2014年度ベスト

渥美喜子(㈲東京渥美組代表取締役)

映画ベスト5

  1. 『アメリカン・ハッスル』 デヴィット・O・ラッセル
  2. 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』 マーティン・スコセッシ
  3. 『ゴーン・ガール』 デヴィット・フィンチャー
  4. 『物語る私たち』 サラ・ポーリー
  5. 『フランシス・ハ』 ノア・バームバック

2014年は、自他ともに認める嘘つきである私にとって、主人公の姿や行動が我がことのように、見ていて胸が締め付けられまくる映画が多かったように思う。その中でも特に印象に残った五本を挙げた。 望んでか望まざるか、真剣な顔をしてデタラメな人生を送る人たちの姿に、真実よりも大切なものがあるのだと、あまり教育的ではない真実を学んだ気がする。1~3がどうしようもなくバカな男たちの、4~5が美しい女たちの映画であることが、偶然なのか必然なのかは、わかりません。

もちろんその文脈以外でも、イーストウッドやリンクレイター(どちらかと言えば『ビフォア~』派)や『LEGO (R)ムービー』など大傑作が幾つもあるし、ラストバウスの爆音映画祭も一生忘れられない映画体験となった一年であった。

ラブコメベスト5

  1. 『ラブ&ドラッグ』(11年) エドワード・ズウィック
  2. 『SEX AND THE CITY THE MOIVE』(08年)マイケル・パトリック・キング
  3. 『マンハッタン恋愛セラピー』(06年日本未公開) スー・クレイマー
  4. 『バレンタインデー』(10年) ゲイリー・マーシャル
  5. 『結婚哲学』(1924年) エルンスト・ルビッチ

以前から好きなジャンルであったものの、2014年はとにかくラブコメ映画について考える機会の多かった年だった。なのでその総括としてこの機会に、超個人的に偏愛するラブコメ映画ベスト5を。趣味にやや偏りはあるが、恋に悩む老若男女が見て損はない五本だと思うので、みなさまにオススメ。観賞後、思いっきり笑顔になれる映画たち。

それにしてもラブコメ映画は、子どもの頃からもっとも身近に見てきたジャンルのひとつだが、三十代も半ばになってから改めて接してみると、その面白さと奥深さに驚くばかりで、今後も研究の余地が大いにある世界である。という発見とは裏腹に、14年のラブコメ新作不作という事態は世界的な映画業界全体の問題なのか日本未公開の問題なのか、いずれにしても非常に残念である。15年に期待。

梅本健司 (高校生)

映画

  • 『6才のボクが、大人になるまで。』リチャード・リンクレイター
  • 『ジャージーボーイズ』クリント・イーストウッド
  • 『Seventh Code セブンス・コード』黒沢清
  • 『自由が丘で』ホン・サンス
  • 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』マーティン・スコセッシ

大人になること、歌うこと、何かと戦うこと、恋をすること、欲望のままに生きること。全て、僕が大人になるまでに必ず考えてみなくてはならいものだ。大人なった自分が、それがなんなのかを理解しているとは思わないし、まだまだ考え続けているとは思うが、この5本の映画を思い出しているに違いない。

僕の今年の5つのお気に入り

  • 『Inside Llewyn Davis』(サントラ)

    個人的には「Please Mr.Kennedy」がすき。毎日これをアラームにして起きている。

  • 『BLU』Rei(CD)

    おそらく自分の小遣いで買った始めてのCD。ギターが本当に上手い。初めて聴いたのはなんと母親の職場のアンスティチュ・フランセ東京。たまたまライヴをしていた彼女の音楽に出会った。

  • 「POPEYE issue809 サンドイッチと……」(雑誌)

    読むと1週間くらいサンドウィッチのことしか考えられなくなる。やはりこの雑誌を読むとどうしても遠出してしまいたくなる。

  • 『惡の華』押見修造(漫画)

    本当は『聲の形』という漫画にしようと思ったが、なんだか大きな賞をもらったらしいので、あえてこの作品にした。高校生になってからが面白い。本をたくさん読んでいればこういう出会いもあるのだなと思い、来年は読書の年になりそう。

  • 渋谷ムルギーの「たまご入りムルギーカレー(たまご増し)」

    渋谷に映画を見に行くときはだいたいここで食べる。意外とひとりの客が多い気がする。

荻野洋一(映像演出、映画評論)

映画

  1. 『皇帝と公爵』 バレリア・サルミエント
  2. 『グランドシネマ坂東玉三郎 日本橋』 十河壮吉&坂東玉三郎
  3. 『ドラッグウォー 毒戦』 杜琪峰(ジョニー・トー)
  4. 『スガラムルディの魔女』 アレックス・デ・ラ・イグレシア
  5. 『マイヤーリング』 アナトール・リトヴァク

1は、ラウール・ルイスのために書かれたシナリオを、巨匠亡き後、母国チリの映画学科で同窓だった夫人が勇躍監督を買って出て、完成にこぎつけた戦争映画。英将軍ウェリントンの退却作戦とナポレオン軍のポルトガル侵攻失敗を、現代映画らしからぬ悠久のリズム感で描き出した傑作である。これを、泉鏡花の最もオーセンティックな映画化に成功した2と共に、2014年映画界のツートップとする。3と4は現代映画の最先端だが、ひるがえって5は、1957年製作のオードリー・ヘプバーン主演作ながらようやく初公開となった。帝政ロシア時代のウクライナに生を受け、G・W・パプスト監督によるドイツ史上の最高傑作『喜びなき街』の編集を担当しつつ、亡命後のハリウッドではごくごく十人並みの才能の持ち主であった映画作家アナトール・リトヴァクの名前を、2014年のベストテン行事で見るという、この僥倖に興奮できる感性は、どうにかして失わずにおきたいものである。

