銀行の前からバイクに乗ってシャオジイが逃げ出した後、空が曇っていた。稲妻が光り、雨が降った。ただ曇っているだけだと思ったら、雨が降っていた。降っている雨がよく見えなかったので、よくわからなかったが、あの道路をクルマが向こうから通り過ぎたとき、タイヤがバシャバシャと水を撥ね上げる音がした。バイクに乗っていたときは、バイクの音でその雨の音はわからなかった。それまでも道路をクルマが通るシーンはあったが、主人公たちが薄着だからか、雨が降る前だったからか、木が生えてないからか、瓦礫が多いからか、暑そうで、埃っぽいように見える。ダンプカーが通るのも、バイクの音も、乾いている。それとも、沙漠だから乾いているのか、郊外だから乾いているのか。郊外なのか、沙漠なのか。ずっと同じ日のように、「いま」は「いつ」なのか。日付はテレビが与えてくれる。工場の爆発なんて見えない。閃光も見えない。
道路は整備されているようだし、高速道路ももうすぐ通る。看板もある。クルマがたくさん通っている。バイクは速く走るために乗っているのではなく、どこかへ移動するためでもない。道路を走っているクルマとは違う。道路のクルマは近隣の住民のものだろうか、北京へ行くのだろうか。街中の通路は壁で囲まれていて、広いところは、コンクリートの破片の地面か、土ばかりの空き地だ。道路の先は見えないし、バス・ターミナルの放送しか聞こえない。遠くに見えるのは、工事現場の土の山か、工場か、ショベルカーか。主人公たちは、そこで働いているわけでもない。「世界」というのは、「ここ」ではなく、「道路」や「貿易」や「オリンピック」や「米軍機」や「法輪功」や「コーラ」や「1ドル札」、とかだろう。「銀行」はワープゲートではないし、1ドル札は換金できない。ヤクザは死んでしまうし、軍隊には入れない。クルマに乗れば何かできるのだろうか。クルマのなかに聞こえてくる外の音は、ガラスを震わす。北京はどこにあるのか。
(清水一誠)
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