
俳優さんには、大きなリアクションを小さくするようお願いしていた。頭ごなしに大きな芝居を抜くよう指示する人もいるが、万田さんは、シーン中の出来事は他人から見ると非日常であるが、登場人物にとってはいつもと変わらぬ日常の中で行われていることだと伝えた。俳優さんのリアクションががらっと変わった。