ロードショー以外の上映作品では、『広場の孤独』ほか佐分利信の特集(シネマヴェーラ渋谷)、鈴木英夫『花荻先生と三太』ほか劇団民藝の特集(神保町シアター)、ジョゼフ・コーネル『フラッシング・メドウズ』ほかMoMA特集(京橋フィルムセンター)、さらにはブルース・ロビンソン『ウィズネイルと僕』(吉祥寺バウスシアター)、安川有果『Dressing UP』(テアトル新宿)に強い印象を持った。

美術展ベスト

  1. 台北 國立故宮博物院展《神品至宝》(東博)
  2. ジャン・フォートリエ展(東京ステーションギャラリー)
  3. 《物 黒 無──モノクローム》(大阪 正木美術館)
  4. 生誕120年 甲斐庄楠音(京都国立近代美術館)
  5. 《小津安二郎の図像学》(東京国立近代美術館フィルムセンター展示室)

美術展ベストの次点は、⑥《赤瀬川原平の芸術原論》(千葉市美術館)⑦サミュエル・ベケット展《ドアはわからないくらいに開いている》(早稲田大学演劇博物館)⑧《誰が袖図──描かれたきもの》(根津美術館)⑨ジャック・カロ版画展《リアリズムと奇想の劇場》(国立西洋美術館)⑩ダレン・アーモンド展《追考》(水戸芸術館)⑪石川卓磨キュレーション展 《長い夢を見ていたんだ。》(TALION GALLERY)。

その他のジャンルについて、ベストを1つずつ。本=ミルチャ・エリアーデ著『ポルトガル日記 1941-1945』(作品社)、写真=ジョセフ・クーデルカ展(東京国立近代美術館)、スポーツ=ディエゴ・シメオネ(アトレティコ・マドリー監督)、演劇3本=サルトル作『アルトナの幽閉者』(新国立劇場小劇場)、遊園地再生事業団『ヒネミの商人』(坐・高円寺)、地点『光のない。』(KAAT)、音楽=山本精一『ファルセット』(Pヴァイン・レコード)、食=高田馬場のロシア料理店「チャイカ」のシャシリク、ビバレッジA=エスプレッソ+フランジェリカ(セガフレード・ザネッティ日比谷店)、ビバレッジB=銀座「Bar 保志」のネグローニ。

楠 大史 (NOBODY)

映画

  • 『6歳のボクが、大人になるまで。』リチャード・リンクレイター
  • 『真夜中過ぎの出会い』ヤン・ゴンザレス
  • 『グランド・ブダペスト・ホテル』ウェス・アンダーソン
  • 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』ジョエル、イーサン・コーエン
  • 『ラッシュ/プライドと友情』ロン・ハワード

振り返って見ると、2014年も映画の特集に色々と恵まれた年だったように思う。アンスティチュ・フランセでのジャン・グレミヨン特集や、フィルムセンターでのMoMAニューヨーク近代美術館の映画コレクションなどで、昔の映画を再発見しつつ、その傍ら、現代の映画作家たちの作品を見ることは、彼らが一体、どういったヴィジョンを現代で引き継ごうとしているのかを感じることができた。しかし、その一方でアラン・レネが亡くなり、東京都内の映画館がいくつも閉館し、いつの間にか特定秘密保護法が施行される……「これから」どうなるのか、またどうするのかを考えさせる1年だった。

Others

  • 『ドラキュラ』フランシス・フォード・コッポラ(爆音映画祭「THE LAST BAUS」)

    爆音上映によって、コッポラの『ドラキュラ』が現代に、鮮やかに蘇ったような気がして、今でも印象深く記憶の中に残っている。それを閉館してしまった吉祥寺バウスシアターで見れたのは貴重な体験として残るだろう。

  • フジロック・フェスティバル2014

    今年、初参加したフジロック・フェスティバルでは、色んな人たちの厄介になりつつも、実に楽しいひと時を過ごせた。まだ20歳になって間もないイギリス人兄弟によるダンス・ミュージックデュオのDisclosureが放つエネルギッシュなサウンドを生で聞けたのは幸運だったし、またArcade FireとManic Street Preachersの両方を見たいがあまり、Arcade Fireの“Wake Up”を聞こうと、Manic Street Preachersを途中で抜けるが、結局間に合わなかったのも、今となっては良い思い出である。

  • The Bar Gentle

    友人と共に訪れた池袋にあるバー。「人生で困ったときに駆け込む場所は教会かバーだ」と昔からヨーロッパで言われていることを地道に心掛けているバーで、一瞬自分が池袋に居ることを忘れるほど、穏やかなひと時を過ごせる。特にマスターとの会話が面白く、日本語が全く話せないフランス人の友人の言葉を訳しながらでも、その友人と真剣に、ときに遊び心を忘れず、意志の疎通を図る姿勢には脱帽した。一度、もし訪れることがあればマスターの「夢」を聞いてみるのも良いかもしれない。ヒントはカウンターの後ろに飾られているショパンの絵だ。きっと元気を分けて貰えるに違いない。ああいう風に年を取りたいものだ。

隈元博樹 (NOBODY)

映画ベスト5

  • 『ラッシュ/プライドと友情』ロン・ハワード
  • 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』ジョエル&イーサン・コーエン
  • 『プロミスト・ランド』ガス・ヴァン・サント
  • 『ジャージー・ボーイズ』クリント・イーストウッド
  • 『自由が丘で』ホン・サンス

