02.10/29

 

 何がそうさせたのか自分にもさっぱりわからないのだが『マイ・フェア・レディ』を見る。オードリーはこの作品のために、かなり熱心に歌のレッスンを受けたらしいが、キューカーを始めとするスタッフ陣は彼女の歌に満足できず、結局『王様と私』や『ウェスト・サイド・ストーリー』で吹き替えを務めたマーニ・ニクソンが歌を入れた。ただ、オードリーのご機嫌を損なわぬように彼女の歌も(最初から使わないつもりで)数曲録音されていて、DVD版『マイ・フェア・レディ』にはそのうち「Wouldnユt it be lovely」と「Show me」が特典として収録されている。
 若き日のヴァン・モリソンはテレビ出演の際には「口パク」をやらなければならないと知って愕然としたらしい。初心だったからではなく、なにしろその場の気分で相当適当に歌い方を変えていたので、自分で吹き込んだ歌に合わせて口を動かすことができなかったのだ。身体の一回性とは怖いもので、原理的には歌っている最中からもうその声は自分とはかかわりのない領域に送り込まれている。何かやたらと「人生の滋味」のようなものを感じさせる最近の彼の歌声と比べると、もう同一人物とは思えないとかそういうレベルを超えて遠い。
 最近ずっとガレルの映画のことばかり考えていたので、こういうことがやたらに気になる。あ、オードリーの歌声は、別に彼女のことを好きでも嫌いでもない僕にも非常に好ましく思えました。というかマーニさんの歌は、変に上手すぎて怖かったです。声質もオードリーとはあまりに違うし。当時の観客はそういうことは暗黙の了解として納得していたのでしょうか。人が突然歌いだすことよりもはるかに不自然な気がするのだけれど。

中川正幸

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