特集『SUPER HAPPY FOREVER』

©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

 たとえば亡くなった人について想うとき、それはとてつもなく哀しく、苦しいものだ。その辛さは愛していた人であればあるほどいっそう強くなるのだが、『SUPER HAPPY FOREVER』は亡くなった人のいない現在と、亡くなった人との過去とを彷徨する。ただしそこで語られることは、在りし日について想いを巡らし、またこれから始まるささやかな未来へのイメージだけに留まらない。まるでふたつの時制は、寄せては返す波のように離れては近づき、それぞれに流れる時間やできごと、モノ、そしてロケーションそのものを私たちに提示する。そのことで訪れる、けっして年月だけでは言い表すことのできない「とっておきの永遠」。そう呼ぶにふさわしい彼/彼女たちの時間が、『SUPER HAPPY FOREVER』にはそこたしかに宿っている。
 第81回ヴェネチア国際映画祭「ヴェニス・デイズ」部門にて日本映画初のオープニングを飾り、数多の海外映画祭を渡った本作が、遠くの海を越えて私たちの元へと還って来る。本誌では日本での公開に合わせ、監督インタビューと二つの論考を交えた特集をお届けする。

『SUPER HAPPY FOREVER』五十嵐耕平監督インタビュー

Somewhere, Beyond the Sea

取材・構成・写真:隈元博樹
協力:結城秀勇
2024年8月21日、築地

過去と現在をつなぐために

——本作は主人公の佐野が妻の凪を亡くしたばかりの2023年8月19日という現在(以下、「第一部」)と、佐野と凪が初めて出会った2018年8月18日の過去(以下、「第二部」)、それからラスト(以下、「第三部」)を交えた物語です。そもそもなぜこのような構成にしたのでしょうか。

五十嵐耕平(以下、五十嵐) 映画に映っているものはすべて過去であり当然終わってしまっている。なのに、スクリーンに映ればそれが今目の前で起こっていることのような感覚を覚えます。それが映画の面白さのひとつだと思いますし、映画の「能力」みたいなものを感じます。だからこの物語を語る時は、すでに亡くなってしまっている人やモノたちがあるんだけど、それが蘇ってきたような感覚、目の前で生き生きと生命感が溢れるように感じられることを目指したかった。そのことがこの構成にした大きな理由のひとつです。

——そうした過去と現在をつなぐものとして、ボビー・ダーリンの「Beyond the Sea」、ホテルの扉に挟まれたハイライト・メンソールのタバコ、佐野が凪へプレゼントした赤い帽子などが登場します。これらの存在も映画の能力のひとつなのでしょうか。

五十嵐 物質的なことやアクションを取り込まなければ、すごく感傷的で内的な映画になるなとは思っていました。だからそれらを使って内側に留まりつつあるものを外側に持ち出し、変形して見せていくことで物語を語っていく。そういった形式にしていけば、この映画の雰囲気もそれほど感傷的にならず、どこかカラっというか即物的な感覚と一体化していけるなと思いました。大切な人が亡くなったり、モノをなくしたりして落ち込んでしまえば、どうしても人間の内側の問題にフォーカスしていかざるを得なくなってしまう。だけど映画は、それらを作劇の上で外に出してみることができる。それも映画の能力だと思いますね。

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五十嵐耕平(いがらし・こうへい)

1983年、静岡県生まれ。東京造形大学在学中に制作した初長編映画『夜来風雨の声』(2008)が、シネマ・デジタル・ソウル2008にて韓国批評家賞を受賞。その後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻の修了作品『息を殺して』(2014)が第67回ロカルノ国際映画祭新鋭監督コンペティション部門に正式出品され、高い評価を得る。日仏合作でダミアン・マニヴェルとの共同監督作『泳ぎすぎた夜』(2017)は第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門、第65回サン・セバスチャン国際映画祭など国内外の映画祭に正式出品され、日本やフランスをはじめ各国で上映された。『SUPER HAPPY FOREVER』の基となった短編映画『水魚之交』は2023年、第71回サン・セバスチャン国際映画祭でプレミア上映されている。

9月27日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次上映中

公式サイト:https://shf2024.com/
公式X:https://twitter.com/SHF2024_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/shf2024.movie


『SUPER HAPPY FOREVER』
2024年/⽇本=フランス/94分/アメリカン・ヴィスタ
監督:五十嵐耕平
脚本:五十嵐耕平、久保寺晃一
プロデューサー:大木真琴、江本優作
共同プロデューサー:マルタン・ベルティエ、ダミアン・マニヴェル
ラインプロデューサー:上田真之
撮影:髙橋航
編集:大川景子、五十嵐耕平、ダミアン・マニヴェル
音楽:櫻木大悟(D.A.N.)
出演:佐野弘樹、宮田佳典、山本奈衣瑠、ホアン・ヌ・クイン、笠島智、海沼未羽、⾜立智充、影山祐⼦、矢嶋俊作 ほか
配給:コピアポア・フィルム

「Lost and Found」松田春樹

©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

 果てない海と空。幾重にも重なった青色が画面一面に広がるファーストショット。続く場面では、その多層的な青色がホテルの窓枠に縁取られ、二人の男が部屋から窓枠を見つめている。ここでカメラは、二人の男を背後から捉えており、一人はベッドに腰掛け、もう一人は窓の傍に立っている。続いて、ショットは腰掛けている男の背中のクロースアップとなり、Tシャツの背には異なるフォントで大小二重にデザインされたUMBROのロゴが浮かび上がる。海の方に身体を向けているその男は、しかしこちらからは背中しか見えないので、海を望んでいるのかいないのか、まだわからない。立っている男が部屋から出て行ったあと、ようやくカメラは腰掛けている男の横顔を映しだす。男は立ち上がり、テーブルの上にあるものを掴みとろうとするのだが、このときの蜘蛛みたいな手の動きがやけに印象に残る。夢から醒めたときのような、現実の肌触りをそっとたしかめるような、そんな動きに見える。

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「見えない顔は常に」池田百花

©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

 窓の外に海が広がるホテルの一室。カメラは、白い光が差し込むこの部屋でベッドに腰掛けて外を眺めるTシャツを着た男の背中をとらえている。そして、彼と一緒にこの部屋にいる浴衣姿の男がフレームインすると、画面に背を向けた男のほうを振り向いて声をかけるこの浴衣の男の顔が先に映り、彼が間もなくフレームアウトして部屋から出て行く音が聞こえてようやくTシャツの男の横顔が映し出される。うつむいてどこか上の空の彼の顔はその後もしばらくはっきりとらえられないまま、ふたりの男がこの海辺のホテルにやって来た理由が徐々に明らかになっていく。ここで最初に登場する佐野という男性は、5年前にこのホテルで出会ってその後結婚した凪という女性を亡くしたばかりで、当時彼女がなくしてしまった赤い帽子を探しに来たのだった。こうして、同じ場所を舞台に、凪がいない現在と、彼女と佐野が出会った過去というふたつの時間軸が交差しながら物語は展開していくのだが、そのなかでこの冒頭の背中のイメージに繰り返し引き戻されることになる。

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