公開作を見た順番に選んだ5本。日本では知らぬ間に特定秘密保護法が施行され、衆議院選挙は与党の圧勝。ほんとにクソだらけな世の中を生きているけれど、豊かな記憶として忘れてはならない5本でもある。

OTHERS

  • 「海に浮かぶ映画館」(イベント)

    その名の通り横浜某所に漂う一隻の船をメインにした上映イベント。船内では『泥の河』『砂の女』の16ミリ上映に加え、拙作の短編も上映させていただいた。観客は元町・中華街駅に待機している船員によって映画館へ誘導されるということ、上映中に響く船の軋みや汽笛の音、潮の満ち引きで出入り口に高低差が生じることなど、そのすべてに心躍った。

  • 「Best Always」大瀧詠一(CD)

    どこへ行くにも、何を考えるにも、つねに大瀧詠一の音や声を聴いていた2014年。この勢いで「NIAGARA CD BOOKⅡ」にも手を伸ばしたいけれど、こればかりは自分の財布と相談中。

  • 「Coyote」No.51より『〈大瀧詠一 追悼〉 物語はこのように始まり、このように終わる~成瀬巳喜男『銀座化粧』を介して~』片岡義男(雑誌)

    成瀬研究の神髄が片岡義男の言葉によって詳らかにされていく実験、と言ったほうが正しいのかもしれない。片岡義男に関連すれば7インチ盤の歴史から紐解かれる「歌謡曲が聴こえる」(新潮新書)も添えたいところ。そんなイーチな年であったがゆえに、これらのテクストに出会えたことも大きかった。

  • 北茨城市磯原の「二ツ島観光ホテル」(旅行)

    知人が経営する老舗旅館へ1泊2日。先の震災でうちひとつの島は海辺へ沈んでしまったけれど、ライトアップされた絶景の海原を眺めながらの露天風呂、そして味噌仕立てのあんこう鍋は至福のひととき。北茨城へお立ち寄りの際はぜひ。

  • 渋谷「CAFE THEO」のうどん(グルメ)

    関東に住んでいれば関西ダシに出会うことは少ないけれど、編集作業の合間に友人とここで食べた関西ダシのうどんが恋しくなる。テオは喧噪な人ゴミの先に待つ憩いの場であっただけに、キノハウスの改修で閉店してしまったことが残念で寂しい。

降矢聡 (映画批評)

映画

  • 『+1 プラスワン』デニス・イリアディス
  • 『悪魔の起源 -ジン-』トビー・フーパー

『ラッシュ/プライドと友情』のニキ・ラウダとジェームス・ハント、あるいは『マイ・ブラザー 哀しみの銃弾』の前科者と刑事の兄弟のあいだで「阿呆」と吐き捨て続けた言葉が、いつしか同時に「嫉妬」を顕すような真っ当に捻れた2人組の面倒さが心に残った。一方で『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の集まった仲間で各々勝手にやってくれ、といったほとんど内容なんてうっちゃって形式だけしかないような潔さに心を奪われた。 改めて思い返すと上記の映画の彼らは最初から最後まで徹頭徹尾「ありのまま」でいたように思う。自分たちは「ありのまま」でありながら自分と相手、自分と世界のあいだにある“なにか”が変わっていった、と言っていいかもしれない。そういえば去年、世の中は「ありのまま」で一色だった。 僕のベストは、複製されたわけでもなく嗤いもしない正真正銘の「ありのまま」の自分が姿を現して見る者も大いに戸惑わせた映画と、「ありのまま」など1ミリも映らない激烈に異様な映画という僕の中を大胆かつ奇天烈に駆け抜けていった2作品。

Other (書籍)

思いっきり逆に振ってみることの刺激と魅惑に満ちた2冊。僕も今年はどんどん逆向きに振っていこうと思う。

  • 『遅い光(スローライト)と魔法の透明マント―クローキング、テレポーテーション、メタマテリアルを実現した光の科学の最先端』(シドニー・パーコウィッツ 著、阪本 芳久 訳)

    光の科学といえば超光速ばかりだと思っていた自分が恥ずかしい。数ミリのガラスを通るのに何年もかかる最遅の光の儚さには胸を打たれた。最速と最遅への冒険の書。

  • 『バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人』(ポール・コリンズ 著、山田 和子 訳)

    自滅する人、幻視する人、妄想に取り憑かれる人に成果を横取りされる人といった愛すべき人々の魂の限界が記された、スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー! おもしろうてやがてかなしき十三人。

坂本安美 (アンスティチュ・フランセ東京 映画プログラム・ディレクター)

映画

  • 『Seventh Code セブンス・コード』黒沢清
  • 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』ジョエル&イーサン・コーエン
  • 『ジャージー・ボーイズ』クリント・イーストウッド
  • 『グランド・ブダペスト・ホテル』ウェス・アンダーソン
  • 『自由が丘で』ホン・サンス

見た順番に。多くの作品を見逃しながら、2014年に劇場公開作品から5本をなんとか選んでみた。『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』は満席の試写室、補助席でスクリーンにへばりついて見ながら、オスカー・アイザックが歌い始めると、その歌声で満ちて行く空間に包まれ、知らぬ間に涙を浮かべていた。どこにいっても、誰といても上手くいかず、居場所もなく、寒さに凍えながら放浪し続けるルーウィン・デイヴィスは、しかしギターを持てば天使になる。孤独な、孤独な彼の世界、しかしそこは幾人もの人々、魅力的な人々で満ちている。『グランド・ブダペスト・ホテル』はどんな敵が現れても、愛と自尊心を守り抜き、優雅さとユーモアとともに生きる清さを教えてくれた。

