「ハリウッド・スター」――数限りなく目にしてきたこの言葉は、彼にこそふさわしい。多くの名監督と大ヒット作を世に送り出し、華麗なトップ女優たちと浮き名を流し、ハリウッドで不動の地位を築き上げてきた男。そう、彼の名はトム・クルーズ。かつてブラット・パックと謳われた新星たちを横目で見つつ、頂点まで駆け登り続けてきたスター中のスター。『トップガン』、『マグノリア』、『宇宙戦争』などなど、もはやその名を知らぬ者はいないであろう彼の活躍ぶりは枚挙に暇がない。
そんなハリウッドの第一線を走るトム・クルーズの主演最新作が、80億円という巨費が投じられた大作『ワルキューレ』だ。彼が演じるのは、なんと実際にあったアドルフ・ヒトラー暗殺計画の首謀者=実在の人物シュタウフェンベルク大佐。監督にブライアン・シンガー、助演にケネス・ブラナーやテレンス・スタンプを迎え、このフィルムは第二次世界大戦下のドイツを舞台に、英雄シュタウフェンベルク大佐の生き様を丹念に描きだす。
野心溢れる青年から、家族を守る父親へと演技の幅を広げ、この『ワルキューレ』において歴史を左右する大役を背負った人物に果敢に挑戦すべく異国の地ドイツに渡ったトム・クルーズ。『M:I』シリーズのイーサン・ハントよろしく、文字通り世界を股に掛けてきた男が、「ワルキューレの騎行」の音色とともに日本を訪れた。
白い歯が眩しい爽やかなスマイルを見せながら、ザ・リッツ・カールトン東京の会見場に現れたトム。会見前日は愛娘のスーリちゃんと日比谷公園を散歩し、「WBC日韓戦を観戦した」と穏やかに語る彼の物腰は、自然と『宇宙戦争』で演じた家族を愛する父親の姿と重なってくるかのよう。まだ人々の記憶にも新しい『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』での怪演とは打って変わり、彼は終始深刻な面持ちでこの『ワルキューレ』に挑んでいる。今回の難しい役を演じるにあたって、彼は相当な準備をしたようだ。
実在の人物を演じたのは、『7月4日に生まれて』と今回の『ワルキューレ』で2回目になるんだけど、この映画もまず本をリサーチするという点から始まったんだ。『ラストサムライ』のときも、1年間日本のことを勉強したよ。今回も、この題材を扱っている作家と監督のリサーチをし、シュタウフェンベルク大佐の怪我のことや、戦時下のドイツのことを意欲的に学んだんだ。僕は歴史が好きだからね。
ブライアン・シンガーは「ムーヴィー・ムーヴィーメーカー」、つまり本当に映画らしい映画を作るすごい監督だよ。しかも、実話に忠実な作品として『ワルキューレ』を撮りあげた。僕は映画に臨むさい、『ミッション・インポッシブル』であれ、『マイノリティ・リポート』であれ、『宇宙戦争』であれ、必ずライターや監督と緊密な打ち合わせをして、そこからドラマを立ち上げていくんだ。実話に基づくこの作品は、僕にとってとても挑戦的な映画になったんだよ。
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「今回の撮影のために、そこで起こった歴史のこと考えながらドイツの街を歩き回ったりもした」と、勉強熱心な一面をトム・クルーズはここで垣間見せてくれている。愛国者、暗殺者、ドイツ人、父親――複雑な背景の交錯点に立つ男を、見事に演じきった彼の並々ならぬ力量はそうしたリサーチの成果も相まって、画面上に如実に現れていると言えよう。当初はトム・クルーズの出演に難色を示す声もあったというのにも関わらず、ベルリンでのプレミア上映の際はスタンディング・オベーションが10分間続いたというのだから、彼が単なるキャッチーな俳優でないことに疑いの余地はない。もちろん、当時のドイツの歴史を呼吸する多くの場所でロケが行われることで、スクリーンに緊迫した空気が生み出されているのも『ワルキューレ』の見落とせない要素のひとつだ。
ところで、息つく暇もなく展開するこの『ワルキューレ』の撮影現場の雰囲気はいったいどのようなものだったのだろう。
今回は本当に素晴らしい名優たちがそろったんだけど、どういうわけか深刻な場面であればあるほど、セットには笑いが満ちていたんだ。僕は飛行機が好きだから、砂漠のシーンの戦闘機を操縦して、エアーショーみたいなこともやったね。映画に臨む際は、僕自身はもちろん、周りの人たち全員でベストを尽くしてハードワークをしていこうという方針でいるんだ。でも、映画はそれと同時に楽しく撮らなくてはならないという意識があって、姿勢はハードでも、必ず楽しい部分は残しておくんだよ。
トム・クルーズという「ハリウッド・スター」であり続けること――傍目からでは想像もつかないこの困難を乗り越えさせているのは、もしかするとここでトムが語った言葉に表出しているプロフェッショナルかつ柔軟な姿勢にあるのかもしれない。そう、彼はスターであると同時に、つねに「ミッション・インポッシブル=(不可能な任務)」に挑み続けている、挑戦者でもあるのだ。編集の段階では「ベースボール・キャップを被ってブライアン・シンガーと一緒にこっそりと試写会に潜り込み、観客たちの反応を見てきた」というトム・クルーズ。そんな仕事熱心勉強熱心な一面と、笑いとユーモアを尊重する一面を併せ持つトム・クルーズという唯一無二な存在が奏でる『ワルキューレ』を、スクリーンで見逃す手はないだろう。
ところで、誰もが気になる今回のトムの「アイパッチ」姿。当然のことながら、「バランス感覚を取り戻すのに苦労した」と彼は語る。もちろん、「この世で一番好きなのは映画作りと家族なんだ」という、彼らしいユーモア溢れる言葉も最後に言い添えて――。
「アイパッチは映画的でとってもクール(pretty cool)だろう?『勇気ある追跡』のジョン・ウェインみたいでね(笑)。」
『ワルキューレ』
監督:ブライアン・シンガー
脚本:クリストファー・マッカリー、ネイサン・アレクサンダー
製作:ブライアン・シンガー、クリストファー・マッカリー、ギルバート・アドラー
製作総指揮:クリス・リー、ケン・カミンス、ダニエル・M・シャイダー、ドワイト・C・シェアー、マーク・シャピロ
撮影監督:ニュートン・トーマス・シーゲル
プロダクション・デザイナー:リリー・キルバート、パトリック・ラム
音楽・編集:ジョン・オットマン
2008年/120分/アメリカ/カラー/ヴィスタ・サイズ
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http://valkyrie-movie.net/
3月20日(金・祝) TOHOシネマズ 日劇他全国ロードショー
取材・構成:高木佑介