対談:真利子哲也×宮﨑将
「なんでもない」風景の先に

――この『NINFUNI』の配給・公開が決まったのはいつ頃だったんでしょうか?

真利子ロカルノ国際映画祭に出品されたあとだったので、「CALF夏の短編祭」(2011年9月3日~9日@ユーロスペース)で上映された前後にいただいた話だったと思います。過去の短編作品との併映も考えましたが、最終的にはこの中編の一本勝負で上映することに決めました。

――ロカルノ国際映画祭で上映された際、海外の観客たちの反応はいかがでしたか?

真利子ロカルノの観客たちの反応はとても良かったですよ。2回目に『NINIFUNI』が上映されたときは満席でした。一緒にロカルノに行っていた『サウダーヂ』(11、富田克也)の上映イベントのときに、田ちゃん(田我流)がフリースタイルを披露したライブ会場でも、いろいろな人たちに声をかけてもらいました。ももいろクローバーのようなアイドルグループは日本特有の存在だったので、それが海外でどう受け取られるのかが心配だったんですけど、とくに違和感なく見てもらえたようでした。

――宮﨑さんは、『NINIFUNI』を初めて見たときの印象はどうでしたか?

宮﨑良い意味で「よくわからないな」というのが感想でした。素直によくわからない映画。脚本を読んだ段階でもまったくわからなかったんですけど、ただ何か面白そうだなとは漠然と思っていましたね。

――この映画の主人公である田中という役を演じるにあたって、役柄を掴むための「とっかかり」のようなものはどういうところにあったんでしょう?

宮﨑まず台本を読んでから真利子監督と初めて会ったんですが、そのときに監督が考えていることと自分が台本から感じた田中という人物像が、かなり近いということを確認できたんです。だから何かを無理にやろうとはしないで、ぼくと真利子監督が持っている近い印象をロケ地を巡って確認しながら、少しずつ固めていくような流れでした。それによって明確に役柄が固まったわけではないんですけど、モヤモヤしているところが現地で少なからず消化できたんです。

――この映画の前半のほとんどはその田中がうろうろと歩き回っているだけですよね。ただ「歩いている」映像だけで映画を成立させることもかなり難しいと思うんですけど、真利子監督は現場では宮﨑さんにどういうことを伝えていたんでしょう?「とりあえず歩き回ってくれ」とか?

真利子うーん……。宮﨑さん、憶えています?

宮﨑少なくとも「とりあえず歩き回ってくれ」とは言われてないですよ(笑)。「ここを歩いて、あっちに向かってくれ」と、具体的な指示はいろいろありました。でも画面で見てみると、その目的地があまり映っていないんですよね。最初はパチンコ屋に行っているシーンとかもありますけど、外を歩いている場面にはそのパチンコ屋が映っていないから、結局この男が何をしているかがわからない。

真利子一応、撮影のときに話しておいたのは、何かの意味がすぐにわかってしまうような行動は止めようということでした。こちらが何かを意味ありげに撮ることも含めて、そういうあからさまな意図は極力削いでいこうと。それだけに、ただ歩いているだけの「なんでもない」風景を撮るのがすごく難しかったです。

©ジャンゴフィルム、真利子哲也

――歩き回る以外にも、宮﨑さん演じる田中が何かを「見ている」場面がいくつかありました。とくに車の中から木を見つめる場面は、脚本ですでに書いてあったんでしょうか?あそこで唐突に主観ショットが入ってくるので、とても不思議に思えたんです。

真利子それは最初から脚本に書いてありました。そう言われると、たしかに奇妙ですよね。車の中から木を見る場面は、あの場所で撮ったことで、ゆらゆらと揺れる木の影がフロントガラスに映り込んだりして、とても良いシーンになったかなとは思っています。

宮﨑ぼくもあのシーンは、木をじっと見ていたわけではなくて、ただそこにあるものを「ふと見る」感じだったと思います。ただそこにそれがあったから、というような。

――この映画でもうひとつ印象深いのが、宮﨑さんが浜辺を歩くシーンです。ザッザッと足音が聞こえてくるようでした。

真利子あのシーンは事前のシナハンのときに宮﨑君がひとりで浜辺を歩いていたら「足跡が残ること」がすごく印象にある、というような話をしたので、じゃあそれを撮ってみようと。それで撮ったシーンなんです。

宮﨑でも、実際に撮ってみると足跡が全然上手くつかない(笑)。しかも何回もテイクを重ねる時間がなくて、「足跡つかないなあ」と思いながら歩いていた場面ですね。まあそんなことを頑張っちゃダメなんですが、とはいえちょっとは気にしながら歩いていました。

――あのシーンは夕暮れ時での撮影ですごく良いカットになっていたんですが、この映画を見ていると、だんだんと陽が傾いていくので時間の流れが自然とわかってくるんです。撮影する時間帯はかなり厳密に狙っていたんでしょうか?

