ライヴ・レポートTOCHIKA NIGHT

去る10月13日、西麻布SuperDeluxeにて本作品の公開を記念した「映画と音(楽)」のスペシャルイベントが開催された。そもそも本作品には劇中音楽が不在だが、その空隙が外部へと向けて開かれ、複雑な展開図を描く様子を今回のイベントが示していた。

HOSE with Axel Dörner

miko

HOSE with Axel Dörner

HOSE with Axel Dörner

会場中の照明は落とされ、ところどころに蝋燭の明かりがぽつりぽつりと灯るなか、ステージ上には楽器と演奏者、譜面台と謎の照明器具に……段ボール? 管楽器のインプロヴィゼーションが響きながら、ベースの泉が「何だあれは」とか「怖い、恐ろしい」だとか唐突に呟き始め、宇波を中心に段ボールが積み上げられては下ろされ、下ろされては移動され、移動されては積み上げられ、というよくわからない作業が進行していく。その様子が光に照らされ、ステージ奥の壁には奇妙な風貌の塔のようなオブジェの影ができる。たしかに「何だあれは」だとか「怖い、恐ろしい」としか呟かざるをえない奇妙な儀式だ。しかし泉の言葉はやがて「恐ろしい……でも、あったけえ……あったけえ、ありがてえ」と変化していく。そんなパフォーマンスが10分程度続いて、すっかりと会場の色を染め上げたこの日のHOSEの演奏は、レジスタンスが週末に開く秘密の音楽会に似ている(もちろんそんなものを見たことはないけど)。マイナー調の楽曲が中心ではあったが、たとえば『アンナと過ごした4日間』の中盤にあったアコーディオンの演奏シーンにも通じるような、暗闇の隙間をやさしく撫でるような空気がそこには広がっていた。この日ゲスト出演した名手アクセル・ドゥナーの、まるで空気そのものを演奏しているかのような生々しいトランペット演奏の素晴らしさにうっとりする。演奏の中盤では唐突に「shall we danse?」とダンス・タイムが始まった。綱渡りのような危なげなダンスが闇を揺らした。

chihei hatakeyama

chihei hatakeyama

「映画はだんだんと音楽に近づいて行くように思う、だから本当はスライドショーもいらなかったかもしれない」といったことをイベント終了後に松村浩行監督は語っていたが、映画『TOCHKA』で録音された音素材をもとに展開したchihei hatakeyamaのサウンドスケープは、決して癒しだとかそういう類のものをいささかも表象することはなく、ひたすらに聴き手を問いただすかのような緊張をその繊細な音響に含みこませていく。風とその倍音が沈黙を少しずつ揺らし、大地のうねりの様な低音の波が時折レヴェルを振り切り空気を振るわせる(この音楽にはもっともっと爆音が必要にも感じた)。スクリーンという境界を持って、見るものと見られるものの関係を反転させる『TOCHKA』というフィルムのように、そこから生まれたこの音楽もまた聴くものと聴かれるものの関係性を問い直しているように感じた。「お前は何を聴いているのか?」と、音楽それ自体が問うているかのようだ。
なお、映画の膨大なフィールドレコーディングを再構築したchihei hatakeyamaによる「The Secret distance of TOCHKA」がboidよりリリースされている。