そのほか、私にとって重要だった5つの映画の出来事

  • ジャン・グレミヨン特集(第17回カイエ・デュ・シネマ週間)@アンスティチュ・フランセ東京
  • アンリ・ラングロワ展@シネマテーク・フランセーズ/『アンリ・ラングロワ、映画についての著作選集 1931年~1977年』(選集・監修:ベルナール・ベノリエルとベルナール・エイゼンシッツ、シネマテーク・フランセーズ、フラマリオン出版)
  • 『ヒッチコック映画術』についてのドキュメンタリー
  • ヴァンサン・マケーニュ/ジャン=ピエール・レオ来日@アンスティチュ・フランセ東京

東京フィルメックスと共催で「ジャン・グレミヨン特集」を開催でき、フランス映画史上もっとも重要な映画作家を紹介できたことは2014年でもっとも貴重な仕事のひとつだった。彼が描く人間関係、世界との関係は、ほかのどの作品にも見られない驚き、詩的な多様性に溢れている。

敬愛するドミニク・パイーニがコミッショナーを務めたアンリ・ラングロワの生誕百年記念展覧会はまさに「生きる芸術」として映画を世界に認識させたラングロワの展覧会に相応しく、展示されている作品、上映されている映画、様々な領域の芸術が固定されたものではなく、訪れる人々、見方によって絶えず異なる結びつき、関係性を生み出していく「生きる」展覧会だった。そしてラングロワの著作集は若い頃からの彼の自由な言葉、思考、アイディアが詰まっており、その不屈の精神で映画とともに生きた彼の道程も見えてくる刺激的書物であり、この本との出会いも2014年の貴重な映画体験だった。

アメリカの批評家、映画作家、そしてニューヨーク映画祭デュレクターのケント・ジョーンズの企画、『ヒッチコック映画術』についてのドキュメンタリーで黒沢清監督へのインタビューを担当させてもらったことで、ヒッチコックについて、黒沢清の映画についてあらためて考え、そのふたりを並べてみるという刺激的な体験ができた。ほかに10人ほどの監督たちのインタビュー、ヒッチコック作品の抜粋、トリュフォーとのあの有名なインタビューの抜粋で構成される本作は2015年にどこかでお披露目となる予定。乞うご期待!

難しいだろう、と言われながらも槻館南菜子氏の協力のお陰で、現在のフランス映画で、そして演劇界でもっとも期待すべき俳優(で監督、演出家)のヴァンサン・マケーニュを迎えられ、今、映画を撮ること、俳優と監督との関係などについて刺激的な言葉を聞くことができた。こちらは難しいどころか、絶対無理だ、と言われながら、とにかくトライしてみようと、共通の友人の助けもあり、出会うことができ、何度もやり取りを重ね、ようやく日本に迎えることができたジャン=ピエール・レオ。トリュフォーとの撮影秘話を生涯ではじめて公の前で話してくれた彼にもう一度感謝の気持ちを述べたい。世代は異なりながらも、フランス映画を変革するほど重要な俳優ふたりを迎えられた2014年。2015年もひとつひとつの企画、出会いを大切にしていきたい。

杉原永純 (~2014.3オーディトリウム渋谷ディレクター|2014.4~山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当)

映画

  • 『劇場版 テレクラキャノンボール2013』 カンパニー松尾(HMJM事務所/2014.2.13)
  • 『インターステラー』クリストファー・ノーラン(T・ジョイ リバーウォーク小倉/2014.11.25)
  • 『ゴーン・ガール』デヴィッド・フィンチャー(TOHOシネマズ渋谷/2014.12.30)
  • 『ミンヨン 倍音の法則』佐々木昭一郎(映画美学校試写室/2014.9.3)
  • 『ミッキーとミニーの救出大作戦』ローラン・マクラーレン(宇部シネマスクエア7/2D吹替版/2014.4.12)

『劇場版 テレクラキャノンボール2013』は見た環境含めてのオンリーワン。カンパニー松尾監督が編集し終わった直後、神宮前のHMJMの事務所で見たのが公開前々日の2月13日深夜。編集は完璧、見た人にはわかる例のシーンの最終的なモザイク箇所を相談した。自分が東京を離れたあと着々と上映が継続し、宣伝費ほぼゼロで動員は約1万人。オーディトリウムで自分がやれることは、これで尽きた。

『インターステラー』は志を買う。ユリイカ。

2014年の締めに見た『ゴーン・ガール』。熟サイコなロザムンド・パイクに惚れた。

『ミンヨン 倍音の法則』は大林宣彦『野のなななのか』と対に語られるべき破格の作品。年齢を重ねた作家が、いま最も映画文法の自由を堪能している。

『アナと雪の女王』を見に行った際、冒頭についていた短編『ミッキーとミニーの救出大作戦』。ウォルト・ディズニーへのアナクロニズムの魅力が壮大に詰まった珠玉の小品。

ベストは新作を優先したが、爆音『ファイト・クラブ』は忘れられない。YCAM充実の環境で、自分史上最大最強の爆音だった。皆もっとアメリカ映画を見たらいいのに。

山口(と北九州)マイルドヤンキー生活ベスト5

  • 女将劇場

    西の雅:常盤という湯田温泉の入り口に位置するホテルの宴会場で、女将と常盤スタッフで行われる「女将劇場」。誰でも入場無料。毎晩8時45分行われる世界一自由な女将のエンターテイメント・ショー。女将を見て、boid樋口社長はフィリップ・ガレルだと云ったし、チェルフィッチュ岡田利規さんはピナ・バウシュだと云ったらしい(スタッフ談)。山口最大の文化遺産。山口にお越しの際は是非。