真利子そうなんです。そのあたりは助監督にもかなり注意されました。夕暮れの時間を撮る「スカイ」ショット狙いが多かったんですが、それはやっぱり時間の経過を出したかったからなんです。短い日数で出来る限りこの「スカイ」を撮ろうとしたんですけど、同じ日没の時間帯にふたつのシーンを撮らなくてはいけなかった箇所もあって、それだけに撮影はかなり忙しくなりました。

――宮﨑さんの演技に関して真利子監督からはどういったことを言われていたんでしょう?

宮﨑実はあんまり憶えていないんですよ。真利子監督はたぶん大切なことは話しているはずなんですけど、そういうことをさり気なく言ってくれているので、ぼくの中で自然と消化されているから憶えていないのかもしれない。

真利子上手いこと言ったね(笑)。田中の歩き方に関しては、宮﨑さんのお芝居とか関係なしに事前に話し合っておきましたけど、感情面の話とかは現場ではとくに話してなかったんですよ。

――たとえば車の中で宮﨑さんが悩む姿が、ずっとワンカットで撮られているシーンがありますよね。すごく強烈でした。

宮﨑あの場面の準備中に、人が一線を越えるときってどういう感じなんだろうなとひとりで考えていたところを、真利子監督から「そのままでいいよ」と言われたんです。

真利子宮﨑さんが車の中で悩んでいる姿がすごく良かったんですよ。それまで何を考えているのかわからなかった男が、ここにきて何かを考え始めているというのが新鮮に見えたので。はじめはストイックにすべて無感情なままで撮ろうと思っていたんですけど、ここはこれで撮ったほうが良いなと。

――もともとこの映画の出発点は、監督が実際の事件から着想されて頭の中で思い描いたひとつの画だったということですが、その話は宮﨑さんにはどのように伝えていたんでしょう?

真利子とりあえず、そういうひとつの画を撮りたいと伝えたというよりも、そこに至るまでの流れを伝えたと思います。

宮﨑そうそう。でもその撮りたかった画のシーンは、実はぼくはあんまり関係なかったんですけどね(笑)。ももいろクローバーが踊っているのを遠目で見ているだけで……。

真利子実は映画では使われていないのですが、ももクロのメンバーのひとりが宮﨑さんの存在に気付くシーンも撮っていたんですよ。そのシーンの宮﨑さんは特殊メイクをばっちりしてもらって。ももクロのメンバーは撮影のときにそういうメイクを宮﨑さんがしていると思っていなかったから、本当に驚いている反応が撮れたんです。でも結局それは使わなくて。宮﨑さんとももクロが絡んだのはそれくらいでしたよね?

宮﨑それを撮ったあと、他のももクロのメンバーのもとに戻った彼女が、「怖かった〜!」って叫んでいるのが遠くから聞こえてきて、車の中でひとり複雑な気持ちにちょっとなりました。なのに特殊メイクはあんまり映っていない(笑)。

真利子あれは言い訳をさせてもらうと、撮った時間が早朝だったから朝日の光がとにかくすごくて! どこにカメラを置いても画面にカメラの姿や影が映りこんでしまうんですよ。だからあの位置からしか撮れなかったんです。せっかくの特殊メイクだったんですけどね(笑)。

――『NINIFUNI』のラストカットは、レッカー車が国道を走っていくカットで終わります。あのカット自体とても異様に見えるんですが、あそこで映画が終わることがすごく不思議でした。

真利子本当は全然違う終わり方を考えていたんです。脚本上では波の画で終わることになっていた。でもそのカットが時間の都合などで満足に撮れなかったので、プロデューサーと話し合って最終的にはカットすることになり、ああいう終わり方になったんです。今から見ればあの終わり方で本当に良かったと思います。あそこでブツッと終わったことで、それに続くエンドロールで流れるももクロの「行くぜっ!怪盗少女」の印象も大分変わったので。

