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April 11, 2022

『愛なのに』城定秀夫
山田剛志

[ cinema ]

 古書店のレジカウンターに腰掛け、くつろいだ表情でハードカバーに視線を落とす店主の多田浩司(瀬戸康史)を、斜めからウエストアップで捉えたファーストカットは、フレーム右方に不自然なスペースが空いている。程なくして、スペースを埋めるように女子高生・岬(河合優実)がフレームインし、画面が切り替わると、多田に熱い視線を向ける岬の表情が鮮明に浮かび上がる。背景にはショートカットの女性の肖像画がさりげなく配置されており、風貌のよく似た岬と相似をなすことで、画面にミステリアスな色合いをもたらし、その後の展開に波乱が待ち受けていることを予感させる。
 このまま記憶の許すかぎり、ショットの細部と推移をトレースしたい。そう思わずにはいられないほど、本作の演出は"シナリオを十全に視覚化する"という点において、間然するところがない。何をフレームに入れ、何を見せないでおくのか、手持ちカメラで被写体を追うのか、ブレの少ないドリーショットを用いるのか。全てのカットにしかるべき意図があり、それが淀みなく連鎖することで、シナリオに書き込まれた内容が、過不足ない形で映像として立ち上がっているのが、手に取るようにわかる。その点で、本作は安心して観ることができる。
 物語の内容にも触れておこう。岬が思いを馳せる多田は、元同僚の一花(さとうなほみ)に片思いをしており、彼女は結婚を控えているが、婚約者である亮介(中島歩)は、あろうことかウェディングプランナーの美樹(向里祐香)との浮気にうつつを抜かしている。愛の矢印はことごとく一方通行を示しており、顧客の男を寝取るという背徳行為に耽る美樹のみ、誰にも心を許さず、モラトリアムを生きている。
 取り立てるほどのことでもない、シンプルでありふれた筋である。しかし、宗教的な要素が加味されることで、俄然面白くなる。
 浮気の事実を知った一花は、亮介に復讐するため、好きでもない多田をホテルに呼び出し、愛が介在しないセックスをする。しかし、思いも寄らず快感を覚えてしまい、罪の意識に苛まれる。その後、結婚式の打ち合わせで教会を訪れると、出会した神父に罪を告白。神父から授かった「(神の)御心(みこころ)のままに」という言葉を、「(己の)御心(おこころ)のままに」と聞き間違えた一花は、多田のアパートを訪れ、彼にコンドームを差し出すと、脇目もふらずセックスに耽るのだ。
 上で述べた一花の聞き間違いは、体を交えた直後、多田との会話によって明らかになる。両者の会話はベッドに横たわる2人を真上から収めたバストショットで示されるが、注目すべきは、それが頭頂部をフレームの底辺に置いた、逆さまの構図である点だ。多田に間違いを指摘された一花は、恥も外聞もなく爆笑する。倒立した顔は錯視を誘い、豪快に笑う一花の「口」はグロテスクな様相を呈し、本体とは別の意志を宿した異物に見える。
 上で見たとおり、一花の愛は多田ではなく亮介に向けられている。身も蓋もなく言えば、ここでは「口」が「性器」を表象しており、「愛」と矛盾した動きをみせる「欲望」のうごめきを、アクロバティックな形で視覚化しているのだ。
 本作には他にも目を引く演出が豊富にあり、美点を挙げたらキリがない。他方で、不満を感じた部分もある。上述したように、本作の演出は"シナリオを十全に視覚化する"という点において、高い完成度を示している。だが、役者の芝居がシナリオの意図を超えたニュアンスを発し、物語の駒であることを止めて、映画をドライブさせるような瞬間は、残念ながら一度も観られなかった。
 確かに、多田と一花が激しく体を求め合うシーンは真に迫っている。しかし、多田とのセックスが「夫とのセックスよりも気持ち良かった」という一花の告白が先行して描かれるため、観客はシーンの意味を了解した上で画面に向き合うことを余儀なくされる。そして、その了解は決して裏切られることはない。また、プレイボーイだと思われた亮介が実は床下手であるという事態も、同じくセリフによって説明された上で描写されるため、芝居自体は出来合いの印象に止まる。
 上記の指摘は揚げ足取りスレスレの、贅沢な不満に過ぎないかもしれない。とはいえ、映画に驚きを求める者からすると、本作の"安心感"はどこか居心地の悪さを感じさせるのだ。

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