  • 金龍

    YCAM近くの、マンガが読めるラーメン屋。ラーメン食べながら『BAKUMAN』『サラリーマン金太郎』『20世紀少年』を通読した。味は並。

  • サンドイッチファクトリー OCM

    グルメとは程遠い自分が、小倉に行くと必ず寄る。YCAMシネマで受付をしてくれている主婦の方から教えてもらった名店。文句なしに美味い。

  • 瀬戸内海で1泊するフェリー

    大阪南港から新門司港まで、名門大洋フェリーの「フェリーふくおか」に乗船。意外と安い。老年観光客と、車で乗るヤンキーな家族連れとカップルが多い。刑務所のような狭い風呂場も良い。

高木佑介 (NOBODY)

映画

  • 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』マーティン・スコセッシ
  • 『ビフォア・ミッドナイト』リチャード・リンクレイター
  • 『グランド・ブダペスト・ホテル』ウェス・アンダーソン
  • 『ジャージー・ボーイズ』クリント・イーストウッドー
  • 『インターステラー』クリストファー・ノーラン

2014年、見た順に5本。どれも封切り直後に駆けつけて見たものばかり。『インターステラー』は見ていて痛快かつ刺激的な瞬間が多々あり(無人機を追いかけるところとか、娘と別れるシーンとか)大好きなのだが、一方で廣瀬純さんが「まったく政治がない」映画と批判的に言っていたのに完全に同意。「マシュー・マコノヒーが愚直に頑張った結果、当然のように人類全員が宇宙に移住」という過程に、「地球に残るor残らないor…」という政治的決断をする地上の民衆たちの姿が描かれていないというか、そもそもそうした民衆は映画の蚊屋の外に置かれていると。「安倍晋三が愚直に頑張る→だから当然のように自民党圧勝」というプロセスみたいなもの、と酒の席なのでうろ覚えだがそのようなことを言っていたのがひどく印象深く、ぐうの音も出なかったものの、ここはひとまずそれだけ色んな議論が展開できる作品であったと前向きに捉えることにし、この年に見たことを忘れないように選出。その他、『LIFE!』、『プロミスト・ランド』、『息を殺して』、『収容病棟』、『やさしい人』などの良い映画に出会えた1年であった。

僕の今年の5つのお気に入り

  • 『ブラック・メサイア』ディアンジェロ&ザ・ヴァンガード(CD)

    彦江智弘さんが良いと言っていたので、聞いてみたらたしかに良いのだった。僕は音楽には詳しくないが、格好良いし、本人の声明文にも痺れた。
    以下、ディアンジェロ氏の声明文。
    「俺にとってこのタイトルは俺達みんなについての事を意味しているんだ。それはこの世界全体についての事でもあるし、俺達みんなが目指すことのできる考え方を示すものでもあるんだ。俺達は皆、“ブラック・メサイア”になれるように志すべきなんだ。(ファーガソンの黒人射殺事件、エジプトの革命、ウォール街占拠運動など)、これ以上我慢がしがたい状況に対して変化を求めるべく決起している全ての場所の全ての人々についての事なんだ」。

  • 『2666』ロベルト・ボラーニョ(本)

    50歳で世を去ったチリ出身の作家の遺作。白水社からコレクションとして刊行されている。邦訳で800ページ近い大著ながら面白すぎて一気に通読した。読み終わる頃に、よくこの本を抱えて通っていた近所の喫茶店が一軒潰れてしまった(この本が孕む不吉さとは決して関係ない、けど、たしかに毎回コーヒー一杯だけの注文しかせずに長時間居座ってしまい大変申し訳ない。前から潰れそうな気配はしていたからそれも関係ないのだが)。

  • 大井競馬場(スポーツ)

    友人に誘われて年末にはじめて行った。年季の入った建物や飛び交うハズレ馬券、最終コーナーを曲がった馬たちに向かって何か叫んでいる人たち。希望と絶望、不確定なものに向けて金銭を投ずる一瞬の煌めきのような高揚が渦巻いた、変な時間を堪能する。哀愁漂う場末のテーマパークのようなつくりが不思議と落ち着いた。結果は、自分の誕生月と昔好きだった女の子の誕生月の「馬連」に賭け続けて、見事に完敗。大して金もない時代に恋人と競馬に行っていたヘミングウェイはいったい何を考えていたんだ、と一瞬考えた。

  • 隅田川の水上バス(レジャー)

    浜松町・日の出桟橋から乗り込み、浅草まで向かう水上バス。約40分間のクルーズで、ぼーっと橋やリバーサイドを眺めるのが非常に心地良い。今年に限ったお気に入りではないが、この年は誕生日の次の日に乗ったので思い出深い。

  • キッチン大正軒の「スコッチ・エッグ定食」(グルメ)

    有楽町駅前、東京交通会館の地下にある洋食屋の一品。腹ペコになると食べたくなる。一時期、「スコッチ・エッグ、スコッチ・エッグ」とことあるごとに話題にし、周りの人に迷惑をかけた。

田中竜輔 (NOBODY)

映画

  • 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』マーティン・スコセッシ
  • 『抱きしめたいー真実の物語ー』塩田明彦
  • 『プロミスト・ランド』ガス・ヴァン・サント
  • 『やさしい人』ギヨーム・ブラック
  • 『ジャージー・ボーイズ』クリント・イーストウッド