宮﨑この映画を撮影する前にロケ地の国道を監督と一日かけて回ったんですが、そのときに監督から「国道の音がすごいよ」と言われていたんです。実際に行ってみるとたしかに音がすごかった。それにどこか寂しい印象を受ける場所で。実際にそういう場所に行ってみると、脚本に書いてあるような人物になれそうな気がしてくるんですよ。

真利子そういうことを宮﨑さんが感じていたというのを聞いて、一緒に行って良かったなと改めて思います。ぼくも宮﨑さんも東京出身なので、ぼくが地方や郊外の国道を見たときに受けた印象に近い気持ちで今回は演じてもらうことができたのかなと思います。

――実際に現場に行って、そこから受け取った印象で曖昧だった人物像が見えてくる。それは面白いですね。

真利子地方出身のスタッフたちに聞いてみると、やっぱりこういう風景は普通なんですよね。大して珍しくない。でもぼくからすれば、それが全然普通に見えないので興味深く思えました。

――ちなみに公開されるバージョンは音を編集し直したものだと聞きました。

真利子そうなんです。以前、他の方の中編作品とオムニバス形式で公開されたものを、画や尺は変えていませんが整音をし直しました。これ一本で上映するためにベストの状態にしたつもりです。整音し直した箇所は、見比べたらわかるかもしれないですが、自分でもわからないくらいのレベルの話です。音を付け加えたというより、音を消したりして。たとえば車内のシーンでは、前回のバージョンでは波の音が聞こえていたんですけど、今回は男に意識を集中させるためにその音を消しました。そのうえでこの映画に適したレベルで上映します。『NINIFUNI』は画のつなぎも音も、かなりザクザクと切り貼りしているんですが、そっちのほうが現実にぼくたちが感じる感覚に近いんじゃないかと思うんですよ。繊細に音作りをするよりも、そっちのほうが逆に音の印象が強くなると思ったので。公開に向けて録音の高田伸也さんが本当にしっかりと調整してくれたので、音にも注目して見てもらえると嬉しいです。

――最近は同じくユーロスペースで公開されていた『サウダーヂ』が観客動員もとても良かったようなので、『NINIFUNI』もその勢いに続いて成功したらと思っています。

真利子『NINIFUNI』と『サウダーヂ』は同じことをしているわけではないけれども、何か同じようなものを志した映画なのかなと自分としては思います。今回の上映では興行的な成功というよりかは、『サウダーヂ』に続いて、日本映画に何か爪痕が残せたらなと思いますね。

宮﨑この『NINIFUNI』は見る人それぞれで感じることがまったく違う映画だと思います。何の先入観もなしに観客のそれぞれが勝手に意味を見出しながら見てもらえれば嬉しいよね。

真利子そうなんです。なので、ももクロのファンでも宮﨑将のファンでも、ひとりひとりが何の目的もなくこの映画を見てもらうのが一番だと思います。n

真利子哲也(まりこ・てつや)

1981年東京生まれ。法政大学在学中から8ミリを愛好し、個人映画に感銘を受けつつ映画制作を開始。2003年『極東のマンション』で13の映画祭から招待され、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリなどを受賞し、注目を集める。翌年の短編『マリコ三十騎』では、世界でもっとも歴史のあるオーバーハウゼン国際短編映画祭の映画祭賞を受賞。その後、冨永昌敬監督、松尾スズキ監督らのメイキング・ディレクターを担当しつつ、短編・中編を制作。2007年に東京芸術大学大学院映像研究科に入学。修了作品『イエローキッド』(10)はロードショー公開され、国内外16の映画祭でも上映された。今作『NINIFUNI』は2011年ロカルノ国際映画祭で招待上映されて話題を呼んだ。

宮﨑将(みやざき・まさる)

1983年東京生まれ。『EUREKA ユリイカ』(00、青山真治)に出演し、大きな注目を集める。その後もTVドラマ、映画を中心に活躍。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』では、第25回高崎映画祭の最優秀助演男優賞を受賞。主な映画出演作に『世界の中心で、愛を叫ぶ』(04、行定勲)、『トーリ』(「心の刀」パート)(04、浅野忠信)、『初恋』(06、堤幸成)、『ゲゲゲの女房』(10、鈴木卓爾)など。

取材・構成:高木佑介 松井宏
写真:神山靖弘