02.09/19

 

 映画美学校で行われた『白と黒の恋人たち』(フィリップ・ガレル)の試写へ行く。この作品は昨年の「カイエ・デュ・シネマ週間」で一度観たのだが、当時の私は主人公の青年、すなわち若くしてデビューし、モデルであった恋人を薬物の過剰摂取で失い、今また彼女についてのフィルムを撮ろうとしている映画作家を、フィリップ・ガレルの完全なプロジェクションと見なし、そこから自分の印象を組み立てていた。その後『夜風の匂い』が公開され、また幾つかの文章に接するうち、そうした当初の自分の印象に対する違和感が強まっていった。次号でこの作品を扱うことが決まった時、真っ先に手を挙げたのは、この半年ほどの間わだかまっていた違和感について、一度きっちり考えてみたかったからだ。試写から帰って来て思うことは、『白と黒の恋人たち』のみならず、私がガレルの過去の作品に対して持っていた考えまでも、その幾らかを修正する必要がありそうだということだ。雑誌「nobody」4号に掲載されているインタビューの中でガレルはゴダールの『愛の世紀』について「現在を捕らえ、同時にその根拠を示しつつ、不安定な現代の映像を作っている」と語ってくれたが、その言葉は彼の考えている以上に自身の作品への言及となっていたように思う。そしてその論拠の中心は、映像よりもむしろ音響の中にありそうな気がしている。

中川正幸

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