劇場公開作から見た順番に。率直にその作品を見た感動を強く覚えている作品を並べた。言い添えるならホン・サンスの3本の新作は、どれを選んでも抜け落ちるものがある気がして、あえて外している。旧作ベストはジャン・グレミヨン『マルドーヌ』、成瀬巳喜男『秋立ちぬ』、ジャン=クロード・ルソー『Trois fois rien』。もっともっと映画について言葉を書きたい、書かねばならないとさまざまな場所で考えることになった一年だった。

「やりたいようにやる」ことをめぐる5つの実践

  • 『ドゥルーズと狂気』小泉義之(思想書)

    「やりたいようにやる」というフレーズはこの書物の帯を書かれた千葉雅也さんが引いている言葉だが、その言葉が実際に本文中で綴られた箇所を読むときの高揚感はたまらなかった。小泉義之さんの文章を読むと、これまで自分がなんとなく「わかった」ような気になっていたことを、ひとつの文章のうちで、あるいは一文だけでも、まったくもってひっくり返されるような気にいつもさせられる。この書物を通読しているうちに何度そんな気分になったのかは数えていない。

  • 『淵の王』舞城王太郎(小説)

    仲俣暁生さんの『「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか』という本は、決して真面目な小説読みではない私のここ数年来の読書におけるひとつの指針になっていたのだけど、この本には仲俣さんの提示した問いに対する返信としての舞城のいくつかの短編も収められていて、なかでも「私たちは素晴らしい愛の愛の愛の愛の愛の愛の愛の中にいる。」という短編は、小説を書くという行為とそれを読む行為の関係を、作者と登場人物の関係を重ねて論じた傑作だと思っていた。そしてその後の舞城はその問題系だけをひたすらに小説として書き続けていたのだとも考えていた。ここ数作でどうしても感じていた自己模倣の気配を予感しつつ本作を読み始めたのだが、『淵の王』で舞城はまったく別の方法を用いてその問いを更新することに成功していて、正直驚愕した。それが文学に関わる問題なのかどうかはわからない。けれども、フィクションというものを考えるにあたっては本当に重要なことに思えてならない。そのことをめぐって、一度じっくり時間をかけて舞城王太郎についての文章を書いてみたい。

  • 『syro』Aphex Twin(音楽)

    Aphex Twinに思い入れは実のところまったくなくて過去作もなんとなく聴いていただけだけれど、この新作は驚くほど聴き込んでしまっている。とてもシンプルな作品だと言える。でもこのシンプルさが、どれほど複雑な過程を超えて辿り着いた地点なのか、想像もつかない。根拠はぜんぜんない(というのは少し嘘だ)が、昨年再発された近藤譲の『線の音楽』との関係についてぼんやり考えていたりする。

  • 初台 Fuzkue(静かな店)

    現代社会(とりわけ飲食店業界)に対し驚くほど狂暴なコンセプトを用いてつくられた、あまりにも穏やかで豊かな店。開店は10月末頃で、まだ私自身も数回しか伺っていない。けれど、東京で私が最も愛している(店主ご本人の言葉を借りれば「カフェのようなバーのような食事処のようなその類いの」)店のひとつと言いたい。どうしたものか少し悩んだけれど、少し検索すればこの店の詳細はわかるはずなので、敢えてお店のリンクは貼りません。コーヒーもご飯も最高に美味しくて、一度行くと家に帰りたくなくなってしまう。ハートランドが飲めるのも本当に嬉しい。

  • 第7回爆音映画祭(映画祭)+ boidマガジン(メールマガジン http://boid-mag.publishers.fm/

    「やりたいようにやる」ことは、同時に「やらねばならない」ことでもあり、「ふつうにそうあるべき」ことなのだと、ここ10年の間にずっと教えてくれた映画館の最後の日々を忘れてはいけない。そして樋口泰人という「欲望の人」の闘いはそんな感傷に浸る間もなく続いている。

中村修七 (映画批評)

映画

  • 『不気味なものの肌に触れる』濱口竜介
  • 『家族の灯り』マノエル・ド・オリヴェイラ
  • 『罪の手ざわり』ジャ・ジャンクー
  • 『消えた画 クメール・ルージュの真実』リティ・パニュ
  • 『ジャージー・ボーイズ』クリント・イーストウッド

5本を選んで見た順に並べた。

夜から朝に変わる僅かの間にだけ存在する時間のことを「青い時間」と呼ぶのだとエリック・ロメールの『レネットとミラベル 4つの冒険』で知ったが、『不気味なものの肌に触れる』の登場人物たちも何かから何かへと移行する過程にある時間の中を彷徨っている。濱口竜介は、これまでの作品において、対話をすることによって作られる人物同士の関係を捉え、対話によって作り出される感情を描いてきた。ところが、この映画での彼は、接触を主題として据えている。

夜の時間ばかりを捉えていたオリヴェイラの『家族の灯り』で初めて朝の光が捉えられる時、暗闇のなかでしか生息することが出来ない影は消え去っている。保安官たちを前にして椅子から立ち上がるジェボの姿を、息子をかばう優しい親心だなどと見てはならないだろう。

