『タンジェリン』ショーン・ベイカー監督インタビュー

社会的な問題をマクロのレベルではなく一個人の物語を通して描くこと

クリスマス・イヴの日、ハリウッドの裏通りで売春婦をしているふたりのトランスジェンダーの1日を全編iPhone5Sで撮影した『タンジェリン』は、2015年、アメリカン・インディペンデント映画界で最も旋風を巻き起こした一作だと言っていいだろう。D.I.Y.精神に溢れる米インディーズ界の気鋭ショーン・ベイカーは、シネスコで撮ることを可能にするアナモフィックレンズをiPhone5Sに装着し、さらに動画撮影アプリ「FiLMiC Pro」を使用することで映画的な質感とクオリティを持った作品をつくり上げたのである。
ベイカーは常にアウトサイダーの立場/視点から、不法移民やセクシャル・マイノリティ、セックスワーカー、あるいは身寄りのない老人やホームレスの子どもなどマイノリティに関心を寄せる。『タンジェリン』では、ハリウッド映画がまるで存在しないかのように扱ってきたロサンゼルスの姿──クィアな人々やセックスワーカーたちが生活しているエリアへ赴き、実際に出会ったその世界の住人をコラボレーターとして迎え入れることで、リスペクトと責任を持って語るべき物語を見出した。この映画を通して、私たちが知ることのなかった彼女たちのリアルな声や感情に触れることができるのは、彼の外部から物語る者として極めて誠実な態度に支えられているからに違いない。そして、路上のはみだしものたちの生態を決して裁くことはせずに他者としてそのまま肯定する彼のまなざしは、まったく倫理的でもある。そう、『タンジェリン』が真に革新的なのは、同時代的なリアリティの感覚を持った斬新な手法にあるだけでなく、本物のトランスジェンダー女性をそのまま役者として起用し、社会的に見過ごされてきたカルチャーや無視されてきたコミュニティへ真摯に光を当てたことなのである。
ちょうどクリスマスの季節に来日したショーン・ベイカーにインタビューする機会に恵まれた。拙評とあわせてお読みいただければ幸いである。


——映画製作者たちによるベスト映画を集計した米ウェブサイト「The Talkhouse」の2015年のランキングが証明しているように、『タンジェリン』は、2015年の映画の中で『マッドマックス:怒りのデス・ロード』(以下、『マッドマックスFR』)とともに、とりわけ革新性において最も重要な一本であると考えています(「The Talkhouse」の2015年映画ベストの1位が『マッドマックスFR』、2位が『タンジェリン』)。たとえばジョージ・ミラーは、次回作の『Mad Max:The Westland』について、『タンジェリン』からインスピレーションを受けていると公言しています。

ショーン・ベイカー(以下SB):ジョージ・ミラーにそのように感じていただけたことはこれ以上ないぐらいに嬉しいことです。というのは、ぼくにとって『マッドマックス2』(1981)は常に人生のトップ5から外れたことがないぐらいの大好きな作品だからです。トップ1だった時期ももちろんあります。彼が『タンジェリン』に影響を受けたという話を聞くと、ぼく自身が人生でミラーから多大な影響を受けているから、自分で自分に影響を与えたかのように感じて、それがまた面白く思います(笑)。

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SEAN BAKER(ショーン・ベイカー)

1971年、米ニュージャージー州サミット生まれ。監督、脚本家、プロデューサー。ニューヨーク大学映画学科卒業後、アメリカ郊外で暮らす若者たちの心理を描いたデビュー作『Four Letter Words』(2000)を発表。2004年に中華料理屋の配達人として働く不法移民の中国人男性の1日を描いた『Take Out』を共同監督し、インディペンデント・スピリット賞にノミネートされた。ニューヨークのストリートで偽ブランドを販売するガーナからの不法移民を描いた監督第3作目『Prince of Broadway』(2008)でも同じくインディペンデント・スピリット賞にノミネートされる。女優ドリー・ヘミングウェイのデビュー作となった『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(2012)はプレミア上映されたSXSW映画祭にて注目を浴び、インディペンデント・スピリット賞ロバート・アルトマン賞を受賞。ロサンゼルスをリサーチ中にLGBTセンターで出会ったトランスジェンダーの女性を役者として起用した長編第5作目『タンジェリン』(2015)はサンダンス映画祭でプレミア上映された後、多数の映画賞を受賞。アレクサンドラ役を演じたマイヤ・テイラーは、トランスジェンダーの女優として初めてインディペンデント・スピリット賞やゴッサム・アワードなど数々の助演女優賞の栄冠に輝いた。また、人気パペット・コメディシリーズ「Greg the Bunny」とその続編であるスピンオフ「Warren the Ape」の共同クリエーターも務めている。『タンジェリン』公開後には、iPhoneで撮影したKENZOプロデュースによる短編映画『Snowbird』(2016)を発表。6歳の少女を中心に彼女を取り巻く大人たちを描いた次回作『The Florida Project』(2017年米公開予定)は35mmフィルムで撮影され、ウィレム・デフォー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズらが出演している。


『タンジェリン』原題: TANGERINE

太陽が照りつける夏のようなロサンゼルスのクリスマス・イヴ。トランスジェンダーのシンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)とアレクサンドラ(マイヤ・テイラー)が、街角のドーナツショップで1個のドーナツを分け合っている。28日間の服役を終え出所したばかりの娼婦シンディは、自分の留守中にポン引きの恋人が浮気していることを聞き怒り狂い、浮気相手を捜し出してとっちめようと街へ飛び出す。歌手を夢見る同業の親友アレクサンドラはシンディをなだめつつも、その夜に小さなクラブでのライブが迫っていた。そんななか、彼女たちの仕事場の界隈を流すアルメニア移民のタクシー運転手ラズミック(カレン・カラグリアン)も巻き込んで、それぞれのカオティックな1日がけたたましく幕を開ける。

『タンジェリン』原題: TANGERINE
2015年/アメリカ/88分/シネマスコープ
監督、編集、共同脚本、共同撮影、共同プロデューサー:ショーン・ベイカー
製作総指揮:マーク・デュプラス、ジェイ・デュプラス
共同脚本:クリス・バーゴッチ
共同撮影:ラディウム・チャン
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン、ミッキー・オヘイガン、アラ・トゥマニアン、ジェームズ・ランソン 配給:ミッドシップ
公式サイト:http://www.tangerinefilm.jp/
2017年1月28日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開