ジャ・ジャンクーは、『罪の手ざわり』で、『四川のうた』にはなかった活劇性を回復する。

『消えた画 クメール・ルージュの真実』のリティ・パニュは、別の何かによって不在を代行させることがない。ここに彼の倫理的な姿勢がある。

『ジャージー・ボーイズ』でクリント・イーストウッドが見事に演出した映像は、思わず溜息を漏らしてしまうほど見事だ。

美術展

  • 『実験工房展 戦後芸術を切り拓く』 世田谷美術館、2013年11月23日-2014年1月26日
  • 『Wolfgang Tillmans “Affinity”』 Wako Works of Art、2014年1月18日(土) - 3月15日(土)
  • 『コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展 エルメスのアトリエにて』 銀座メゾンエルメス・フォーラム、2014年3月20日(木)-6月30日(月)
  • 『背守り 子どもの魔よけ』 LIXILギャラリー、2014年6月5日(木)-8月23日(土)
  • 『カンタと刺子 -ベンガル地方と東北地方の針仕事』 日本民藝館、2014年9月9日(火)-11月24日(月・祝)

5つを選んで見た順に並べた。

柄谷行人がかつてバウハウスについて「アソシエーション」と述べたような協同体として実験工房はあったのではないかと思う。実験工房は、芸術家が互いの交流を通じて学びながら、技術を試み、作品を作り上げるような場だった。

色面が重なり合うことによって、際立つようにして作り出される境界線が、ヴォルフガング・ティルマンスの作品においては魅力的だ。方法において、彼は、写真と印刷の境界が不明瞭な場所に留まる。また、被写体において、彼は、境界線上にあって区分けが不明瞭なものに関心を向ける。

「コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展」では、16人の若手アーティストがエルメスの工房に滞在して制作した作品が展示されていた中で、クリスタルの内部を引っ掻きながら針が60秒で1回転する小平篤乃生の作品《サン・ルイのための楽器》が、コンセプトにおいても形の美しさにおいても際立って素晴らしかった。

「背守り 子どもの魔よけ」では、子どもたちの着物の背部に縫い付けられた魔よけのための「背守り」と子供が丈夫に育つようにという願いを込められて幾つもの布切れをパッチワークした「百徳着物」がとても可愛らしかった。

「カンタと刺子」の展示で見たカンタの刺繍では、世界観を表現したものとして曼荼羅があったように、製作者たちの生活を取り巻く生き物や事物が縫い付けられていた。100年ほど前の人たちがこのように素朴なかたちで自身の生活を表現していたことに感銘を受けた。

三浦 翔 (NOBODY)

映画

  • 『三里塚に生きる』大津幸四郎(ユーロスペース)
  • 『クスクス粒の秘密』アブデラティフ・ケシシュ(新文芸坐シネマテーク)
  • 『エレニの帰郷』テオ・アンゲロプロス(新宿バルト9)
  • 『ポーラX』レオス・カラックス(「THE LAST BAUS」吉祥寺バウスシアター)
  • 『親密さ』浜口竜介(オーディトリウム渋谷)

2014年は嫌なことがいっぱいあった。アベノミクスと呼ばれる一連の経済政策、秘密保護法や集団的自衛権の行使容認を目指す改革の強行、そして『永遠のゼロ』という商業映画の大ヒット。何故こうなってしまうのか。もちろん直接的な関係は無くても遠くで問題は繋がるように思える。そうした映画なのか政治なのか分からないところで違和感を覚えつつも、〈世界〉の流れに対して私は受け身にしかなれなかった。しかし、それでも何かを考えるために素晴らしい映画をたくさん見ることの出来た2014年でもあったように思える。したがって、そうした私にとって何かしら応えてくれた作品が今年のベストである。人間の身体に流れる複数の時間の流れ=歴史を見ることは、果敢に生きる人間の生を見ることだ。また、今年は多くの映画館という場所が失われたことも忘れてはならない。そのことも含めて吉祥寺バウスシアターでの『ポーラX』とオーディトリウム渋谷での『親密さ』の二つを選んだ。

Others

  • 地点『光のない』@KAAT(演劇)

    初演を見ることが出来なかったため、再演であったがこの作品に出会えたことはとても大きかった。3.11のことそれ自身に留まらずギリシャまで遡り、もっと根本的なところから考えることを迫られたし、なにより声・ことばに耳を傾けることの難しさと強さが、私にもっと舞台を見ることの重要さを教えてくれたように思える。

  • 『怪物さんと退屈くんの12カ月』core of bells@六本木Super Deluxe(音楽)

    毎月この公演を見に行くことが2014年のリズムになっていたし、なんだか分からないが今後とても重要になってくるものを見てきた気がする。12カ月も連続で公演を続ける厳しさから最近思ったのは、どんな状況でも芸術は無くならない、なにかしら続ける方法はある、というような根拠のない強さを見せつけられたような気がして感動した。

  • 〈釜ヶ﨑芸術大学〉@横浜トリエンナーレ(美術)

    とても懐かしくそして大切な記憶、私も知っているであろう原体験、私の感覚とあなたの感覚が交錯するなかで出てくる表現・ことば。釜ヶ﨑の労働者と芸術家たちが共同で作りだしたお習字や絵が壁と天井と床の全面に溢れる空間で、複数の声たちに飲み込まれてしまった。だれにでも可能な声を発すること・生きる力を可視化することが過剰に展開された空間をあとにして、大型国際美術展に集まった現代アートの作品群が突然つまらなく見えてしまった記憶がある。

結城秀勇 (NOBODY)

映画

  • 『収容病棟』ワン・ビン
  • 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』マーティン・スコセッシ
  • 『プロミストランド』ガス・ヴァン・サント
  • 『フランシス・ハ』ノア・バームバック
  • 『さらば、愛の言葉よ』ジャン=リュック・ゴダール

見た順に。並べてみるとこの5本じゃないだろう感がものすごい。たぶん2014年の思考の中心にあったのはこれら5本以外の、旧作を含めた作品群なのだが、それらを薄皮のように包む思考の臨界みたいな意味でこの5本なのだろうと思う。まず『収容病棟』の、決して外に出ることのできない回廊の中でものを考えることは今年の大前提だった。六本木TOHOの生まれて初めてのプレミアムスクリーンで見た『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、見た場所にふさわしい作品だった。リスクとコストをかけて、こんな風に生きていく。『プロミストランド』は、渡辺が書いていたように「見えるものしかない」映画としてひとつの基調を与えてくれた。『フランシス・ハ』は、バラバラでペナペナの「イメージ」(「この映像はイメージです」的な意味での)しかない状況で、なんらのアイデンティティも約束しない「ハ」というファミリー・ネームのままで、いかにバラバラでペナペナの「イメージ」たちを踊らせるか、という作品だったと思う。比較する必要はないのかもしれないが、リンクレイターの『6才のボクが~』の方法論なんかより全然好感が持てた。そして最後にゴダールを選んだ理由はただひとつ。これを見る人が自分と同じ映像と音の連鎖を体験するだろうという確信がいまだにまったく持てないからだ。

啓蒙を巡る出来事4つ

  • シネマキャンプ

    「映画ライター養成講座」をやってみないですかと聞かれたときには、ライター仕事もロクにない自分になにを教えろというのか?という気がしたが、やってみるとたいしてなにも教えたという気はしない。それなのに、趣味も嗜好もまったく共有してない参加者有志が「ことばの映画館」なる小冊子を完成させている。蒙を啓かれたのはまったくおれの方で、「見る、話す、書く」というダネーのテーゼへの信頼を強く取り戻させてもらった出来事だった。第二期受講者も絶賛募集中。

    HOME - シネマ・キャンプ

  • 橋本将英『流れる』

    ぴあフィルムフェスティバルの予備審査員を務めて3年が経ったが、この作品との出会いは衝撃だった。知られざる才能を発掘してあげたとか、若い監督に上映の機会を与えたとか、そんな気持ちはまったくしない。ただ、自分を取り巻く流れとはまったく別のところに、しかもこの狭い日本の中でさえ、こんな映画に出会うことができるんだという喜び、それに尽きる。

    上映作品 - PFFアワード2014『流れる』|第36回PFF

  • シネ・デュマンシュ!

    毎週日曜に行われている廣瀬純による映画講義。ここで交わされる議論の多くは、少なくとも日本最高水準と言って過言ではないように思う。とりわけマノエル・ド・オリヴェイラを取り上げた何回かには特筆すべき重要性がある。『クレーヴの奥方』の回で、受講者のひとり長嶺さんが提唱した理論にはかなり思考を触発された。オリヴェイラにおいては、「あるショットでカメラがそれ自身を強烈に主体化したのちに、消え去る媒介のように今度はカメラが自己を疎外することで、事物にそれ自身の生を生きさせる」のではないかという仮説。そして「そのことと、オリヴェイラの作品で、しばしば出来事がすでに起こってしまっており、登場人物や観客がそれに追いつけず、置き去りにされてしまうこととは関係しているのではないか」。

    シネ・ディマンシュ!―フランス映画研究―

  • 「ニュースルーム」

    映画以外のベストが4つしかないがこれがふたつ分ということで勘弁して欲しい。そのぐらいベスト。以下、グレッグ・モットーラが監督したシーズン1第3話における、編集局長チャーリーとジェーン・フォンダ演ずる親会社会長とのやりとり。

    「彼はあの番組を左寄りにしたわ」
    「左じゃない、真ん中だ」
    「左よ」
    「真ん中だ!事実は真ん中だよ。我々は公正さを装うために不必要なネタを取り上げたりしない。私はバランスなど求めてない」

    日本版「ニュースルーム」制作の必要性を切実に感じる。せめてDVDをリリースして、国民全員が見て欲しい。

渡辺進也 (NOBODY)

映画

  • 『収容病棟』ワン・ビン(7月7日、シアター・イメージフォーラム)
  • 『プロミスト・ランド』ガス・ヴァン・サント(8月25日、TOHOシネマズシャンテ)
  • 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』ジェームズ・ガン(9月17日、新宿バルト9)
  • 『ビッグ・トレイル』ラオール・ウォルシュ(10月26日、東京国立美術館フィルムセンター)
  • 『6歳のボクが、大人になるまで』リチャード・リンクレイター(11月27日、新宿武蔵野館)

「ある」ものを「ある」ものとして、ただあたりまえのように映すこと。

挙げたい作品は他にも多数あるけれど、2014年をともに生きた映画となると、この5本となるだろう。

いくつもの映画館がなくなったり、2014年を振り返ったとき、いまはまだ失ったものの大きさを感じる。仮に2014年が実りあるものと感じられるようになるとすれば、それは2015年以降に何をするかだろう。

落語

  • 「文七元結」古今亭寿輔(3月1日、池袋演芸場)
  • 「もぐら泥」柳家喜多八(3月17日、池袋演芸場)
  • 「淀五郎」桂南なん(4月14日、池袋演芸場)
  • 「唐茄子屋政談」春風亭一朝(6月26日、鳥越落語会)
  • 「牛ほめ」瀧川鯉八(9月6日、ほくとぴあ亭)

真打4人と二つ目1人。

好きな噺家が惜しみなく芸を披露した口座。

やはり芸は年輪のように厚くなっていくものだと感じる。